2019年 07月 03日
こんな夢を見た 有川知津子
海底に正坐をしていると、向こうからチョウチンアンコウがやってきた。トロ箱の中で見るよりもずっと立体的だ。彼女は、私の目の前で、くねっと体をS字状にねじって、手を伸ばせば届きそうなところにすとんと坐った。
その異様な尾ビレづかいに一瞬ひるんだけれど、海底の静寂を乱さないように、「ようやく梅雨に入りましたね」と挨拶をする。
彼女はそんな私のことばを流して、「僕はジンベエザメです」と言う。
ここは当然、「チョウチンアンコウにジンベエザメという名前は多いのですか」と聞く場面であろうから、もちろん私はそうした。
チョウチンアンコウのジンベエザメは、「いや、僕は、ジンベエザメですから、チョウチンアンコウ一族のことは存じておりません」と、ほぼこちらの予想したとおりのこたえを返してきた。ここはこれ以上深く立ち入らないがよかろう。
こんなことなら酸素ボンベをからってくればよかったと思う。
親の言いつけは守るものだ。
それにしても立派な疑似餌である。
図鑑に疑似餌と説明されているチョウチン部分が気になっているのを覚られないように、あらためて、「何かご用でしたか」と尋ねる。
(おお、光ってる。図鑑に書いてあったとおりだ。たしか、発光細菌を共生させているんだったな。)
上の括弧の言葉は、声には出さなかったのに、「発光細菌のせいじゃありませんよ」とやや角張った声音が海底にひびいた。
チョウチンアンコウのジンベエザメも、外に出てしまった自分の声におどろいたのだろう、ヒレで口もとを覆ったがもう遅かった。
私は、気にしないでも、という合図を送る。が、彼女は、まるで、村上春樹の初期の登場人物を思わせる首の振り方をして、「これはね、ブレーキランプなんですよ」と言って、かちりかちりかちかちかちと点滅させた。
ブレーキランプの点滅は、ひとひかり、ひとひかりごとに海底の闇をおしひろげては消えていった。
梅雨の夜は夢のつづきに降りやすしチョウチンアンコウのわれに会ふゆめ
ところで、梅雨どきは体調崩し易いけど、ちづりん大丈夫かな~。みなさんもお大事に。E.
ジンベイザメというチョウチンアンコウなのか、チョウチンアンコウは実はジンベイザメなのか、合理から遠くたゆたうよう楽しさ。ちづりん、ありがとう😊 S.