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世が世なら 近江の君について  藤野早苗

 先週『源氏物語』に登場する女性をもうひとり紹介するお約束をしました。その女性とは、近江の君。『源氏物語』三大ユニーク女性の一人です(他二名は、末摘花と源典侍)。


 近江の君は、頭の中将、つまり現内大臣の落胤。正妻の娘ではもちろんなく、側室といったそれなりの格式のある妻の子でもない。いわゆる「劣り腹」と言われる出自なのですが、生まれてくるときには妙法寺別当の大徳が修法を行ってくれたとか、乳母に育てられたとか、全くの庶民ではないようです。父親にあたる人間が生まれてきた子に一生会うことはないというのも平安の御世のデフォルトで、この近江の君の場合も実の父内大臣その人に会わないまま終わる可能性はとても高かったのではないかと思います。


 彼女の人生を変えた一番の原因は玉鬘。ある日突然、ライバルである源氏がその邸宅六条院に連れ帰った絶世の美女、玉鬘。聞けばそれは源氏の落胤で、尊き仏縁のお導きで親子の名告りが叶ったのだと言う。それを聞いた内大臣は悔しくてなりません。そんな美しい娘が見つかったのなら、源氏のことだ、また帝に入内させて、自らの権力基盤をいっそう磐石なものにする気なのだ、ともうはらわた煮えくり返る思いです。そこで、かつては自分も少なからぬ浮き名を流した身、どこかにそんな風に美しく生い育った娘がいないものかと、息子の柏木を使って探させます。そして、その柏木の尽力で見つかったのがこの近江の君。その名の通り、近江の国で生い育った彼女を、内大臣は自邸に迎え入れます。


 ところが、その娘を一目見て、内大臣の期待は憂鬱に転じます。小柄で愛嬌がある可愛らしい顔立ち、額が狭いのがちょっと惜しいけれど、それ以上に内大臣を悩ませたのが彼女のとんでもない早口とその早口をもって繰り広げる双六遊び。キンキンした高い声で、友達の五節と口さがないよもやま話をしながら賽を振る様子がなんとも品がない。生じっか自分に面差しが似ているのも腹立たしい。源氏が引き取ったという美女玉鬘と比べてはますます落ち込む、そんな内大臣の心中を察することもなく、近江の君は新たに開けた世界に対する希望に満ち溢れています。


・ねえ、五節、私のお父さんのお美しいことといったら。あんなに素敵な人がお父さんだったのに、私は今までなんでこんなにみすぼらしい暮らしをしないといけなかったんでしょうねえ。


 それに対して五節は、内大臣一家は近江の君にとっては立派すぎて、そこでは大事に扱ってもらえないのではないか、となかなか鋭い見解を申し述べます。その言葉に軽く立腹した近江の君は、


・五節、あなたはもう私に馴れ馴れしくできるような立場にはないのよ。私はそのうち、内大臣家の姫としてみなにかしづかれるようになるんだからね。


 と言い放ち、そのためには教養のあるところも見せておかねば、と内大臣家の人々に宛てた和歌を詠み、(厄介払いのつもりで、内大臣が近江の君を預けることにした)弘徽殿女御(内大臣の娘)の元になんとも珍妙な歌を届けます。


 草わかみひたちの浦のいかが崎いかであひ見んたごの裏浪


 歌意は「いかであひ見ん」(どうかお会いください)のみ。あとはむやみに歌枕を羅列したのみの31音。筆跡もなかなかあやしく、青い色紙に書かれた一首はそのバランスが極めて悪い。その歌は結局、弘徽殿女御周辺の人々の失笑を買ったわけですが、当の近江の君は悦に入っています。地方で、庶民に混じって生活してきた身で、和歌を詠めるというのは、実はなかなかなものだと思うのですが、ここはかの弘徽殿女御の御局、並み居る女房の教養も生半ではありません。客観的にみて、近江の君にはかなり分が悪い。けれど近江の君は負けません。父、内大臣に向かって引き取ってもらった礼を心から述べ、父親のために役に立てるならなんでもする、宮中に尚内侍(最上級の女房)として出仕できるなら、「御大壺とり(おおみつぼとり)にも仕うまつらむ」(便器掃除もいたしましょう)ととんでもないことを言い出す始末。これにはさすがの内大臣も笑いを堪えかね、


・いや、それはちょっと不相応なお役だね(尚内侍近江の君には無理、御大壺取り内大臣の娘にはさせられない)。私に孝行したいと言うのなら、まずはその早口をなんとかしておくれ。そしたら私の寿命も伸びるよ、きっと。


 と返します。元々面白いところのある人なので、近江の君のユニークさは実は父譲りなのかもしれません。本当は誰より気の合う父娘かもしれないのに、平安の御世の価値観には一から十まで、全くそぐわない近江の君のキャラクターゆえにそれ以上距離感を縮められない二人なのでした。


 この近江の君のその後については、実は『源氏物語』そのものには書かれていません。彼女の希望した宮仕、からの尚内侍に出世、というサクセスストーリーを紫式部は用意してはくれませんでした。人口に膾炙した『あさきゆめみし』では、窮屈な宮中生活に辟易した近江の君は宮仕を辞して故郷に帰ることになっています。そうなのかもしれません。作者大和和紀は、宮中で政治の駒として生きる玉鬘よりも自らの意思で人生を選ぶ近江の君の幸せを描きたかったのかもしれません。


 でも『源氏物語』における近江の君のその後は「忘れられた人」なのです。愛嬌があり、少々品下りはするけれど、コミュ力高く、何事にも前向きで、仕事も任せればそこそこできる。何より親の期待に応えたいし、役に立ちたい。水汲みだってトイレ掃除だって何だってする……。こんなやる気のある人間が当時の理想とされる女性像に合わないからという理由で黙殺される。それは先週述べた玉鬘の懊悩とは真逆なベクトルですが、やはりそこには自らの能力を開花させられない女性の悲哀が描かれているように思います。兄より才(ざえ)に恵まれ、父をして「お前が男であったなら」と言わしめた紫式部の自己投影が働いていたのかもしれません。


 千年以上前の物語に、このようなキャラ立ちした女性を登場させ得た紫式部の先見性に驚きます。それが必ずしも肯定的な登場のさせ方ではなかったとしても、式部はそういう女性の存在に気づいていたということです。ひょっとしたら近江の君のロールモデルは、ライバル清少納言かもしれないなあと思ったり、でも式部自身の内なる一面の表出であるのかもしれないなあと思ったり。明るく、おきゃんな近江の君のその後が幸せであったことを祈ります。


 

 振り出しにもどるをいくたび繰り返すリアル人生ゲームの途上




*もうお気づきとは思いますが、玉鬘と近江の君は腹違いの姉妹です。どちらも内大臣の娘。内大臣が、玉鬘が実の娘であることを知るのはずいぶん後のことになるのですが、この時、内大臣は玉鬘の養い親としての源氏に心底礼を申し述べます。おいおい、そこは怒るとこだろう……と読者は思わないでもないのですが、こうしたお人好しなところが内大臣の魅力でもあり、人に愛され、子福者としての人生を用意された理由かなとも思うのです。


世が世なら 近江の君について  藤野早苗_f0371014_13261742.jpeg


by minaminouozafk | 2023-03-28 13:23 | Comments(0)