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渡辺南央子第二歌集『天空のかすみ草』 大野英子


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渡辺さんは同人誌「棧橋」「灯船」でのお仲間です。第一歌集『ガラスの香炉』には、コスモスО先生賞受賞作、歌壇賞次席作も収録されている実力の持ち主である渡辺さんの待望の第二歌集です。ご家族で長く住まれたマレーシアと、折々に日本と行き来しながらの日常、そして帰国後の日常を詠まれています。


コスモス本誌六月号の歌集評特集で丁寧なご批評がされていますが、ここでは三つの観点に分類し、渡辺さんの世界を鑑賞していきたいと思います。


あとがきに「今は歌を詠むことも、読むことも、出来ない、忙しい子供達ですが、いつか私や、家族の道のりを思い出したいときに、手に取ってほしいと思っています。」と書かれる息子さんたちへの思い。一言一言をかみしめるような読点の打ち方から深い思いと願いが伝わって来ます。


〈われ〉を出てさらに遠くへ行くものよ卒業式の壇上の子は

研究論文かかへゆく子の肩幅の去年(こぞ)より広し、去年よりとほし

青麦の匂ひせし子は発ちゆきてたぶんふたたび戻らざる鳥

朝あさに子らあそばせし公園の楠の落葉と語る、あ・れ・か・ら

子の音信まばらとなりて深むそらみづがね色のスプーン磨く

航空機追跡航路パソコンの機影イラスト小さく動く

ラッキョウの皮剝くやうに子の前で素朴な母になりゆくわたし

この秋に初めて父とならん子を想へば雪は花のやさしさ

帳尻は合ふかもしれずわれは親を子はわれを捨て伸びる合歓の木

わが裡のふかくしづかな滑走路二機発ちゆきて夏草そよぐ


まだ、私が「棧橋」に参加して間もない頃、東京での批評会の折に同行されていた、まだ少年だった息子さんの利発そうなお姿が記憶に残っています。そんな少年の立派な成長の過程を嬉しく拝読させていただきました。それと同時に、渡辺さんの世界の外へ外へと成長されてゆく寂しさから、自己と両親との関係性まで思惟は及び、やがて諦念へと変化していく様子が切なくも温かく伝わって来ました。日常の様子も多く詠まれていますが、抑制の効いた心象風景の歌に惹かれました。どの作品も母の思いが説明不要で伝わります。

ちなみに六首目は航空機追跡アプリで、位置を知りたい便名を検索するだけで地図上に情報を得たり、実際飛んでいる飛行機にかざすだけでフライト情報が判るものです。見送りを断られたのでしょうか、せめて無事に飛んでいるのか飛行軌道を知りたいという切ない親心ですね。そして最後の歌は歌集巻末に置かれています。世界を跨ぐ生活をされるご家族だからこその実感なのでしょう。


次に、自己を見つめる作品から

お会いするたびに、常に明るく、華やかな印象の渡辺さんですが、作品には、心の屈折、老いへの自覚が冷静に捉えられています。


異形(いぎやう)なるわれを怪しむリス猿が白オリーブの花散らしゆく


巻頭の一首。単なるリス猿との種の違いだけでなく、マレーシアという多民族、多文化社会という中で暮らす「異形」のわれでもあるのでしょう。軽やかに白花を散らすリス猿の視線が痛く、その自在さを羨む心が思われ、暗示的な挿入です。


うつくしきかな文字をもて千年ののちもあれこの歌よ、しらべよ


そんな異文化の中にあって、古典和歌の世から千年以上詠み継がれ、渡辺さんがよすがとされる「歌」。今後も末長く、という祈りから短歌に寄せる愛の深さが、四句の句跨りによる一拍置いた詠みにより一層強く伝わってきます。


かうしてはをれぬ気がしてかうせねばならぬ気もする壮年後期

自転車で風切る午後はひそかにも七掛けとなる年齢意識

われを縛るものほかならぬわれにして 風ひかる春の江戸川わたる


ある年代を越えると、気ばかりが焦る一首目。二首目は一時期、人生の方程式として、意識は実年齢の七掛けあたりという仮説が話題になりました。渡辺さんも颯爽と自転車で駆け抜けるとき実感されたのでしょう。三首目は日本に帰国後。一首前に「ヨーデルのごとく笛吹きケトル鳴るゆふべ、恋しきものらはとほし」と離れて暮す子供達を恋う歌がありますが、思いに縛られるのは自分自身の意識なのだとの思いは、ただの諦観に終らず春風に身を任す下の句が明るい。


にんげんのわれは亀より生きのびて甲羅のやうな黒き傘さす

半音階はづしたやうなさみしさに賑はふ宴を半ばにて去る

ただひとつこころ伴ふ体内の水分これは 今宵泣きたし

出奔をうながすやうな朱き鯉 浮いて沈んで、春のこころは


「甲羅のやうな黒き傘」「半音階はづしたやうなさみしさ」「こころ伴ふ体内の水分」「出奔をうながすやうな朱き鯉」それぞれの比喩が切なさをストレートに伝えて来ます。


晩年の母の痛みをひとつづつさらひて詫びる花冷えの夜


後半では「後頸靭帯骨化症」という難病が発覚し、治療を続けるなか、他にも体の不調が渡辺さんを襲う。それは母の痛みを自分が得てゆくことなのだという認識と、今になって判るその時の母の辛さをふり返り、老いる哀しみが切ない。


もうひとつ注目したのは、マレーシアに十五年という長い間滞在された渡辺さんのグローバルな視点からの時事、社会詠。


夕映えのモスクの街にくろぐろと工事放棄のビル聳え立つ

労働をすでに知りたる()さき手がオカリナを売るゆふべ、裏町

テラコッタの白き町並みゆくまひるひかりは塩のごとく降りつつ


歌集前半のマレーシア詠。急速な発展に伴う経済の落とし穴や格差を詠む一、二首目。赤道に近い熱帯雨林の街の空気感、日本との違いが十全に伝わる三首目。


原発事故の生存確率出されたり死に至らざる分母もかなし

放射能の残留(あや)ふし(すなどり)のなりはひ難き浦のひとびと


渡辺さんは日本に帰国されて程なくして東日本大震災を経験されます。直接的な大きな被害はなかったようですが、被災地へも足を運び、折々に被災者や被災地へ心を寄せられています。そこには長く離れていた「美しい国日本」であった筈の、変ってしまった姿への痛みを伴う祈りを感じます。


〈ヒロシマに折り鶴供ふ〉おそらくは次期大統領に継がざるこころ

死刑囚、被害者ともに遺族をりそしてそれから 遠雷ひびく


一首目は、日本人の痛みである原爆に対し、オバマ前々大統領来日の一過性に終るであろう哀しみ。二首目は死刑執行の記事を読まれたのでしょう。家族を深く愛する渡辺さんだからこその思い。


理不尽な、そしてあまたの死を(いつ)くかすみ草あり天空の果て


この一首は高野公彦氏の〈滅びたる星も混じりて星ぞらは一大かすみさうと(ひら)きぬ〉『青き湖心 般若心経歌篇』をオマージュとして心に置いて詠まれたのかもしれません。次々と世界をそして日本を襲う理不尽な出来事とそれに伴う犠牲。すべてを悼み慎むお気持ちは大きく地球全体を覆う願いなのです。

あとがきのお気持ちはきっと息子さん達に届くことでしょう。


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暑かった一日を象徴するような夕焼け空。


ひと呼吸、おおきく吸ひて飛びたたん歌は自由にとびらをひらく


Commented by minaminouozafk at 2021-07-24 15:29
いつも丁寧に歌集の世界を読み解いてくださってありがとうございます。英子さんの目を通して、渡辺さんの作品の魅力を再確認しています。靭さとはかなさを併せ持つ作品。繰り返し読んで勉強したく思います。Cs
Commented by sacfa2018 at 2021-07-25 08:21
渡辺さんの作品世界がくきやかに立ち上がる評論ですね。鑑賞を助けていただきました。いつもありがとうございます。S.
Commented by minaminouozafk at 2021-07-25 18:26
渡辺さんの作品の中では息子さんたちへの思いを詠んだものが、私の気持ちにすうっと入ってきます。英子さんの紹介文を読むと新たに気づかされることも多く、もう一度読まなければと思わされます。ありがとうございます。Y.
by minaminouozafk | 2021-07-23 07:15 | 歌誌・歌集紹介 | Comments(3)