2020年 01月 08日
野案中、山案中 有川知津子
奥に見える二つの島は、奥のほうから、野案中、山案中である。
公式にはそれぞれ「島」がつき、「野案中島」、「山案中島」と表記されるが、ほとんど生まれたときから、のあんじゅ、やまあんじゅ、と呼んでいる。二島とも誰も住んでいない、つまり無人島である。
うちの8人乗りの小船には、母の名前がついている。子どもの頃は夏になるとこの船でよく沖へ出た。ときには、朝からこの無人島に運ばれて、夕方迎えがくるまで放っておかれたこともある。
岩場に上がって、釣りをしたり、蜷拾いをしたり、ときには空を見ていたりする。でもそれよりも海の中にいることのほうが多かった。海に閉じこもるのが好きだったのだ。腰に錘を巻いて海中を歩く――といっても実際には這うような格好になってしまう――と、目の前に次から次にいろんなものが現われた。
小学校三年生とき、一度だけタツノオトシゴが目の前に降りてきたことがある。それは2センチほどで孵化したばかりのように見えた。でも海中眼鏡をしていたから、実際はもっと小さかったかもしれない。あとにも先にも、これがいちばん長く見つめ合った海の生物である。
いつまでも目の前で揺れているだけで、逃げなかった。残念だけれどついには、私からその場を離れるしかなかった。タコともよく視線が合うなあと感じるが、彼等の場合、見つめ合っているようにみえてもそれは警戒心からでじりじりと後ずさりしている(ようだ)。
麦茶やお握りやタオルや着替えや日焼け止めやほかにもいろいろ、一応、命に必要なものは持たされたけれど、携帯電話のないときのことである。
二島でじっとうずくまって思案中のような、のあんじゅとやまあんじゅ。ちづりんの豊かな感性は、きっとこの環境の中で培われたのでしょうね。あー羨ましい。名前の由来も知りたいなぁ!E.