2021年 05月 13日
距離(ディスタンス) 鈴木千登世
福岡県に緊急事態宣言が発令された。山口県でも直近二日の新型コロナの感染者数は49人と61人。落ち着く気配はなく、職場や学校、通所介護施設といった身近な生活の場所でのクラスターが相次いでいる。病床使用率は58%に達し、「ステージ4」のレベル。聖火リレーも感染の拡大を受けて初日の今日は聖火の到着を祝うイベントのみとなり、明日の下関市内を走るコースは中止となった。じわじわと緊張が増している。
ワクチン確保の見通しが立ち、高齢者への接種が始まるなど少し明るい話題のある一方で、予約の電話がつながらなかったり、予約できても接種は7月になるなど、変異株の感染拡大を前にして悩ましい状態が続いている。
今月23日に開く予定だった歌会は、一昨日山本さんと話し合って中止とし、会場もキャンセルした。延期という形に変更してもらえたのでキャンセル料が生じなかったのは幸いだった。落ち着かない日々が続くが、対策は変わらないと自分に言い聞かせてマスクの着用や手洗いなど出来ることを丁寧に行おうと思う。
『短歌研究』を読んでいる。5月号は「ディスタンス」をテーマにした三〇〇人の歌人による一冊丸ごとの短歌作品号。まだすべてに目を通していないけれど、秋山佐和子氏のエッセイの中で美しい詩に再会した。
あゝ麗はしい距離、
つねに遠のいてゆく風景……
悲しみの彼方、母への、
捜り打つ夜半の最弱音。 吉田一穂「母」
氏は「ディスタンス」の語に不思議な懐かしさを覚え、書棚に並ぶ文庫の『現代名詩選(中)』を手にされたという。
わが家の書棚にも同じ本があった。背表紙の色あせた本のページをめくるとわずか4行のこの詩が目に入ってきた。
母、または母親的なものへのかなしく美しい思慕が立ち上がる。深い思いを込めて夜半ひそやかに打つピアノの、かすかな音が余韻として聞こえる。改めて読むと繊細な感覚が緻密な構成で描かれていることに気づいた。添えられた作者紹介には「(早稲田大学)在学中から詩、短歌を作り」とある。対になった一行目と四行目など短歌の韻律が濃く投影されているように思う。
一穂は白秋を私淑し「桐の花」を携えて上京したという。「母」を激賞した白秋は、後に岩波文庫版の詩集の解説を頼んだという。
この詩しか知らなかった一穂が急に身近に感じられてきた。
「麗はしいデスタンス」と歌いし一穂 ふわと隣に来てすわる亡母 井辻朱美
8光年かなたに点る繭ありて妣への麗しきディスタンス 高野公彦
「ディスタンス」の韻きに誘われ、この詩を「本歌」として亡き母を読む作品もあった。歌と詩がひそやかに響きあう。「母」を収録した『海の聖母』は大正15年の刊。百年近くの歳月を経てなお清新な一穂の詩は読む者を魅了してやまない。
『短歌研究』のこの号にはコスモスからは高野さん、桑原さん、ゆかりさんの7首詠+エッセイが、大松さん、奥村さん、なおさん、佐藤(慶)さん、仲さんの7首詠が掲載されている。
コロナ禍の今を様々な角度から詠み、後世の記録ともなりうる作品群。年齢や性別で括らず五十音順で三〇〇人の作品を掲載するスタイルも潔い。10年後に読み返したら何を思うだろうか。
間と言へばほの温しもよレジを待つ善男善女の置くディスタンス
短歌研究の大胆な編集、素晴らしいと思います。S.