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米田郁夫第一歌集『金剛葛城山麓日誌』  大野英子


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米田郁夫さんは、コスモス会員であり「灯船」のお仲間。奈良県御所市、吐田郷と呼ばれる地で祖父の代から米作りをされ、米田さんご夫妻も退職後に本格的に農業を継がれています。

20代の4年間、コスモスに在籍され、定年後の2010年に再入会、3年後には純黄賞を受賞された実力の持ち主です。


葛城といえば思い出すのは、2007年9月の葛城市での「灯船」の前身である「棧橋」での批評会。初日の批評会途中で、二上山の落日を見るためにバスと車に分乗し、お世話してくださった会員の米田靖子さん(郁夫さんの奥様です)のご案内で地元の人しか知らないスポットへ。土地の方が散歩をしている長閑な田園の中から眺めた夕日の美しかったこと。


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(その時の二上山雄岳に沈む夕日です)

きっと、批評会会場からの移動時間なども綿密に計算されたことでしょう。もちろんその後は会場に戻って批評会再開です。厳しさも良い思い出です。

翌日は鳥谷口古墳を経由し標高515mの二上山へ。幼稚園児軍団にすいすい抜かれるスピードで休憩を取りながらの登山。なんと昼食のお弁当のおにぎりは米田夫妻が丹精こめて作られた吐田米。心のこもった演出でした。帰路、バスで通った米田ご夫妻が住まれる御所の大和三山を望む高台の棚田の美しさも心に焼き付いています。そのような経験もあり、米田さんの歌集に登場する地や風景は懐かしく、折々に読む手が止まって思い出に浸ってしまいました。米田さんお世話になりました。


前置きが長くなりましたが、葛城襲津彦の本拠地であると言われる地で生まれ育たれた米田さんの第一歌集は、土地に根付いた生活や自然を丁寧に詠まれています。

五章に分けられた作品を、各章ごとに紹介いたします。


第一章 葛城の里

この章は、生まれ育った地域と歴史との紹介であることを感じさせてくれ、挿入の章として効果的な役割を果たしています。


○みはるかす大和三山春萌えて若からぬ身はなにを恋ほしむ

巻頭の一首。金剛山、葛城山を背に天香具山、畝傍山、耳成山が見渡せる地に育ち、春は若い頃の志や思いが蘇り、さて今は、と己を省みるときでもあるのでしょう。景の大きさと溶け込むような思いです。


○なるこゆり下向きて咲く 一人減り二人減り村は減りゆくばかり

一首では過疎化してゆく村を詠んだとも取れますが、癌の闘病の末63歳で旅立った〈君〉への思いが連作で詠まれた最後の一首。誰とは提示していませんが、ずっと町内で共に育った幼馴染であるだろうことが伝わる一連。紅葉の季節に亡くなられ、紫蘭やナルコユリが咲く季節が来ても変らぬ喪失感が詠まれ、ナルコユリに投影された悲しみと嘆きが伝わって来ます。


○秋津野の発掘現場のひるふかく金剛おろしの粉雪まじる

地元で古墳時代の遺跡が発掘され、調査時の説明会に参加された折りの連作。金剛颪の吹き下す土地での初期大和王権下の人々の暮しを思う、感動が伝わる一連です。


○声しぼり鳴く蟬聞けば軍歌にて送り出されしいちにん思ふ

35年前に亡くなられた父が語られた出兵時の思い出と、晩年のご様子を夏はことさら思い出されるのでしょう。戦争という重荷を背負って逝かれた父へ思いを馳せる、詠み残すべき一連でした。


○手にのせて稲穂の孕み確かむる 三十六度の暑さかまはず

○陽が入りて風湧く時分りんりんと棚田の稲は緑ふかめむ

真夏の出穂期の農作業の様子と稲の成長を臨場感豊かに詠まれ、大変さと共に農作業の喜び、自然の美しさが詠まれる一連。


○宮庭の提灯明かりほの揺れて村人の顏みな若くせり

○下校する子の集団を離れきてわが集落へ至るは一人

新嘗祭には新穀を供えるお祭りが行われる様子や、農作業の合間に見かける下校の子どもたち。分かれ道から一人になる子の寂しさを思いながらも見守る視線はどちらも地元愛に溢れています。

葛城に寄せる思いと共に、吐田郷での暮しが十全に伝わって来ました。


第二章 金剛葛城山麓日誌

歌集名ともなった小題の二章は日誌と題される通りに、農作業が始まる四月からの美しい季節の移り変わりと共に米作りの一年間が詠まれています。()内は書き加えています。


○放置田の多きわが里元気なる水張田五枚が月を映しぬ(5月)

○豆ごはん香りふつくら炊き上がり今日は籾播きみんな集まれ

○代かきを終へしトラクター水たれて轍くつきり納屋へとつづく(6月)

○カブトエビ、ホウネンエビの生まれ出で吉兆風は早苗撫でゆく(7月)

○すんすんと稲穂出始め蜻蛉舞ふ弥生時代もこのやうですか(8月)

○わが里は祝祭日が農繁期コンバインの音ひびきわたれり(10月)

○黒々と藁は燃え跡広げゆき眠りさそへり宇迦(うかの)御魂(みたま)の(11月)

()(じま)ひのま白き煙ゆるやかに棚田下りて今日より師走(12月)

○南中にオリオン座冴えこの夜も父祖の田畑に霜降り立たむ(1月)

解説不要に、葛城の自然と地域の方たちとの絆、そして父祖の思いと共に苦労を厭わない農作業の喜びが生き生きと詠まれていますね。


○桃の実のうすくれなゐの皮をむく妻の小さき手乙女を残す

○長男がフィアンセつれて帰りきぬ稲穂が金にかがやける日に

○わが家にも嫁が来るぞと言ひふらす群がりてくるふくら雀に

ご家族のお歌は多くはないのですが、農作業の合間の一息ついた夜でしょうか。桃の皮も効果的に妻、靖子さんの優しげな手元にズームして、ひとときの安息と愛が伝わり、2、3首目は「稲穂の金」の秋の収穫と共に訪れる喜び、誰に言うわけでもない嫁を迎える心が「ふくら雀」に託されています。


第三章 二合半

三章は主に米田さんの日常が纏められています。


○空見上げ「北行く雲は雨呼ぶぞ」村人言へり花見の宴に

村の花見は、本格的に農作業が始まる前の楽しい行事なのでしょう。その席でも自然と共に生きる地方ならではの言葉が印象的です。


○樋つたふ雨音を聞く晩酌は二合半(こなから)がよろし梅雨寒の夜

○たわいなき妻とのいさかひ夕さればカナカナの声満山に湧く

○軒先は長者のごとし掛け大根、瓢箪、玉ねぎ、柿吊されて

家庭内の作品から。梅雨時は苗の成長を促す大事な時期でもあり、雑草の手入れなど大変な時でもあるでしょう。雨音に耳を傾ける充足感と共に飲むお酒はもちろん地元のお米でつくられた美味しいお酒でしょう。程よい二合半ですね。小さな諍いも消し去るような満山の蝉声、収穫された作物にもうひと手間を掛けた品々で満ちる軒先の贅。どの作品からも大きな自然の景が見えて来るようです。


○夕暮れも田に働きし母思ふ「おかえり」と待ちくれしことなし

父と共に農業で家庭を支えてくれた母。秋の夕暮れにはことさらその頃の寂しさが思い出されるのでしょう。しかし、少し前の歌に〈六歳の子どもの帰りを待ちゐしは犬のやまとよ父母は残業〉とあり、米田ご夫妻も同じように必死に働かれたことが詠まれます。


○さくさくと雪を踏みしめさくさくと一番乗りのわが初詣

○葛城の水分(みく)神社(まり)までの雪の道人、犬、ひづめの跡が続けり

○家族らの年を数へて豆包み今年も供ふ産土神に

地元御所市にあり、祭神は金剛山、葛城山の灌漑用水を司る水分神。初詣一番乗りにも節分の行事にも、敬虔な暮らしぶりとお気持ちがこもります。


(しら)南風(はえ)にまろく転がる梅の実を拾ひ来て見す術後の妻に

さくらが咲き出す結婚記念日ごろ、靖子さんは乳癌の宣告を受けます。術後の療養に入るまでの一連の最後の一首。時は流れ梅雨明け。まだ、日常生活に戻れないであろう靖子さんに手渡す梅の実はこんもりと膨らみ微かに色づいているのでしょう。悲しみも喜びも自然と共にある暮らしが読者の心に沁み入ります。


第四章 鴨の居る風景

古稀を迎えての新たなこころざしが伝わってくる章です。


○雲の上の峠に湧ける清水引きここの棚田の早苗はそよぐ

○早苗田にざくろの花の映る昼早苗饗(さなぶり)告げ来る村人老いぬ

年月は過ぎても、米作りの喜びは変わりません。それでも、村人もご自身も老いてゆくことを諾うしかありません。

○いつのまにか春はゆきたり来る盛夏しかと迎へむ病を越えて

そんな米田さんにも膀胱癌が発見されます。早苗田の時期を妻に託して入院される連作十二首から、病と闘う強い気持ちが伝わって来ます。


○見はるかす大和国(やまとくん)(なか)日の射して高取城址は時雨のけはひ

○鳴く鴨を今日のみと見て逝きし人ありしよわが立つここ国原に

病後の米田さんはこれまで以上に地元の自然や歴史と積極的に向かい合ってゆかれます。一首目は大和三山を一望にする壺坂周辺を歩いて巡られています。二首目は大津皇子の〈ももづたふ磐余の池に鳴く鴨を今日のみ見てや雲隠りなむ〉に思いを馳せて神話の世界へ心を遊ばせています。愛する大和の地を詠み残さねばという思いが伝わる章です。


第五章 拾遺

最終章は、「拾遺」とある通り、20代の4年間の作品から、米田さんの夜学での生活、靖子さんとの結婚、出産までの十九首を収め、集中では多く詠まれなかったご家族への愛が伝わり、面と向かっては言えなかったであろう家族へのオマージュが伝わって来ます。


○産み月の迫れる妻の歩みゆき黄金に輝く菜の花一群

○小さき手を固くにぎれるみどり児を湯あみさせをりはつなつの夕

くり返し地元の自然を詠みつづけることが出来るのは、御所の豊かな自然の恵みのお陰もあるのでしょうが、なにより米田氏の自然や土地への大きな愛と思い入れがあっての所産であることを再確認させてくれた一冊でした。


装画は、われら南の魚座の歌誌の表紙も手掛けてくださったひがしはまね氏による葛城の風景画です。こちらもご堪能ください。


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こんな写真も出て来ました。14年前、雄岳の大津皇子二上山墓の前で。

二上山登山も全くダメージが無く、若くて元気で、健康だったなぁ……


山笑ふ大和三山恋ひながら散りゆく街のさくら見てゐる


Commented by minaminouozafk at 2021-04-04 09:46
「灯船」の批評会でもよく声をかけていただき、ご夫妻とも奈良高専にお勤めだったとうかがい、とても親しみを感じています。歴史ある自然豊かな父祖の土地を守る暮らしからの作品は、歌自体がとても豊かなふくよかさを持っていると感じました。丁寧なご紹介ありがとうございました。Y.
Commented by minaminouozafk at 2021-04-05 15:27
もう桟橋の批評会で葛城に行ってから14年も経つとは!米田さんんご夫婦のおもてなしで、二上山や一言主神社に行ったことを懐かしく思い出しながら読みました。それにしても英子さん若~い。A
Commented by minaminouozafk at 2021-04-05 22:16
もう、14年ですか。行けなかった一言主神社を訪れたいとずっと思い続けてます。二上山頂で食べたお結びの味が忘れられません。たくさんお心遣い感謝でいっぱいです。
英子さんが葛城を調べられていると知ってご紹介を待っていました。吐田郷の四季の美しさ、農作業の喜び、家族への思い。胸に響きました。大切にしたい歌集です。Cs
Commented by sacfa2018 at 2021-04-05 23:08
丁寧な暮らしぶりを丁寧に詠まれた歌集でした。英子さんのご案内でますます妙味が深まりました。
ありがとうございます。S.
Commented by minaminouozafk at 2021-04-08 16:27
ご紹介ありがとうございます。二上山のお話、おにぎりのお話を桟橋の方からお聞きするたびに是非行かなければと思っている場所です。美味しいお米が取れる里山の光景、コロナが収まったら…温かい家族への思い、大切な父祖の田んぼ。もう一度しっかりゆっくり読ませていただきます。N.
by minaminouozafk | 2021-04-02 07:45 | 歌誌・歌集紹介 | Comments(5)