2022年 05月 17日
邦雄ちゃん 藤野早苗
最近「前衛短歌」が気になって、目についた本を手に取ったりしています。浅学非才な私にはなかなか前衛短歌の本質は見えて来ないのですが、ただ、その「開祖」(笑)塚本邦雄には日を追うごとに興味を深めています。
「コスモス」に長く在籍していらっしゃるみなさまはご存知かもしれません。某ひ◯らぎ書房代表影◯一男さんの一発芸「インタビュー中部屋に入ってきた蠅をおう塚本邦雄」を。話の途中で優雅に扇子をかざしながら「あっっ、蠅が……」と典雅に宣う塚本邦雄氏の様を見事に再現される影◯さんの仕草にもう抱腹絶倒。機会があればぜひもう一度拝見したいと切望しています。
当然私は塚本邦雄氏に会ったことなどなく、この影◯氏の芸によってのみ塚本氏の概要を知るわけですが、それにしても面白い方だなあと、前衛短歌の開祖にして旗手である大歌人に、勝手に親近感を抱いていたのでした。
そんな私の「邦雄熱」に拍車をかけたのがこちら。永田和宏さんの御著です。
この本の掉尾に収録されているエッセイ「梨五つ」がもう最高だったのでご紹介しておきますね。
・「菜葉煮ろ煮ろ」(『翡翠逍遥』収録)はこれまた徹底した電話番号への拘り。電話番号を如何に読み解くか、その蘊蓄が凄いとしか言いようがない。
塚本が初めて電話を引いたときの番号は、七八二局六二六二番であったという。
菜食主義のあなたはー・菜葉(なは)煮ろ煮ろ肉腐れ
ゾラの徒であるあなたはー・ナナは風呂に六時間
など五案をカードに列記して知人に通知したのだそうだ。「ナナは風呂に六時間」なら誰にでもできそうだが、「菜葉」のほうはどうだろう。「肉腐れ」が憎いのである。「菜葉煮ろ煮ろ」で七八二ー六二六。そこに「二九」とまでわざわざ入れて「九去れ」と九を引き算してしまうという、まさに超絶技巧。
それから数年後、塚本邦雄の住む東大阪市の局番が変わったのだと言う。七四五局六二六二番。この局番変更が俄然、塚本の闘争心?に火をつけた。
新しい読みは「梨五つ浪人六人国を出る」。さる大名の姫君には寵愛する六人の若侍がいたが、ある時、分け与えようとした梨が生憎五つしかなかった。誰か一人があぶれるのは忍びないということで六人は揃って禄を捨て浪人に。
ここでどうして私に笑いが止まらなくなったかおわかりだろうか。
「七四五(なしいつつ)、六二六二(ろうにんろくにん)」までダイヤルをまわすと、電話口に「邦雄(くにを)出る」という寸法。電車の中である。あの時は、ほんとうに困った。 (「塚本邦雄」(日本詩歌文学館)二〇一六年三月)
「くにを出る」!!!!!
永田さん、私も思い出すたび困っています。
突き抜けた本気(まじ)のみにある面白さ蠅を追ふにも歌作るにも
高野さんが詠まれた「梨五つ」は「国を出る」が楽しくてやがて寂しい一首でした。面白い方だったのですね。詳細な背景をありがとうございます。E.