2024年 05月 31日
灯船33号批評会in刈谷 大野英子
5月25日、愛知県刈谷市での批評会に参加しました。
灯船の批評会は2018年5月の9号は福岡開催、同年11月の11号は静岡での開催に参加したきり、なんと5年半の月日が過ぎていました。
今年のコスモス全国大会は会場手配の都合でGWにかかり、断念。このまま懐かしい方達に会えないまま、一年を過ごすのは、なんだか寂しいような、物足りないようなモヤモヤの中、グループメールで、刈谷は名古屋から30分以内で行けることを知りました。方向音痴の私でも、新幹線利用で、日帰りで行けそうな気がして、参加することを決め、締め切りぎりぎりの13日に申し込んだのでした。
ゲストは音短歌会の小塩卓哉氏。学生時代、新聞投稿をしていた頃、初めて採ってくださったのが宮柊二先生。大学で所属していた古今和歌研究会の顧問の先生から、まったく面識もなかった武川忠一氏主宰の音短歌会に半ば強引に!?入会させられたと、ユーモアたっぷりと自己紹介してくださった。
それがなければ、もしかしてコスモスへの入会もあったのではないでしょうか(残念)。

そういったエピソードトークも交えながら、固有名詞の働き、数詞の多いうたの面白さ、「て」止め「で」止めのうたについて、略語や大雑把な表現への抵抗感、字余りの生かし方、などなど、結社間の違いなども気にしてくださりながらも、丁寧に解説してくださいました。
褒めて終わりではなく、ダメなとこはやんわりとダメ出しをしながら、一人一人の作品の良いところを丁寧に汲み取ってくださり、しっかりと詠み込んで来て下さっていることが伝わりました。
お一人だけ、24首連作で、旅を詠まれた森田治生氏の作品についての小塩氏の発言を挙げます。
前半は、軽く流してしまってバッティングセンターの球のような(素直すぎて打ちやすい)うたであり、最後の3首を俳味のあるうた、ナチュラルスライダー(癖球ですね)的なうたと評され、ここに隠れテーマがあること、こういううたがもっと欲しかった。連作の組み立て的にはあり。と、まとめて下さいました。
喩えが、野球好きな私の心の中で大ヒットだったのでした。
決まった時間のなかで、22名の作品批評を定時に終らせる(懇親会がありますから)ことは進行の森田さんには、大変な気苦労があった事と思われます。そのお気持ちが解り過ぎるので、言いたかったことの3分の1も言えなかった未消化感はありますが、発言する事より、学ぶ大切さが身に沁みました。大変勉強になり、楽しい批評会でした。
小塩卓哉さま、参加されたみなさま、ありがとうございました。

会場の産業振興センター前での記念撮影。木畑紀子さんは、体調不良の中の御世話役のうえに素早く写真を送ってくださった心配りに感謝いたします。
懇親会は駅の近くのイタリアンレストラン。小塩氏ともたくさんお話出来ました。

小塩氏とのツーショットです。
新幹線でのお供は、読書家の鈴木竹志さんが作品にされていた「東海道刈谷驛」を含む内田百閒の短編集です。

小塩氏が鈴木作品を「うんちくが楽しい」と評された通り、この連作を読んで興味が湧き、すぐに図書館で借りたのです。ほんとうに面白くて、ようやく23時過ぎ、岡山を過ぎた頃でしょうか気付くと窓の外には十六夜の月が高く昇っていました。眺めながら、いつのまにか眠りに落ちたようで、気付くと博多駅。23時50分、もうバスも無く、出発時と同じように30分歩いて帰宅。長くて短かった日帰りの旅が終りました。
行きは、名古屋駅で森田ご夫妻が待ち合わせをしてくださり、帰りは小田部雅子姉さんが、新幹線乗り場まで同行してくださって、顧みればひとりでは迷子必至であった私も、無事遅刻も乗り遅れもせずに済んだのでした。感謝です。
とろけゆく月を眺めているうちに蕩けてしまつて博多に着いた

