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小野はつね第一歌集『草の輪舞曲〈ロンド〉』(柊書房) 大野英子

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現在、姫路支部に所属の小野さんは、奈良にお住まいの時に仰木香織氏と出会い、導かれコスモスに入会されています。この第一歌集には入会から20年の作品490首を収められています。

小島ゆかりさんが帯文に書かれる「感情を過剰に表現しない清潔な作品世界」は、歌集全体に貫かれ、歌集の表装も、そのイメージのままの爽やかさです。


子育てまっただ中から始まる一冊は、ゆかりさんの帯文通り、母と娘特有の葛藤と成長の記録でもあり、母として娘を見つめる静謐な眼差しが印象的に詠まれます。

 ねむる子は小さきけもの まるまりて太古の森の風音を聴く 12

 蚊帳のうちに眠れば真夜は静かなる海底に似て子は貝になる 17

 おはじきの遊びする手のたをやかに少女は指より大人さびゆく 20

 北風をまとへる少女かへりきてきららするどき言葉を吐けり 38

 痛みもつ水蜜桃をむくに似る思春期の子を叱るといふは 82

 子を叱ることなくなりてあらうことか鉢のメダカをしかるなどせり 151

 銀杏がおいしいと言ひ茶碗蒸しを食べる娘よ明日嫁ぎゆく 156


眠るのが仕事のような幼い頃の作品から。1首目は、今しがたまで元気に駆け回っていたのかもしれません。そして太古から変わらないであろう、すとんと眠りに落ちる姿は読者をも太古の深く静かな森の中へいざなうようです。2首目も青い蚊帳のなかに眠る子を海底の貝と詠み、子の深い眠りと揺蕩うような透明感。3~5首の「指より大人さびゆく」、相応じるような北風と「きららするどき言葉」、思春期の子を「痛みもつ水蜜桃」という例え、いずれも心理と情景描写の巧みさに惹かれる作品ばかりです。

その後も成長してゆく娘との微妙な距離感も詠まれますが、やがて母としてのカテゴリーから離れてゆく物足りなさはメダカを叱ってしまうまでとなり、茶碗蒸しのぎんなんを褒める照れをもってついに嫁ぐ日が来ます。子育ての20年、早いですね。


子育てと交差しながら、お身内との別れや介護も多く詠まれます。

姉逝きて灰置きしままにある暖炉父よ聖夜に燃やさうよ火を 13

御柩に秋草の花もをさめ終へつひに言へざりき父への別れ 35

病む(はは)とふたりしづかにゐる午後を雪は外面を明るませ降る 58

いつしんに草をひきをりガラス戸のむかう修羅もつ母をすわらせ 106

まはりつつ捻子の螺旋が降りてくる母が食事を拒みはじめぬ 124

わが胸の洞にひびけり彼岸へと母を発たせる禅僧の「喝」 139


40代の若さで姉を亡くされます。その後も集中に姉との思い出が小さな明りを点すように詠まれ、仲が良かったであろうことが伝わりますが1首目は娘に先立たれて、失意の底におられる父に語りかけるように詠まれ、励まそうとする健気さ。しかし父も一年も経たず亡くなられます。2首目を含む「父への別れ」一連は静かな秋の日に託して切々と詠まれます。その後生まれ育った姫路に戻り、姑と一人になった母の介護が始まります。3~5首目は姑との静かな時間、母との修羅の時間の一部を抽出しましたが、お二人を見送られる、その間も、姉との思い出と同じように亡き父への篤い思慕が詠みこまれていることも印象的でした。印象的な六首目、禅宗の葬儀での故人の現世への未練を断ち切る「喝」は小野さんの母を亡くされたぽっかり空いた心にも新しい一歩を踏み出すべく力強く響いています。


アダージョはこころの速度風わたる春野をとほくとほくゆきたし 11

傘のかげに心閉ざせり街中(まちなか)を雨も視線もはじきつつゆく 21

ひと目ふた目落とししままに編み続く編物に似てわが日々は過ぐ 21

肩甲骨に怒りの翼はためかせぱきぽきぱきと家事こなしゆく 116

松葉(ポーチ)牡丹(ュラカ)祭り屋台やうに咲きこんなに自由こんなに退屈 175


心情を詠まれる作品から。子育て中の前半3首は、此処でない遠くを恋うこころ、人間嫌いになりそうな日々、上手くいかない日常のやるせなさを、投影される場面も心理も明確にストレートに伝わって来ます。中盤の4首目は介護の日々でしょうか、子育てとは違うからだの忙しさが、主婦らしい動きに託されます。5首目は、松葉牡丹の仲間である呼び名も楽しく明るい祭り屋台に例え、子育てからも介護からも解放された自由と寂しさの序詞的に置かれ、納得の一首です。


今回は、作者の心情の変化も鑑賞していただきたく、頁数も添えています。

注目したのは後半の作品の伸びやかさです。


手術後を戻れば夜の病室に夫と娘と青ヒヤシンス172

忘れつぽいリスのやうなるわたしたち記憶の中のリンゴをかじる180

雪の朝夫が剝きたる冬リンゴの天使の羽根のやうなふた切れ182


詳細は詠まれていませんが、入院されて不安を抱えながら癒えてゆく過程の作品。子育てや介護の時期はあまり顧みる余裕も無かったであろう夫も折々に詠まれ始めます。1首目は「青ヒヤシンス」から術後の不安を一気に払拭してくれる廉直な家族のかたちが感じられ、2首目は物忘れが多くなる年齢の夫婦の会話が仄温かく、三首目も再入院時の小さな幸せ。子育て、介護と余裕なく過ごしてこられた、全てから解放され、自己をそして家族の最小単位である夫婦をじっくりと見直されるときに入られたでしょう。


大頭のわれになじまぬつばびろ帽とび立ちたくてまた風に飛ぶ 176

振り子時計横たはりゐる物置のごちやごちやとした時間につまづく 177

ふあんふあんとふくらんでくる黒雲のこらへきれないゆふぐれである 184


日常詠もウイットに富み、楽しませてくれます。1首目は自己諧謔的に擬人化した帽子は自己投影であるのかもしれません。2首目の振り子時計は最近の作品にも連作で子供の頃の思い出が詠まれ、そんな思いが結句から伝わります。3首目は退院後の作品。黒雲が空を覆う様子と気持ちをオノマトペで表現していますが、結句の言い切りに却って強さを感じさせてくれます。


空に雲つぎつぎと生れ手品師は指うつくしく昼を働く 186

身の上を聞くは無作法梟の足に銀色の輪がひかりをり 196

アスファルトはがされ春の陽のもとにあらはる少しやせた地球が 200

竹藪に四月の雨のしみとほりたかんなたかんなツックリ出で来 201


1首目の幻の手品師のスケール大きさ。2首目、飼われているのであろう梟への尊厳を重んじる態度。3首目、埋められたり掘られたりを繰り返し疲弊してゆく地球への眼差し。四首目は古名を用い筍の生命力と鋭さを感じさせるオノマトペ。前半はあまり詠まれなかった叙景歌も、母として妻として苦悩をのり越えた力強さと伸びやかさを感じます。


ゆつくりと花のつぼみがほどけゆくいいえはじめて笑ふみどりご 188

この春の自粛要請つづく日を花の苗植ゑ夫と親しむ 201


後半の漲るような生命力を感知する陰には、新たに誕生されたお孫さんの力もあるのでしょう。そしてコロナ自粛の中でも仲睦まじいお姿。今後もご夫婦での日常や、子育てとは違った視点での孫の成長記録を詠まれ読者を楽しませてくださることでしょう。

小野はつね第一歌集『草の輪舞曲〈ロンド〉』(柊書房) 大野英子_f0371014_06544403.jpg

散歩の途中で発見した、カシワバアジサイ。

ずっとまえにお会いしたことのある小野はつねさんは、物静かでたおやかなイメージの方で、この花にぴったりです。


雨にぬれ花くびふかく傾ぎゐるあぢさゐは〈母〉の祈りにも似て


閉ざされた雨のバースディ白シャツの石田(くみ)(ちや)()groovyな一曲


Commented by minaminouozafk at 2021-05-22 11:14
ご紹介ありがとうございます。清らかな抒情の添う小野さんの作品に惹かれます。歌集となって読めることを本当に嬉しく思いました。心理と情景描写の巧みさに惹かれるという英子さんの評に大きく頷きました。もう一度、読み返そうと思います。Cs
Commented by sacfa2018 at 2021-05-24 08:06
私もじっくり読みました。みずみずしい。コスモスの本流を汲む歌人だと思いました。イメージの飛翔を助けてくれる一冊。手元に置いています。S.
Commented by minaminouozafk at 2021-05-24 12:45
ブログで読むにはもったいないくらいの歌集評、いつもありがとうございます。<痛みもつ水蜜桃><ひと目ふた目落とししままに〜><時間につまづく>‥‥どの表現にもはっとさせられ、日常を難解でない言葉で詠まれていてゆったりとした世界を感じました。とても勉強になりました。Y.
Commented by minaminouozafk at 2021-05-25 10:22
小野はつねさんの静謐で清浄な歌の世界が分かりやすく解かれ、もう一度読み返したくなりました。たくさんの歌のご紹介をありがとうございます。A
Commented by minaminouozafk at 2021-05-26 15:55
ご紹介ありがとうございます。やわらかなグリーンの装丁のとおりの爽やかで静謐な作品です。たくさんの作品をあげていただき歌集を読み終えた気分です。カシワバアジサイ咲いていました。草の輪舞曲を思いました。N.
by minaminouozafk | 2021-05-21 06:56 | 歌誌・歌集紹介 | Comments(5)