2024年 11月 27日
「コスモス千葉通信」169号 有川知津子
「コスモス千葉通信」はコスモス短歌会千葉支部の支部報です。発行所は、朝比奈美子さん方。

本号には二十六名の会員が歌を寄せています。十二首詠と七首詠とがあります。ここでは、十二首作品からは二首、七首作品からは一首を書き写してご紹介します。
風間博夫「飲みごろ」
さくら花見ごろとなりてさくら餅食べごろ火点しごろは飲みごろ
ころあひのよければ見ごろ食べごろで飲みごろそろそろ卒業しごろ
(いずれも「ごろ」の多用がリズムをつくっています。一首目は「コスモス」誌上で「鑑賞」の機会に恵まれました。二首目は、何からの「卒業」なのでしょうか。あえて語られないゆえに想像させられます)
鈴木文子「のぞみ」
久しぶりの姉妹四人のめぐり逢い病室窓よりさわかぜ入る
仰臥して笑みつつはなす姉の上に天使の梯子おろされており
(「姉」の病床に姉妹がつどい、掛け替えのないひとときをともにする場面です。二首目の「天使の梯子」は、実際に陽光が差している様子と読みたいと思いますが、心象とも読めるでしょう。いずれにしても光のなかに「姉」を見ているのです)
能勢玉枝「むかし話のやうな」
引つ越しを四度為しけり濃き淡き大き小さき手の甲の染み
新京成線に乗り換へ松戸より二十二駅目、千葉歌会へゆく
(一首目、「濃き淡き大き小さき」の句には、手の甲の染みを慈しむ心が託されているようです。それは来し方への感慨でもあるでしょう。二首目、千葉歌会への道程が具体的に示されています。「松戸より」の句は、それ以前を想像させ、巧みです)
あさ五時の厨のすみにほうと見つ薄香いろのたまねぎの皮 朝比奈美子
(「ほう」には傍点が付されています。「薄香」は日本の伝統色で赤みがかったやわらかな黄色をいうそうです。早朝のくりやの静謐さがたまねぎの質感を際立てています。そこに目を留めたひとの心が思われます)
最終のバスの座席に腰おろす「あるべき私」が解かれるのだ今 飯田真弓
(不自然な「私」からの解放が詠まれているようです。「べき」はときに人を追い詰めることもあるでしょう)
熱々のズッキーニから聞こえくるトゥーランドットのネッスンドルマ 伊沢玲
(ネッスンドルマは、トゥーランドットのテノールのアリア。一首は、ズッキーニ調理中の場面と読みました。三つのカタカナ語の響き合いに重なるようにシェフ伊沢の鼻歌も聞えてきそうで楽しい歌です)
未だ梅雨の明けぬ列島に〈熱中症警戒アラート〉出突つ張りなり 石井由美子
(暑さ。今年多く詠まれた内容ですが、一首は、「出突つ張り」の句によって特色のある歌となっています)
少しばかりあれこれもめてエアコンの設定温度決める老夫婦 植田辰年
(「少しばかりあれこれもめて」の句から二人の関係の健やかさが伝わってきます。「老夫婦」には、植田さん自身含まれると読みました)
四十年経ち十日町の友に会う何を話そう何から話そう 植田由江
(どういう流れで会うことになったのでしょうか。下句の変則的なリフレインに気持ちの高ぶりが籠もるようです)
朝なさな泣く吾子をのせゆくバスのボディーに笑まう熊さん二ひき 内山春美
(多くの親子がとおる道とはいえ、渦中の親子にとってはつらい場面でしょう。「吾子」の泣き顔と車体にデザインされた熊の笑顔とのコントラストには、その場面の非情さを強調する効果があるようです)
やわらかくねむの花咲きあかときの夢のようなり越後の旅は 大西淳子
(一連のタイトルは「柊二の眼鏡」。柊二の故郷、越後へのあこがれが詠まれた掲出歌はその第一首にふさわしく思われます。合歓が効果的です)
長の娘は還暦迎ふる年となり会社辞めると言ひ出し始む 小川隆
(親にとって子どもはいつまでも子ども、とはよく言われます。結句からは、思いがけない娘の辞職宣言を心配する気持ちが伝わってきます)
ZOZOマリンスタジアムいまゆふぐれの鴇色がそらにながれはじめる 尾崎潤子
(固有名詞が効果的です。「いま」、「はじめる」などの語の使用がナイトゲームへの期待感とその高まりを伝えてきます)
イカマとふ身分証明亡くしたる長尾夫人の困惑いかに 黒岡美江子
(一連のタイトルは、「『サウジアラビア滞在記』を読む」。同書の著者は、長尾和守さん。掲出歌は、そのなかのエピソードを取り上げ、長尾夫人の心情を思いやっています)
二ヶ月前出せし葉書の着きたると被災後初の従姉の電話 小栂礼子
(能登半島地震にかかわる歌でしょう。マスコミの報道から漏れる個の声、その状況が歌に定着されています)
茶をすすれば時が一瞬止むかの如し静まりかえる朝のひととき 椎名長岳
(繰り返されてきた朝のひとときなのでしょう。禅に通じる歌のようです)
流行のジュートバッグは五百円インドリボンを足せば華やぐ 芝敏子
(黄麻の繊維でつくられるジュートバックは飾りけのない素朴さが特徴です。インドリボンを使って自分らしさを添えた喜びが伝わってきます)
転倒のわれを囲みて人ら立つ救急車の音近づく中を 田上信子
(「予期せぬこと」というタイトルの第一首です。一連は、救急搬送されてからの出来事が時系列にそって詠まれています。どの歌にも客観的に自分をみる視点があります)
父母とわれら六人が住みし家ひとりとなるも六席のまま 豊島秀範
(一連七首すべてに「六」が詠み込まれています。掲出歌からは、六人掛けの広い食卓に一人のひとが坐っている情景が見えてきます。テーブルとか食卓とかの語を用いずそれを現出させています)
明日咲かむハスのつぼみの先尖り昼のくもりの空を指したり 長尾和守
(サの音、クの音がよく響き、音楽の聞こえてくるような叙景歌です)
十余年夫とわれとの体調をきざみて血圧計は褪せたり 長谷川純子
(夫婦の十数年を知る血圧計へのねぎらいが込められているようです)
不倒媼 早朝散歩再開すミンミンゼミの初鳴きの声 藤野宏子
(不倒翁は、起き上がりこぼしのこと。翁ではなくあえて「媼」としたところに工夫があります)
豆鯵のぜいごを削いでゆくときの銀の刃先がこまかく震ふ 前中映
(マメアジは小さな鰺のこと。種類ではなく大きさによる呼称です。歌の画面は、ゼイゴ(尾の付け根にある棘状のうろこ)を削ぐ刃先に迫っていきます)
黄に赤に去年と同じくわが庭にグラジオラスは競ひ伸び咲く 松井敬子
(今年の暑さは格別でした。それなのにグラジオラスは「去年と同じく」咲いています。その驚きから成った歌ではないでしょうか)
愛犬のすず旅立ちてすずのいぬ漫画描けぬとしげさんは言う 森野樟子
(「すず」を亡くした「しげさん」の喪失感が詠まれています。すずを哀悼する歌ともなっています)
朝毎に奇抜な姿変へて咲くストレリッチア見てひと日始まる 山﨑啓子
(朝の楽しみが詠まれています。ストレリッチアは、色彩も複色で鮮やかですが、詠まれているように姿も奇抜です。極楽鳥花の名はその花姿に由来します)
前号より五名多い出詠がありました。伊沢さんのあとがきに、椎名長岳さん、芝敏子さん、前中映さんのご入会が紹介されています。千葉支部の活発なようすが窺われます。お送りくださりありがとうございます。会員のみなさまにとって佳い日々でありますように。
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いくたびも子に吹き消され機関車のバースデイケーキの蠟燭うれし

