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藤原龍一郎歌集『202X』 藤野早苗

 
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藤原龍一郎の10年ぶりの新歌集『202X』を読んだ。「藤原さん、ぶれてないなあ。」というのが初読後の感想。パンクで、ロックで、アナーキー。胸のすくような反骨精神横溢する本書、この閉塞する時代の清涼剤のような思いでずんずん読み進んだ。

 本書には巻末に作品の初出が掲載されている。実はこれがとても大事。たとえば、

12)宰相は言葉を持たず君臨すかく愚かなる世界の仕組み
14)政府広報メール届きて「議事録ヲ修正スル簡単ナオ仕事デス」です
14)さなきだに無敵モードは成立しパノプティコンは呪文にあらず
 パノプティコン=権力が支配される側を「自己規制させる技術」

 これらは巻頭「2020 この世界は笑いながら終る」から引いた。今まさに2020年。現政権下、頻繁に目にする光景である。しかも新型ウイルスCOVID-19が世界を席捲する現況下、実際に「パノプティコンは呪文にあら」ざるのだ。しかし、これらの作品の初出は「現代短歌新聞」2017年5月号。歌集に収録するにあたり改作があったとしても、作品の有するテーゼそのものは2017年のままであろうし、あとがきは2020年1月18日に記されていることからすると、一冊として仕上がった時点ではまだウイルス騒動は起こっていないことがわかる。

 最近ある短歌総合誌上で「情緒的で反知性的」という指摘を受けたばかりの私としては、この場でこんなことを言うのは少々気が引けるのだが、やはり、歌人にというか、芸術家には「降りてくるもの」があると思う。それを直観と呼んでも、あるいは予言と言ってもいいかもしれない。

18)月光がそそぐ狂気を享けとめて老いたるパルチザンの勇姿よ
18)子を乗せて軍歌にあわせ上下する回転木馬 軍馬還らず
26)世界終末時計はすすむ酷熱の五輪寒雨の学徒出陣
27)駅前にアイドルならび声そろえ「千人針にご協力くださーい!!!」
31)不起訴不起訴とニュースは告げるニッポンのロゴスとはかく虚しき光
37)NHK今日の見どころ「AKB前線慰問の夕べ」始まる
51)巷には雨ソドムには硫黄降る如くニュースが降るぞフェイクの
58)「オカルトとナチスが好きなゴスロリの愛国少女ですDM希望」
60)或る朝の目覚めの後の悲傷とて歌人十人処刑のニュース
60)それ以後は長く冷たい冬となり凍る日夜のこのカミノクニ

 藤原の眼差しが掬うこの国の近未来、その暗さにまさに暗澹とするばかりである。

 藤原のこの時代感覚の背景には歌人自身が過ごしてきたノスタルジックな昭和がある。

71)材木を切る職人の肌脱ぎの汗 唐獅子の彫り物綺麗
72)夕汐の香こそ鼻腔にせつなけれ深川平久町春の宵
76)五年後に東京五輪決定し幼きナショナリズム燃やしき

 藤原は昭和27年生まれ。戦後日本の復興とともに育った世代。国民全体が裕福ではなかったけれど、夢をもつことは自由だった。未来に待っているのはユートピアだと信じることができた、そんな時代の子どもたち。

 けれど、彼らを待っていたのはこの国の予想外の繁栄と、それに伴って豊かになりすぎた物質文明のもたらした荒廃した精神性。さらにはその豊かさすら風の前の塵に同じく、一瞬の光芒の後の長い長い不況にわれわれは疲弊しきっている。

 ディストピア。震災、台風、洪水、噴火、そして極め付きは疫病。次々に襲いかかってくるこの災禍を前に私たちはなす術なくたちすくんでいる。そんな民衆の中にあり、ひとり気を吐く藤原龍一郎。

122)国破れて山河あらざる沈黙の春夏秋冬、 傷・深き傷
126)ドリアンの腐臭ただよう午後なれば派兵、戦闘、苦戦、玉砕
126)花火咲く 銃火なき最後の夏となるべし、なるぞ
136)空気とも同調圧力とも言えどコールタールのごとき腐臭よ

 呪詛のような歌人の言葉は、平和は恒久的に続くと根拠なく考えているわれわれの背後で静かに現実化されつつある。

「覚醒せよ。」

 藤原のシュプレヒコールが胸を刺す。
 202X、それはまさしく今なのだ。


  たまきはるいのち祝ぐべし戴冠のディストピアに降るけふのさくらよ    
          *CORONAは王冠の意




Commented by minaminouozafk at 2020-03-31 20:15
タガが外れてしまっていることが露呈してゆくような現状。タイムリー過ぎて、胸がすくような、そら恐ろしいような思いで藤原さんの作品と早苗さんの評を読ませていただきました。E.
Commented by minaminouozafk at 2020-03-31 23:59
歌集『202X』のご紹介をありがとうございます。早苗さんの評に勉強させていただきます。
初出のことをいえば、ほんとうに、初出が分からないとなんとも言えないという場合がありますね~Cz.
Commented by minaminouozafk at 2020-04-02 07:53
同年代の私には作品のひとつひとつが「思考せよ」と、突き刺さってきます。ご紹介ありがとうございます。Y.
Commented by minaminouozafk at 2020-04-02 11:53
巻頭の作品群が2017年の作ということに驚くとともに、早苗さんの評に触れられているように、歌人には世の中を見通す予言の力があるのかもしれないと思う。「覚醒せよ」~気が引き締まる思いです。ご紹介ありがとうございました。Cs
Commented by minaminouozafk at 2020-04-02 14:33
藤原さんは鋭い感受性と洞察力で時代を予見されたのでしょうね。そういう力は持てませんが、流されないように生きていたいと思います。A
Commented by minaminouozafk at 2020-04-02 15:37
装丁からまず惹きつけられました。2017年の作品そしていま2020年。この世界は笑いながら終わるのでしょうか。大人不在の今…思っていることをスパッと一首に。ほんと清涼剤ですね。N.
Commented by sacfa2018 at 2020-04-02 19:48
表紙も内容もパンチ効いてますね。藤原さんは忌野清志郎信者だそうです。S.
by minaminouozafk | 2020-03-31 10:42 | 歌誌・歌集紹介 | Comments(7)