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松本千恵乃歌集『蝶の声』を読む会  藤野早苗

 12月13日、日曜日は「未来」所属歌人松本千恵乃さんの第一歌集『蝶の声』を読む会@福岡市中企業振興センター。主催は未来短歌会福岡歌会。ご縁あってパネラーを務めさせていただきましたが、本当に勉強になる会でした。

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左から、黒瀬珂瀾さん、藤野、参加していた小田鮎子さん、山下翔さん。



 新型コロナウイルス感染者数増加傾向の福岡ですが、万全の対策がなされた会場での批評会、松本さんのお人柄か、まさに日本全国から歌友のみなさんがご出席されていました。

 当日の進行表&レジュメ。おしゃれ〜!
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 司会は竹中優子さん。10:00、竹中さんからのご挨拶、諸注意を受けた後、いよいよ「読む会」開始です。今回のパネラーは、黒瀬珂瀾さん(未来)、山下翔さん(やまなみ)、そして私。各自10首抄出し、それぞれの作品についての批評および感想を述べます。三人が選んだ作品については事前に資料をいただいていて(竹中さんありがとう)、その抄出作品にまったくかぶりがないことに一同驚いていたのでした。それだけに、黒瀬さん、山下さんが『蝶の声』をどう読まれたのか、読ませどころはどこだと考えられたのか、大変気になるところでした。以下、三人の発言を抄録しておきます。(発言順)

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書き込む前に画像撮れって、もう百万回思ってる。笑笑。



・藤野早苗

 松本作品の特徴はいくつかありますが、今回私は「読む喜び」を共有させていただいた歌を中心に選びました。松本さんの歌には一見して興味を惹かれる素材が詠み込まれたものが多い。読み過ごしてしまえばそれまでなのですが、私はどうにも気になってその都度ググるものですから、一冊読み終えるのにとても時間がかかりました。たとえば一首目の「アパルトヘイト時代下」を歌い継がれてきた歌とは「神よ、アフリカに祝福を(コシシケレリ・アフリカ)」という賛美歌で、現在の南アフリカ共和国の国歌であるとか、二首目「肺魚」にはなぜ胃がないのだろうと調べ始めてしまうとか、四首目「くらし」→「らしく」というアナグラムをなぜしようと思われたのだろうと気になってあれこれ考えてしまうとか、六首目「黄金の蛹」が気になってそれがオオゴマダラの蛹とわかって羽化の画像をじっくり見てしまう、とか……。まあとにかく一首一首の滞空時間がえらく長い歌集でした。
 多分こういう作品は松本千恵乃という歌人の中ではオフィシャルな部分なのだろうと思います。名刺のような、と言ってもいいかもしれません。「賞荒らし」(笑)という異名をもつ松本さんが意思をもって詠もうとされた作品世界について正対したいと思いました。そうすることによって、私自身教えられることがとても多かった。

・みずからの声はもたない蝶なれど世界で起きた事実(こと)を教えて

 歌集名の由来となった一首です。蝶は過去からの分布記録データの蓄積がしっかりしているので、たくさんのポイントの比較をすることで環境の変化がわかる指標生物なのだそうです。声なき声の訴えに耳を澄ますこと、その謙虚さを教えられた一首でした。

・山下翔氏

 山下さんが選んでいらしたのは、ふっと肩の力の抜けたような作品でした。またその読みが面白い。
 一首目「ネルソン・マンデラ」を初句、「という運命が」を二句として読み、三句欠落「・・・・・」として鑑賞するという読み方は斬新でした。味わい方は自由なんですよね。六首目、さりげない景なのだけどそれを歌にすることであらためて気づくことがある。そういう歌に惹かれるという山下さん。「南瓜切る音」にも違いがあるとか、言われてみればとても個性のある作品ですね。「野菜屋っていうのかな?」という呟きもなかなか興味深かったです。九首目上の句「おだやかな最期を守れたと思う」までは事実に基づく実感が詠まれているけれど、下の句では「虹のもとまで母の手をひく」と隠喩に転じている詠みが松本さんの作品としてはレアで注目したというご批評に納得いたしました。
 
・知らないと言えぬ夫は「燎(かがりび)」を「めらめら」と読む一秒見ては

 長年培われた夫婦関係が活写されている、という弱冠30歳の山下さん評にとても楽しい気持ちになりました。

・黒瀬珂瀾氏
 持ち時間の半分を使って、まず歌集全体の印象を述べられた黒瀬さん。ざっとご紹介いたしますと、

 歌集の編集が一般的な編年体(これがいいとも思わないけれど)ではなく、テーマごとの四章構成になっているため、一首一首の距離感が等間隔すぎて、構成に緩急がないことは残念。人物に関する連作の後、突然生き物の歌が出てきたり、生活の断片を歌った作品が出てきたりする……。そんな意識の変換の面白さや混然とした感じが編集によって失われているような感じがして惜しいと思った。
 また、松本さんは自身で歌を統御したいという精神力が強い歌人なのだと思うけれど、もっと「歌の魔」というか「歌の罪」に負けてしまっても良かったのではないかという気がする。
 社会詠が目立つ歌集だけれど、では、作者自身はその現実に対してどうアクションしているのか、自身の問題として、むしろ身辺雑記的に社会詠ができると良いのではないかと思った。どこかで偶然性を取り込むといいのかもしれない。

 と、こんな感じでしょうか。「歌の魔」「歌の罪」! なんかね、パネラー席に座りながら鳥肌立ちましたよ。キラーフレーズでしょ。すごく納得。この「魔」とか「罪」に身を委ねるからこそ、作歌って続けられるんだよなって思いました。予定調和の中でしか歌が生まれないなら、歌を詠むって苦しいばかりになってしまう。最近私も窮屈だなあって思っていたのでとても心に刺さりました。黒瀬さん、ありがとうございました。

・なだらかな丘のみどりはさとうきびこの広さぶん奴隷のいたり

 ネルソン・マンデラさん一連の中の作品。糾弾するのではなく、あくまで感慨として納めたところに詩がある。松本さんの中にはちゃんと世界を変えていくポエジーがある、そんな証左となる一首。

 パネラー三者三様、それぞれの切り口で作品紹介できたのは結果的に良かったのかなと思いました。同じ傾向の作品に偏らなかったのはそれこそ奇跡ですが、これが本歌集『蝶の声』の地力であるような気がします。どこからでも読ませるんですよね。

 この後休憩を挟み、出席者のみなさまおひとりおひとりからご感想をいただきました。みなさん読み込んでいらっしゃる。松本さんとのご交流の経緯をお話しされる方もたくさんいらして、千恵乃さんの人懐こいご性格の一旦が垣間見えて嬉しくなりました。

 最後に恒成美代子さんから総括的なご感想をいただき、歌人松本千恵乃の弥栄を願って、『蝶の声』を読む会は終了したのでした。

 お招きくださった松本千恵乃さん、運営開催に関してお心配りいただいた竹中優子さん、そして未来短歌会福岡歌会代表恒成美代子さん、ありがとうございました。
 パネラーご一緒させていただきました黒瀬珂瀾さん、山下翔さん、お世話になりました。
 お会いできましたみなさまに心より感謝いたします。

  蝶の羽化目守りてゐたりこれの世を渡らんとする翅ひらけるを

   丈長きジャン・ポール・ゴルティエのコート着た歌の魔のゐる師走の博多


*黒瀬さんにお会いするのは8年ぶり。2年の福岡暮らしのころは男前の若いお父さんという感じでそれはそれで素晴らしかったのだけど、今回、あのゴルティエのコートを着こなした珂瀾卿降臨で、私個人的にとても眼福でございました。
 パネラー席向かって左から、カラン卿、オフィシャルがTシャツ・短パン・クロックスの山下さん、そしてデフォルト着物の藤野が並んでいるわけで、否めないコスプレ感でございました。笑笑。

*撮影が思うに任せず、画像があまりないのですが、今後随時差し替えたいと思っています。お楽しみに。

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昼食。
豪華お弁当。

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昼食後の花束贈呈。
千恵乃さん、おめでとうございます。

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素晴らしい歌集でした。
ありがとうございました。





 

 

 

 

 

Commented by minaminouozafk at 2020-12-17 09:19
ご紹介ありがとうございます。広がりがあって素敵な読書会と歌集。パネラーの方のそれぞれの評とても興味深く、画像の資料の小さな文字に目を凝らして作品を読みました。(見えない~)「歌の魔」刻みます。差し替え予定の画像もたのしみです。Cs
0+1
Commented by sacfa2018 at 2020-12-18 01:45
あー、ちーさま、字が見えないですねー。ごめんなさい。これも画像、大きくしましょうね。S.
Commented by minaminouozafk at 2020-12-18 09:07
読書会が集合してできるのは、いいですね。
ご上梓、おめでとうございます。歌の世界に遊ばせていただきました。
早苗さん、パネラーを務めつつの取材、ありがとうございます。Cz.
Commented by minaminouozafk at 2020-12-19 11:12
なかむーからも読書会の様子を少し聞くことが出来ました。小規模な集まりなら続けていけるような環境であれば良いですね。出席できない会合のご報告、楽しみにしています。Y.
Commented by minaminouozafk at 2020-12-20 14:45
充実した出版記念の会ですね。山下さんの読みには驚嘆、黒瀬さんの構成への言及などにも学ぶことが多いです。ご紹介ありがとうございます。A
Commented by minaminouozafk at 2020-12-21 08:33
ご紹介ありがとうございます。読む会、シンプルで素敵なネーミングです。読書会ならではの読むよろこび溢れた会ですね。歌の魔、歌の罪…考えさせられます。N.
by minaminouozafk | 2020-12-15 11:40 | 歌誌・歌集紹介 | Comments(6)