2023年 05月 31日
「コスモス愛知」第552号 有川知津子
「コスモス愛知」は、コスモス短歌会愛知支部(代表は鈴木竹志さん)の支部報です。

本号には、二十九名の会員が、それぞれ七首ずつ歌を寄せています。掲載順に一首ずつご紹介したく思います。
持ち主のふたり旅立ち残さるる時計しづかにうつつを刻む 池田あつ子
(静寂の中を時計の音が同心円を描いてひろがっていくようです)
カバンよりリュックに変はれど半世紀まへの制服は校門を出で来 伊東文弘
(伝統のある学校を母校に持つのでしょう。校門を出てくる制服姿にかつての自分が重なります)
少女期のハンカチ落としをなつかしむそんな出会いの春の曙 稲吉裕子
(「ハンカチ落とし」という遊びには、その時代の懐かしさが感じられます。一人ではできないハンカチ落とし。二人でも足りないハンカチ落とし)
東農に育たぬみかん正月に子ども集ひてする〈みかん釣り〉 井上啓子
(「みかん釣り」! どのような遊びか分からぬまま、その言葉に惹かれました。子らの賑わいが聞こえそうです)
道の辺を歩みつつ見し草の名を友は知らせてくれる電話に 魚住千佳子
(一緒に歩いているときに見つけた名前の分からない植物。帰宅後、友人はすぐに知らせてくれたようです。下句のリズムからそんな気がしました)
橙のまるき腹見せ名も知らぬ小鳥はチチと冬を飛翔す 奥村幹男
(「橙」には、色と形状とが掛けられているようです)
買ひ替へし鉄のフライパン養育中油なじめば一生ものに 風野芳子
(「養育中」の語に注目させられました。まさに育てる気持ちでしょう)
もどりたるくらげくぐらす水音はくらげの海のゆるき波おと 河合育子
(もどしたクラゲ。手元のクラゲから海が広がっていくようです)
きつぱりと青一面の朝空や けふは如何なるときめきあらむ 小嶋啓生
(今日はときめくことがあるだろうか、ではなくて、ときめきのあることが前提で、どんなときめきが、と言ったところに惹かれました)
たかむらの末かたなびく寒き日も声を投げ合い鳥ら遊べり 小川芳子
(「投げ合い」という語句に、寒風をものともしない鳥の様子が託されたようです)
パソコンの画面に母は縮こまり困ったように介護士見上げる 齋藤久美子
(リモート面会の場面でしょう。子ゆえに分かる「母」の戸惑いが掬われています)
母と子と大きなクマのぬいぐるみ信号待ちの土曜日の午後 柴田有里
(「大きな」の語から子どもの体の3分の2くらいはあったかと想像してみました。土曜日に買ってあげるよと約束していたクマかもしれません)
大学も卒論も同じと知りぬ五十年後の稀なる出会ひ 鈴木竹志
(半世紀後の邂逅が詠まれています。驚きが歌になりました)
名刹のお墓に多く立つてゐた兵士の墓が最近減つた 鈴木仁
(墓仕舞いには家々の事情があるでしょう。掲出歌の場合は、加えて時間の経過によるところ大でしょうか)
弘法堂前にむれ咲く小鮒草 染めるに丁度よき頃合ひか 副松悦子
(コブナグサは、黄色染料。単なる風景として、ではない小鮒草の見方に立ち止まりました。この草の季節季節の性質をよく知るのでしょう)
再任用で働く意思を尋ねられ一日おいて「なし」と答える 高橋みどり
(大きな決断をした春でした。「一日おいて」の呼吸が歌の奥行きとなっているようです)
明けやらぬ大和路の駅三輪駅に朝の雲濃し山は見えざる 塚原明子
(見えなければ、ますますその存在は大きく感じられます。四句切れが効果的です)
玻璃ごしにわれをみつむる星三ツが光りつつこゑす「辛いか施設は」 仁熊文子
(前の歌からの流れで読むと「夫」の「こゑ」と取れます。いたわるような案じるような声掛けが「夫」の優しさを伝えています)
溜め込んだ通知の数だけアツアツのカイロ代わりの端末ぺとり 野村歩歌
(「端末」をスマホと読みました。その大きさは、言われてみればカイロほど。熱をもったスマホからの発想が楽しい歌です)
音圧ががくるしいチカチカ光るごとドン・キホーテの店内放送 野村まさこ
(過剰な音は、ことに閉鎖的な空間において、身体に不調をもたらします。「音圧」の語の位置が絶妙と思います)
蕺を煎じ詰めれば陀羅尼助飲みて怪異な形して生きよ 乗倉寿明
(ダラニスケの歴史やその語のもつ奇っ怪な響きが「怪異な形」のイメージを引き出したのでしょう。下句は自身への言葉として読んでみました)
スマホいぢる老いびとあらずましずかな待合室は六人の羅漢 早川照子
(スマホを触っていない老いびとの雰囲気が、悟りを開いた人のように映じたのでしょう)
君とをれば時間が速くにゆくやうでお願ひバスよゆつくり走れ 服部貞行
(「バス」にはこの世の時間が託されているようです。「お願ひバスよ」という祈りのフレーズは、バスが身近であるゆえに切なさを深くします)
庭に咲くろう梅と水仙た折り来る人あり朝のテーブルの上 平野千恵子
(誰かの心遣いには誰かが気づいているものです。蠟梅と水仙の季節の空気のきよらかさがこちら側に流れてきました)
同年の友の車に乗せられて少し不安な気持のドライブ 舩橋園子
(同じ年ゆえに身体能力の程が分かることもあるでしょう。「同年の」の語が「不安」を伝えてきます)
夕焼けにまじりて彼岸花の群ワラベノカンザシ一本のみ咲く 三木裕子
(ワラベノカンザシは、彼岸花の除草剤による変異と考えられているそうです。歌の風景は、「一本のみ」のその花に収束していきます)
一冊に四時間かけて採点しあと六冊の前にせんべい 山田恵里
(ここは「せんべい」しかない、と思わせる歌です。場面(休憩)の点でも形状の点でも音韻の点でも)
月の下命かぎりと啼く虫になぜか今宵ぞ君おもほゆる 山田宗俊
(一連のタイトルは「逢瀬」。「君」への押さえがたい思いが綴られています)
支店もあるどんぐり銀行来む秋はわれもどんぐり預けてみむか 吉田美奈子
(どんぐり一個は、1D(ドングリ)と数えるそうです。払い戻しには、苗木が当てられるとのこと。代理植樹を依頼することもできます)
上記の会員作品のほかに、作品評、歌集評、星めぐり(連載)、エッセイなどが掲載されています。この552号は、河合育子さんの第一歌集『春の質量』評掲載号ともなりました。執筆者は、白川ユウコさん(他支部より)、服部貞行さんです。
ご恵贈くだりありがとうございます。愛知支部の皆様に、佳い日々でありますように。
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文字はいはば線のあつまりほんたうに終はると分かつてゐた五月行く

