2025年 02月 07日
第54回北原白秋短歌大会 大野英子
一週間遅れのご紹介になりましたが、1月25日土曜日に開催されました。
毎年、この大会には3名の選者が交代で、お一人ずつご登壇いただいているのですが、今年は、白秋生誕140年記念事業の一環で、なんと伊藤一彦氏、小島ゆかり氏、高野公彦氏揃ってのご登壇です。そのおかげで、全国から399名の方が作品を寄せられていました。

3名揃われた、鼎談はゆかりさんが進行されました。
最初にゆかりさんは、白秋と同期である若山牧水の研究の第一人者で、牧水の生まれ変わりのような伊藤一彦さん、全集をはじめ多くの白秋関連の書物は高野さんのお力で成っていると言っても過言ではない。という存在の高野さん。そして白秋の愛弟子の宮柊二の弟子なので白秋の孫弟子代表としてこの場所に来ています。とご自身は謙遜されて紹介を語られましたが、この3名が揃われたお話を聞くことが出来るなんて、なんと幸せなことでしょう。
もう語り尽くされたかもしれない、白秋の鑑賞だとしても、この3名から直接聞くことが出来る場なんてそうありません。そして、白秋と牧水の生まれ変わりのようなお二人の手綱を締めて時間通りに進行出来るのはゆかりさんしかいませんよね。私たちはとっても貴重な場に来ているのだなぁって、改めて思ったのでした。
お一人、それぞれ二つのテーマから五首を挙げられたレジュメが用意されていました。
その中から、二首ずつ、まず、担当された方が解説し、補足する意見があれば述べていただく形でした。
3名の意見が活発に出た作品から、一部ご紹介いたします。
〈動物の歌〉抄出・伊藤一彦
新らしき野菜畑のほととぎす背広着て啼け雨の霽れ間を 『桐の花』
着目されるのは、明治時代の新しい文化であり正装である背広を取り入れたところ。しかし感動の中心は結句の「雨の霽れ間を」。雨が上がって新しい輝きを見せている野菜畑と「野菜畑のほととぎす」というのも新鮮。新しい感覚に満ちている。背広が目に付くけれども結句の「を」が中心だと思う。
(高野氏)ほととぎすは和歌の素材の一つでもあるが、背広を合わせることにより西洋文化の訪れを感じさせてくれる。白秋は天才。
〈人を詠んだ歌〉抄出・伊藤一彦
君かへす朝の舗石さくさくと雪よ林檎の香のごとくふれ 『桐の花』
有名すぎる名歌。返したくないけれども「かへす」というのが簡潔に事情を読者に推測させる。今の我々は背景を知っているが当時の人は知らなくても感動している。
そして「雪」と「林檎」問題にについて
(伊藤氏)雪との微妙な絡み合いについて、自分が若い頃は宮崎にはさくさくするような新鮮な林檎は無かったので、白秋も同じで、新鮮な林檎との出会いがうたを創り出したのかも。
(高野氏) どうせ降るならりんごの香りのようにやさしく降って欲しい。彼女の女性としての魅力をさらに引き立てて欲しいという気持ち。白秋も東京に出てはじめて津軽の林檎を食べた時にいい香りがしたのでは。九州にいたらこの歌は出来なかった気がする。
(ゆかりさん)林檎から雪の香りを感じる時があるので、いろんなイメージがぼんやりと一つになっていったのかも。
鞠もちて遊ぶ子供を鞠もたぬ子供見惚るる山ざくら花 『雀の卵』
(伊藤氏)対句になった五七調の歌のリズムの良さと派手なソメイヨシノではなく山ざくらというのが温かい心が出ている
(高野氏)鞠と山ざくらは良寛の影響だろう。東京ではソメイヨシノが多いので、山ざくらはフィクションかもしれないが違和感がなく、歌作りの参考になる。
(ゆかりさん)ジェラシーが芽生える直前の「見惚るる」という心理と山ざくらがよく合っている。
などなど、3人がお揃いだからこそ広がる世界や、歌作りのヒントになるお言葉もたくさんいただきました。
他にも高野氏抄出の「カタカナ語のある歌」では、カタカナが氾濫しているのは『桐の花』で、第二歌集以降はカタカナ語が激減し『桐の花』哀傷篇あたりからほぼゼロ。うたが地味になってゆくとのご指摘があった。伊藤氏も事件後は大打撃を受け沈痛なものに移ってゆくと背景を語ってくださった。
そういえば、抄出歌にも第二歌集以降には「ガーゼ」以外にカタカナはありませんでした。
同じく高野さんの「植物の歌」では白秋は数多くの植物の歌を幅広く詠んでいることを挙げられ、植物が好きで詠みたいという意欲がある人。自然に対する広い興味と関心の深さを語られ、白秋の全体像が現れる解説でした。
空晴れて鐘の音美し苜蓿の受胎の真昼近づきにけり『海阪』の作品から、ゆかりさんはシュールな一首として、高野さんの〈受粉して白ふぢの花瞑目す遠くしづかなる漂鳥のこゑ〉『水行』を思い出したことを挙げられ、白秋研究者として蓄えられたものが独特なものを生み出したのではと貴重なご意見をいただきました。
ゆかりさんの「オノマトペのある歌」では白秋はオノマトペの名手で言葉のイメージの深さについて『橡』のなかの長歌も挙げられています。(ぜひ、調べて読んでくださいね)
この長歌に対し、高野氏は言葉を音楽化していると語られ、伊藤氏は、白秋自らが「柳川語」と語る方言を生かした先進的な試みと語られました。
「色彩のある歌」では
たらんてら踊りつくして疲れ伏す深むらさきのびろうどの椅子 『桐の花』
スピードの速いイタリアの円舞曲「たらんてら」と「深むらさきのびろうどの椅子」がいかにもハイカラを好んだ時代の白秋らしいイメージだが「たらんてら」は踊っているオノマトペのようにも聞こえ、タランチュラとも縁語でありタランチュラの毒が回って狂ったように踊ったのがタランテラという説も披露してくださいました。
あぁ、ご紹介したいお言葉はたくさんあるのですが、纏めとして、白秋の歌の変化について、歌集すべてを読んでゆくと気付くものが多いと語ってくださいました。何度も天才という言葉が出ましたが、伊藤氏は、白秋は空前絶後の天才、高野氏は、白秋は単調な詠みかたをせず、歌に救いがあり、白秋のうたは宝であると白秋愛を語ってくださいました。
公私ともに多忙を極め、お辛いことも多いだろうなかで、終始笑顔を絶やさず、時間通りに収めてくださったゆかりさん。また福岡に来て下さることをお約束くださった高野さん。牧水も同じく生誕140年で、お忙しい中駆けつけて下さった伊藤さん、最近出版された「若山牧水の百首」購入させていただきました。
会場のイベントホールもほぼ満席、爆笑や感嘆に満ちた時間を過ごしました。
ありがとうございました。
ホールには柳川らしく鶴のさげもんが飾られていました。

強風にときに揺れだすさげもんの鶴のごとくにわれらどよめく

