2022年 05月 24日
『老いの花』 藤野早苗
伊藤一彦さんからご恵送いただいた『続・百歳がうたう 百歳をうたう 老いの花』。伊藤さんのライフワークともいうべき『老いて歌おう』からの選歌集です。
介護や支援を受けている全国の高齢者の短歌大会「心豊かに歌う全国ふれあい短歌大会」を宮崎県が始めて今年で20年になるのだそうです。本書は大会20周年の記念版。第1回から選者を務めて来られた伊藤さんが、第11回から第20回までの秀作や傑作から150首選び、鑑賞文を添えて一冊にされました。
二部構成の本書ですが、第一部は高齢者自身の作品。80代は「まだまだひよっこ」と銘打たれ、90代は「育ちざかり」。100歳代を迎えてようやく「いまこそ青春」です。いいですねえ。
何首かご紹介しておきましょう。
・母の歳の倍ほど生きし今もなお届かずにおり母の大きさに
河原田貞子(87歳・山口県)
・短冊に初恋の人に会いたいと書かねばよかった吾(われ)八十八
楠本 寿(88歳・長崎県)
・老いたると言わぬが花と言われてしも老いには老いの花もありけり
大野キクエ(88歳・宮崎県)
・病妻に「エリーゼのために」を聞かせたく八十五にしてピアノを習う
尾堂昭雄(87歳・熊本県)
・老後にも老後があるとさとる身の長きを思い写経になじむ
梁地三千子(千葉県)
・老いて今ひろった小さな恋の花有効期限過ぎぬ間に咲け
西出照子(88歳・石川県)
・顔に似ず心やさしい人だった夫のパンツでマスク作る日々
斉野信子(86歳・鹿児島県)
・お父さんステテコの前縫いました妻の私が穿(は)いております
鹿児嶋シゲコ(92歳・福岡県)
いかがでしょうか。どの作品もみずみずしい感性が生きています。しみじみさせられたり、抱腹絶倒の大笑いさせられたり。3首目の大野キクエさんの作品は本書タイトルの由来となった作品です。本書巻頭言「まことの花を求めて」の中で伊藤さんは大野さんの歌を引きつつ、世阿弥の「風姿花伝」を引用しています。
・能は、枝葉も少なく、老木になるまで、花は散らで残りしなり。これ、眼のあたり、老骨に残りし花の証拠なり。
(能は枝葉が少なくなった老木にこそ花が咲き残るように、老年になっても花は散らずに残っている、これこそ眼前にしかと見た、老骨の身に残っていた花の証拠である。)
それが「まことの花」であるならば、その齢に相応の美しい花を何歳になっても咲かせられる……そんな希望を与えてくれる歌たちです。
そして、本書に見つけた懐かしいお名前。
・さすたけの老の君はもいかにますおおかたは高齢者のあつまる席に
村井 斐(103歳・福岡県)
作者村井さんは各種短歌大会上位入賞常連の方。103歳でいらしたのですね。この作品については伊藤さんが次のように鑑賞をしていらっしゃいます。
・毎年の応募者の作品は、身近な現代語で歌われた作品が多いのですが、時に枕詞や古語を巧みに生かした本格的な作品に出会います。きっと若いときに百人一首で遊んだり、古典和歌に親しんだりしたのでしょう。百三歳の作者は、短歌の会に出席するのがとても楽しみだそうです。その施設の歌会の作です。「さすたけの」は相手の繁栄を祝って「君」にかかる枕詞、「ます」はいらっしゃるという尊敬語。その場にいない「君」を偲び、想う歌です。
さすが村井さん。オーバーハンドレッドにして歌心健在です。
さらにさらに、本書にはこんな方のお名前も。
・よろめきてベッドの夫にキスをせり腰をかかへて押し上ぐる時
尾羽根孝子(81歳・福岡県)
そう、コスモス福岡支部のお仲間、尾羽根孝子さんです。第二部の介護者の作品に収録されています。この偶然のキスの顛末についても伊藤さんの温かい鑑賞文が添えられているのですが、照れ屋さんの尾羽根さんのこと、ここにそれを書くのは遠慮しておきましょう。そこ、ぜひ知りたいと思われた方は『老いの花』、どうぞご購入くださいませ。笑笑。尾羽根さん、おめでとうございます。
収録作品150首、何度も読んで楽しませていただきました。いいえ、それでは言葉が足りませんね。生きる勇気をいただいた、かな。今年還暦を迎え、少々落ち込んでいた私ですが、なんだ80でひよっこなら私なんてまだ生まれてもいないじゃないか。心を強くいたしました。伊藤さん、ありがとうございました。『老いの花』、私ももう一花咲かせてみたくなりました。爆。
『老いの花』たづさへ帰る九十の母の咲かせる花を見たくて
六十のわれも咲かせん老いの花初心の者のみづみづしさに
『老いて歌おう』は母も楽しみに読んでいました。しばらくは辛くて読めなかったけど、今なら楽しめます。紹介ありがとう。E.
いくつになっても花があることを教えていただいて、目の前が開ける思いです。どの作品にも愛に満ちていて、感動したり笑ったりしながら幸せな気持ちになりました。やっぱり歌いいですね。Cs