人気ブログランキング | 話題のタグを見る

第19回筑紫歌壇賞『安息角』奥山かほるさん  藤野早苗

第19回筑紫歌壇賞『安息角』奥山かほるさん  藤野早苗_f0371014_09553324.jpeg


 第19回筑紫歌壇賞受賞者は「心の花」所属の奥山かほるさん。受賞作品は『安息角』です。5月某日、都内とある場所にて選考委員お三方(伊藤一彦さん・小島ゆかりさん・桜川冴子さん)と共催「本阿弥書店」の奥田洋子社長がご出席。そして本賞主催の「公益財団法人隈科学技術・文化振興会」代表理事隈扶三郎氏、そして事務局からは私藤野が同席いたしました。


 10:30から始まった選考会議は和やかながら意を尽くしたもので、委員お三方「それならば」と意を一にされたところで受賞者決定の運びとなりました。会議に同席したのはもちろん初めてでしたが、受賞作品以外の歌集たちもこうして丁寧に読んでいただけているのだと思うと嬉しくなりました。


 そんな選考経過を辿って、見事「第19回筑紫歌壇賞」ご受賞された奥山かほるさん、本当におめでとうございます。本作品及び選考経過につきましては「歌壇」8月号に詳細な特集が組まれますので当ブログでは、その露払い的ご紹介のみさせていただこうと思います。



 奥山かほるさんは東京都在住。歌集『安息角』には宝石商としての日々、その後のさまざまな職歴、自身の病、芸術、そして社会を世界を憂う思いが独自な文体で詠まれています。全編を通じて感じたのは「疾走感」。どんな状況にあっても決して諦めず、常に眼差しを上げて人生を切り開いてゆく……そんなタフネス溢れる歌集という印象でした。


 おそらく作者ご自身はそういう詠み方を意識されているわけではないでしょう。生来の気質が自然、こういう歌を詠ませているのだと思います。窮状著しい状況にあっても常に道を開いてゆく。その根底にあるのは奥山かほるその人の「知」を希求する思いでしょう。感情を感情のままに留めおかず、それに言葉を与えることで、自身の内部で咀嚼し、昇華し、次への道筋をつけてゆく。この歌人の作品から感受されるある種の強靭さは、その知の強靭さゆえなのだと、読み進むうちに実感しました。


 短歌に使うにはやや硬さを感じるような語彙や韻律もこの歌人の個性の一つとして歌集の魅力となっています。一人称の文芸である短歌がどうしても背負ってしまう「現実の自分」も、本歌集の場合作品のリアリティを強化する機能を十全に発揮し、訴求力を高めています。「どう生きるか」があらためて問われる今、この『安息角』にはそのヒントが満ち満ちているような気がします。たくさんの方にお読みいただきたい一冊です。


 「60歳以上の歌人の第一歌集に授与される」という本賞の意義が余すところなく実現された歌集であると思います。


『安息角』より

・黄昏を見るが怖いか男たち私は鵞鳥のやうに元気よ

・蟻地獄の穴の傾りは人の世に安息角と名付けられをり

・同窓会に集へる友らさつぱりと日日(デイズ)といふ水で洗つた顔、顔

・告知けふ宣られた人は休めよと駅までの道にベンチありたり

・七夕の芍薬青壺に差したれば日ごと深まる鳩の血の色

・枝待たず幹より噴き出す伝法のいのち濃き花この年多し

・さより焼く厨のほのほ水いろにうるみてゆるる桜の夜はも

・インド人のダイア商人と対ひあひ鷹の目をしてルーペを覗く

・翠玉(エメラルド)の蜻蛉よ夏服の胸に留めたるブローチは詩

・みやび客そと置きゆけりせめぎ合ふ心の雫の指紋掌紋

・消ゆるもの譬へのやうに死を孕む虹くつきりと 空に口あり

・ぽろろんと月下のピアノは春浅き児童館の夜を海底にする

・シャープペン突き立てブツリと芯を折る少年「わかりません」の代はりに

・契約社員うち切られし日より後のなき私は時々ワニの夢みる

・裏道にしやらしやら竹の落葉舞ひ私はきのふの私を笑ふ

・建築中といへどさながら廃墟なるブリューゲルの塔の微小な人々

・蟻蟻蟻 写生帖に足ふみ出だす蟻の歩行の微熱あるかな

・「羹(あつもの)」に〈羊〉二頭を費やしし古代の味覚に美のやどり初む

・父のこと敏夫兄さんと呼ぶひとの亡くなり父はもう一度死ぬ



 本歌集の解説は奥田亡羊さん。丁寧で深い読みによる鑑賞です。その中に歌集名「安息角」についてのご解説がありましたのでご紹介しておきます。


・「安息角」は土などが滑り出さない限界の角度を表す工業用語であるという。それを蟻地獄の巣に見たところにこの歌の面白さがある。蟻地獄の巣は安息角の安定を保っている。だが、いったん滑り落ちれば地獄だ。「人の世」の裏にひそむ非日常を見ているのだろう。



 なるほど。やはりギリギリの攻防を生きて来た方なのですね、奥山さん。9月にお会いするのが楽しみです。




   安寧に胡座かきゐし来し方を揺さぶられたり『安息角』に



第19回筑紫歌壇賞『安息角』奥山かほるさん  藤野早苗_f0371014_09560188.jpeg


第19回筑紫歌壇賞『安息角』奥山かほるさん  藤野早苗_f0371014_09562023.jpeg


✳︎筑紫歌壇賞贈賞式当日表彰の」太宰府市長賞」「山埜井喜美枝賞」のご応募は6/30締切です。

先着50名さま参加可能と記しておりますが、現在の状況であればまほろばホール100パーセント収容可能なようです。まだまだ余裕があります。みなさま、どうぞご応募くださいませ。内緒ですが、博多時間の締切でお待ちしております。


個人情報になりますので、ここには応募先を載せませんが、コメント欄でお問合せいただきますと対応いたします。よろしくお願いいたします。


Commented by minaminouozafk at 2022-06-30 19:04
100%収容可能というのも喜ばしく、多くの方がご応募くださっていることを祈っています。今年の筑紫歌壇賞贈賞式が待ち遠しくなる紹介をありがとうございます。E.
Commented by minaminouozafk at 2022-07-04 21:41
ご紹介ありがとうございます。奥山様のご受賞、本当におめでとうございます。「疾走感」「常に眼差しを上げて人生を切り開いてゆく」の早苗さんの言葉に惹かれました。「歌壇」8月号の特集もしっかり読みたいと思います。Cs
Commented by minaminouozafk at 2022-07-12 20:48
奥山さんの歌、一首一首が輪郭がくっきりした歌という感じがします。疾走感、本当にそうですね。授賞式の日を楽しみにしています。A
by minaminouozafk | 2022-06-28 09:53 | Comments(3)