2020年 11月 12日
会津八一のうた 鈴木千登世
会津八一の本を少しずつ読んでいる。
きっかけは、毎日新聞の「今週の本棚」という書評欄。「奈良の秋」というテーマが取り上げられ、上野誠氏、池澤夏樹氏と(われらが)小島ゆかりさんの、それぞれ推薦する本を一冊あげての鼎談が掲載されていた。
上野氏は『大和古寺風物詩』(亀井勝一郎著)、池澤氏は『大和路・信濃路』(堀辰雄著)。ゆかりさんは『会津八一 コレクション日本歌人選』(村尾誠一著)。このラインナップだけでも、古都奈良の寺院や御仏の佇まいが思い起こされてわくわくするのに、3者それぞれの鑑賞は簡潔でありながらも思索的で、大変興味深かった。
振り返ると、会津八一の歌は有名な作品を何首か知っているものの、歌集を通して読んだことはなかった。知っている作品はどれもどこか孤独を湛えていて忘れがたいのに、ひらがな書き、万葉調……と、表面的な薄っぺらな知識しか持っていない。「どんな時代にあっても優れた歌人たちが直感的に規範をはみ出していくところに、歌の力を感じた。」というゆかりさんの評に惹かれ、県立図書館で借りて読み始めた。

(県立図書館の近く。紅葉すすみました)
紹介にあった『会津八一 コレクション日本歌人選』は、選ばれた50首の作品に意味とともに解説や鑑賞が施され、また巻末には略年譜や「歌人としての会津八一」と題する全体像を俯瞰した解説、さらには読書案内まであって、八一を知るうえで最適な一冊だった。
くわんおん の しろき ひたひ に やうらく の かげ うごかして かぜ わたる みゆ
観音の白きひたひに瓔珞の影動かして風わたる見ゆ
おほてら の まろき はしら の つきかげ を つち に ふみ つつ もの を こそ おもへ
大寺の円き柱の月影を土に踏みつつ物をこそ思へ
すべてひらがなの歌。ゆっくり読むと情景が立ち上がって来る。その傍には作品を漢字で記したものが添えられていた。比べると、漢字交じりの表記は一目でおおよその意味を捉えられる。けれど、八一の作品の、暗がりの中にしんと目を凝らすような独特の味わいは消えてしまっている。ひらがな表記はゆったりとしたリズムが生まれるものとばかり思っていたが、一語一語を噛みしめて想像する過程での深い味わいと余韻に満ちたしらべが八一の作品の魅力であることに今更ながら気づいた。また、そもそもの原作は字開きなしの平仮名表記であったということも驚いた。おそらく八一が書家であったことと関係があるとゆかりさんは述べている。書のリズムと歌の韻律はきっと重なるところがあるのだろう。

短歌以前に俳句を学び、子規庵を訪ねたこともあるということや東大寺戒壇院の広目天の目に似ていると評判になったことなど興味深いエピソードも記されていた。随筆集の『渾斎随筆』を確かめると顛末と一緒に眉根を寄せた厳しくも不思議な魅力のある表情の広目天の写真があって、「もし幾らか似ているところでも有つたとしたら、私があの像の前で睨めくらをする時に、あの黒い瞳で、あちらでも、いくらか變に思つてゐるかも知れない。」と結ばれていた。息遣いを感じる文章ということがあるけれど、時間を超えていきいきと人柄の伝わるこちらの文章にも魅了された。
ゆっくり読み進めて、いつか本を手にしながら秋の奈良を巡りたい。
ほほゑみてたたすはるかなまなざしの救世観音こそ会ひたきものを
八一は奈良美術研究の関係でそれに関した美しい作品が多いのですが、東京大空襲にあい、疎開先の新潟で養女きい(子?)を亡くすまでを詠んだ哀切な一連を含む「寒燈集」が好きです。随筆集もいつか読んでみたいです。E.

