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『お砂糖とスパイスと爆発的な何か』〜フェミニスト批評の今   藤野早苗

 もっと早く出会いたかった一冊。
『お砂糖とスパイスと爆発的な何か』〜フェミニスト批評の今   藤野早苗_f0371014_03041180.jpg


 『お砂糖とスパイスと爆発的な何か』(書肆侃侃房)。

 作者はシェイクスピア、フェミニスト批評、舞台芸術史が専門の北村紗衣氏。北村氏は東京大学卒業後、キングス・カレッジ・ロンドンで博士号を取得し、現在は武蔵大学人文学部英語英米文化学科准教授という才媛。新進気鋭の学者である。

 現代は批評が難しい時代だ。多様性という観点は、物事の序列化や優劣の認定を困難にした。かつて小林秀雄が、あたかも神の視座から神託を下したかのような批評は今は望むべくもない。言いたいこと、言うべきことを胸に秘めつつ、時代の空気感を忖度し、自身が傷つくのを恐れ、口を噤んでしまう、それが今。

 そんな時代にあって、北村氏のこの一冊は実に小気味良い。セクシャリティに関わる問題、その周辺の普段は会話に上ることがないようなボキャブラリーを淡々と、ごく自然に学術用語のように使う北村氏の文章は平易でありながら、鋭く本質に切り込んでくる。

 たとえば、「1 自分の欲望を知ろう」、この章のタイトルだけでもかなりのインパクトだが、その中の「腐女子が読む『嵐が丘』」という見出しはこれだけでもおや? と興味を惹かれてしまう。「2 男らしさについて考えてみよう」の中の「キモくて金のないおっさんの文学論『二十日鼠と人間』と『ワーニャ伯父さん』」なども容赦なくて、思わず読みたいと思ってしまう。

 つまりはハードルが低いのだ。本書の副題は「不真面目な批評家によるフェミニスト批評入門」。入門書というにはしっかりフェミニズムについて考えさせられる内容なのだが、随所にパワーワードを放り込んだ語り口がユーモラスで、これが文芸批評であることを忘れさせてくれる。

 加えて、本書がというか、北村氏がこれまでのフェミニストと異なるのは、批評に明白な対立構造を持ち込まない点である。実名を挙げるのは遠慮させていただくけれど、従前のフェミニズムは、男性中心的な社会の中で作られたテクストに真っ向勝負を挑み、それに興味を示さない女性たちを糾弾するかのような気配を醸していた。この好戦的な空気感は、むしろ女性の反感を買った。男性中心的なテクストについて考える以前に、女性同士の中である種の対立構造を生んでしまった感がある。

 北村氏のスタンスは一貫して「フェミニスト批評っておもしろいでしょ?」という提言だ。実際、フェミニストという切り口から見えてくるアーティステックな世界は刺激的で面白い。批評というと途端に難しくなるけれど、「この眼前の出来事のどこを、私は面白いと思っているのだろう」と考えながら日々を過ごすのは楽しい。そしてそれこそが批評の本質だと思うのだ。

 『お砂糖とスパイスと爆発的な何か』とは随分変わったタイトルである。この由来について、北村氏はまえがきにこう書いている。


・タイトルは、イギリスの古い童謡「男の子って何でできてるの?」の歌詞からとったものです。この歌詞には「女の子って何でできてるの? お砂糖とスパイスとあらゆる素敵なもので」(What are little girl made of? Sugar and spice and everything nice.)という一節があるのですが、私はこの女の子が「ナイス」(nice、つまり「素敵」)なものでできているというのがどうも引っかかってイヤだなと思ったので、そこを変えました。私たちは別にナイスなものではできていないし、ナイスになる必要なんてないんだ、という意味をこめたタイトルです。


「あらゆる素敵なもの」から「爆発的な何か」へ。これこそ、最先端のフェミニスト批評家の面目躍如たるタイトルだと思う。


 採取のみに過ごしてたんぢやないらしい弓矢使へた縄文女性


*北村紗衣氏のもうひとつの顔は、ウィキペディアンの「さえぼー」さん。9月3日放送の「マツコの知らない世界〜ウィキペディアの世界」で案内人としてご出演されていました。ご覧になった方もいらっしゃるでしょう。
 そのさえぼーさんが先日9月29日(私たちがコスモス全国大会に参加していた時ですね)、六本木のスウェーデン大使館で行われたWikiGapというイベントでお話しされました。

 WikiGapとは、インターネット上のフリー百科事典ウィキペディアで女性による女性の記事を増やそうというイベント。ウィキペディアを運営するウィキメディアによると、日本版のウィキペディアでは女性の記事の割合は22.3%と、世界では14番目。しかし、さえぼーさんによると、日本ではアダルトビデオの女優や声優など、男性目線での女性に関する記事が多く、女性の芸術家や科学者の記事は少ないのだそう。その男女の格差「Gap」をうめようというのがWikiGapなのです。
(詳細はこちら↓)


 そのWikiGap、11月29日 金曜日に、ここ福岡で開催予定です。福岡にあるスウェーデン名誉領事館(西部技研社長・隈扶三郎名誉領事)のご協力を得て、スウェーデン大使館で開催されたイベントと同様の内容になる予定です。仕切りは大使館でもご活躍だったウィキペディアンの海獺さん。翌30日には福岡大学でウィキペディアイベントの講師を務められる方。
 まだ詳細は未定ですが、このイベントに興味をもっていただけると嬉しいです。
 九州の有力女性歌人で、まだウィキペディアに載ってない人ってけっこういますよね。
 そのあたり、気になってます。
 



Commented by minaminouozafk at 2019-10-08 19:17
お忙しいのに多方面にアンテナのばしてがんばっていて凄いです。
「女性同士の中での対立構造」は、与謝野晶子と平塚らいてうの議論を思い出します。ポリシーなき私でも楽しめそうな、興味深い一冊をありがとう。マツコは見ていないけど、朝日デジタルでのインタビュー記事も面白かったよ~E.
Commented by minaminouozafk at 2019-10-10 22:45
早苗さんの批評の切れのよさ!本質にずばりと迫る勢いに、読まされてしまいます。「あらゆる素敵なもの」が「爆発的な何か」へ。ああ、わかります。確かに女性は秘めていますね。ぜひ読んでみたい。来福されるのも楽しみですね。Cs
Commented by minaminouozafk at 2019-10-12 19:54
あら? このご文章には、もう書いたつもりでした。気のせいだったのかな。あらためて、早苗さん、ご紹介をありがとうございます。早苗さんアンテナのキャッチした一書、私もよんでみたくなりました。もう表紙からちがいますね。
11月29日のお知らせもありがとうございます。Cz.
by minaminouozafk | 2019-10-08 03:09 | Comments(3)