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「COCOON」Issue15の批評会報告に代えて 有川知津子


 4月の第2日曜日の「COCOON」Issue15の批評会の中止は早めに決定された。



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【松井竜也さん作成の表紙。下の地図も同じく】

         


 批評会が中止になるとどうなるのかというと、COCOONの会の場合、メーリングリストが活躍する。メーリングリストにそれぞれ一首選を送るのである。歌だけでもいいし、何かコメントをつけてもいい。無理のない範囲で、楽しくやろうという趣旨である。

 そのやり方にならって、以下に作品を紹介したい。巻頭の4作品については2首ずつ、以下は1首ずつ掲げてみた。*で何か言っている。



○野村まさこ「かたわれ」

来週は修学旅行 テレビには行くはずだった首里城燃える

*来週はそこに生徒たちといるはずだった。呆然の態でテレビに見入る様子が、「首里城燃える」という助詞を省いた言い方に表わされているようだ。


少年の耳に喰いつき魂を啜っているのか こいつイヤフォン

*「こいつイヤフォン」のイヤが「嫌」をも含意するように読めてしまう作りであることに、(第四句までの内容から)救われる気持ちになる。



○三沢左右「町を抱く」

〈ぶつめつ〉の〈つ〉を完了の〈つ〉と思ひその下二段活用を誦す

*この歌を読んで、「ぶつめて・ぶつめて・ぶつめつ・ぶつめつる・ぶつめつれ・ぶつめてよ」とやってみなかった人はすごいと思う。(二つの「つ」両方でやった人はもっとすごい)


こないだまで肉に張り付きゐし爪しんしんしんと月に変へゆく

*爪を切る行為が厳かに語られる。儀式のようだ。



○島本ちひろ「身の内の砂」

こんなにも湖面に確と映るのに影は濡れない 黒くたゆたう

*「影」はこの作者の大切なモチーフである。何かを少し考える時間が一字空けに表現されている。


刺青をしない理由は一生涯愛せるモチーフ決められぬから

*刺青をするしないは道徳的問題ではなく、愛の問題と示したところが鮮やか。



○白川ユウコエンスージアスト

富士川は幅ひろくして南には海はるばると田子の浦見ゆ

*いにしえの歌人山部赤人と向き合っている構図であろう。時代を越えて壮大な歌と読んだ。


立体駐車場(りっちゅう)に三つ車をねむらせて夫はあるいて通勤しおり

*夫が車に「エンスージアスト」であり、一連にはその証拠がいろんな角度から提出されている。



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○松井竜也「さようなら冬」

AIにできないことはなんですか 今日は遠回りして帰る

*たしかにAIに「遠回り」は苦手そう。


○松井恵子「ユーカリ」

「週末は遊びに行こうか」何億年先の週末だらう眩しい

*目を細め消失点のはるか向こうまで見晴るかす人が思い浮かぶ。


○伊藤祐楓「夢のあとで」

柑橘の香のするごとく清らかな娘の寝顔は哀しき絵画

*美術館で絵画に触ることはマナー違反である。成長した娘に触れることの躊躇いが感じられる。そんな父親の悲哀だろうか。


○小島なお「亀」

雪食べて死んだ俊成そののちも雪吐いて生きつづける空は

*生と死、そして雪も伝統的な歌のモチーフである。だが、ここでは、「雪月花」の「雪」とは違う雪が詠まれていると感じる。


○椎名恵理「自習室に歯ブラシ」

住人のようなかるさで学生はポットのお湯を入れ替えており

*大学院の院生自習室の一場面を切り取った。「かるさ」の語が、そこを使い慣れた学生の様子をよく伝える。


○渋谷美穂「春と希求」

鉄塔のてっぺんの細いところから花びらを撒くような計画

*なんと壮麗な計画だろうか。撒かれたはなびらは、地球の自転の生む気流にのって地球を取り巻くに違いない。


○早川晃央「お別れを待つ」

十五年前の一五の夏休み祖母が誘ってくれた「コスモス」

*祖母の歴史と自身の歴史とがともに詠み込まれた得難い歌。


○山田恵里「フラワーデモ」

文字のない便箋のやうなひかり射し導かれゆく十番出口

*これから起こることのプロローグとして読者をぐいっと作品世界に引き込む。


○河合育子「りんごとみかん」

檀(まゆみ)の実ひとつ飲みまたひとつ飲みつぐみが連れてくるよゆふやみ

*いろんな「み」があって楽しい。

*この歌の良さは、3月30日の「日々のクオリア」で岩尾淳子さんが解き明かしている。学びをいただいた。


○久保田智栄子「点る陽」

きつちりと横断歩道の上ゆける蝶々見しは一度(ひとたび)ならず

*一度だけでもおもしろい。度重なってくるともう偶然のような気がしない。その不思議への好奇心が歌になった。この蝶の行いは、科学的に説明できるのだろうか。


○船岡みさ「春待つ」

七草の二つ三つほど野に摘みて作りたる粥思えばゆたけし

*「思えば」ゆたかとうたう。今は「野に摘」むことが叶わぬ状況にあるのだろう。一連全体に、大地から切り離された息苦しさのようなものが漂っている。


○大松達知「オリフィス」

許せないあれこれありてオリフィスをたらりら蒼き砂が抜けゆく

*「オリフィス」は砂時計のくびれ。その語が腰の句にあること(一首が砂時計の形象となっていること)、「抜けゆく」とあっさり言ったところに引きつけられる。


○真島陽子「つくんつくん」

食缶に沢煮椀捨てししゃも捨てご飯を捨てて暗闇つくる

*食行動の難しい子供と接している様子が感じられる一連。食べ残りは食缶にまとめられ蓋をされる。一首の「暗闇」は直接的には食缶の暗闇であるだろうが、いろいろ考えさせられる。


○伊田史織「はるけく深し」

山葡萄の実をとり種をまた蒔かう酷暑にすだれをかけよういつか

*最後の「いつか」に引き留められる。今は思うことがおもうようにはできない状況にあるのだ。祈りの「いつか」と読んだ。


○大西淳子「鉛の砂時計」

呑み込んだ言葉は消化されません鉛の砂時計が落ちゆく

*第四句のあたまに「鉛」とあり、まるで「呑み込んだ言葉」が「鉛」であったかのような錯覚に陥る。鉛毒が時間をかけて人体を蝕んでいく。


○小川和恵「垂直の時間」

顔を見て下の名聞いて朱の筆でこつそりと書く名前の手本

*学校に書写の指導に行ったときの一首。「下の名聞いて」に、生徒とのこまやかな交流が表現されている。


○柴田佳美「太郎月」

こんなにも折りたたみ傘軽くして蕾のごとしわれの体に

*折りたたみ傘が蕾のようだ、と言うだけにとどまらず、「われの体に」と言ったことで、無機物の傘に命が吹き込まれた。その開花まで想像させる。


○斎藤美衣「君はわすれて」

ほろほろと君はわすれてテーブルにこぼれた星も拾はうとせず

*「ほろほろと」は、少しずついろんなところが止めどなく崩れていく様子である。そのように忘れてゆく人を見守っている。結句の打ち消し哀感がこもる。


○杉本なお「ふくろふの森」

声小さきわたしの方へ机ごと近づきてくるやさしきまなこ

*なになに? と近づいてくる人のやさしさを「机ごと」で端的に言い表わした。


○片岡絢「慈雨」

あの歌の三句目〈霧時雨〉ぢやなくて〈落ち葉踏む〉にしとけば良かつたな

*メタ短歌のなかでも一首の中で具体的に推敲してみせるのは、特異ではないだろうか。第三句「霧時雨」の歌に出合ったら、「落ち葉踏む」に読み替えよう。


○水上芙季「オリオン」

公園の一番高い銀杏の樹てつぺんに星付いて冬来る

*この時間この場所に立ったとき、あの銀杏の樹のてっぺんにあの星がかかったら冬。そんなかけがえのない場所をもつ。



 妄言多謝。


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うぶすなの春の浜辺に船ひとつお椀のごとく伏せられて乾く



Commented by minaminouozafk at 2020-04-01 21:44
公開メーリングリストをありがとう。
ちづりんのことだから、みなさんに入念に許可を取ったのではないでしょうか。
会えなくてもお勉強の方法があること、それも無理のない参加方法。みなさん楽しそう。
色んな感性を楽しませていただきました。E.
Commented by 大西淳子 at 2020-04-02 07:38 x
一首一首、丁寧な鑑賞ありがとう💕
Commented by minaminouozafk at 2020-04-02 11:58
歌会が開けず、どうしたらいいのかと考えています。文明の利器を使って、こんな形で批評を交わすことができるなんて。とても新鮮です。コクーンの皆さんの若い感性とちづさんのコメント、勉強になります~。Cs
Commented by minaminouozafk at 2020-04-02 13:01
今の人と会うのが難しい状況ですが、こんな形で批評を取り交わせるの良いですね。選歌とコメントいい勉強をさせて頂きました。A
Commented by minaminouozafk at 2020-04-02 16:59
便利ツールを早速使えるのは、やはり若いCOCOON の方々ですね。若い方の対象の捉え方はいつも勉強になります。ちづりんの読みも勉強になります。毎号届くのが楽しみです。Y.
Commented by sacfa2018 at 2020-04-02 19:46
遠隔地同士のやりとり、メーリングリストいいですね。文字に残るし。最近はzoomが注目されてます。これ、一考の余地あり。

コクーン、新鮮。三沢作品、活用、私も楽しみました。S.
Commented by minaminouozafk at 2020-04-03 08:18
会えなくてもこのような方法での丁寧な批評。ありがとうございます。ちづりんさんの選ばれた作品に丸をつけて批評を読みながら楽しませていただいています。N.
Commented by minaminouozafk at 2020-04-03 21:58
淳子さ~ん。ありがとう!

読んでくださり感謝。直接、この歌すき~と伝えられたら、と思います。 Cz.
by minaminouozafk | 2020-04-01 12:13 | Comments(8)