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こんな夢を見た     有川知津子

 

 海底に正坐をしていると、向こうからチョウチンアンコウがやってきた。トロ箱の中で見るよりもずっと立体的だ。彼女は、私の目の前で、くねっと体をS字状にねじって、手を伸ばせば届きそうなところにすとんと坐った。


 その異様な尾ビレづかいに一瞬ひるんだけれど、海底の静寂を乱さないように、「ようやく梅雨に入りましたね」と挨拶をする。


 彼女はそんな私のことばを流して、「僕はジンベエザメです」と言う。


 ここは当然、「チョウチンアンコウにジンベエザメという名前は多いのですか」と聞く場面であろうから、もちろん私はそうした。


 チョウチンアンコウのジンベエザメは、「いや、僕は、ジンベエザメですから、チョウチンアンコウ一族のことは存じておりません」と、ほぼこちらの予想したとおりのこたえを返してきた。ここはこれ以上深く立ち入らないがよかろう。


 こんなことなら酸素ボンベをからってくればよかったと思う。
 親の言いつけは守るものだ。


 それにしても立派な疑似餌である。


 図鑑に疑似餌と説明されているチョウチン部分が気になっているのを覚られないように、あらためて、「何かご用でしたか」と尋ねる。


(おお、光ってる。図鑑に書いてあったとおりだ。たしか、発光細菌を共生させているんだったな。)


 上の括弧の言葉は、声には出さなかったのに、「発光細菌のせいじゃありませんよ」とやや角張った声音が海底にひびいた。


 チョウチンアンコウのジンベエザメも、外に出てしまった自分の声におどろいたのだろう、ヒレで口もとを覆ったがもう遅かった。


 私は、気にしないでも、という合図を送る。が、彼女は、まるで、村上春樹の初期の登場人物を思わせる首の振り方をして、「これはね、ブレーキランプなんですよ」と言って、かちりかちりかちかちかちと点滅させた。


 ブレーキランプの点滅は、ひとひかり、ひとひかりごとに海底の闇をおしひろげては消えていった。




こんな夢を見た     有川知津子_f0371014_06455188.jpg


       

   梅雨の夜は夢のつづきに降りやすしチョウチンアンコウのわれに会ふゆめ



Commented by minaminouozafk at 2019-07-03 19:31
「からう」ああ、懐かしい長崎弁(博多も使う?)今週もすてきなお話をありがとう。
ところで、梅雨どきは体調崩し易いけど、ちづりん大丈夫かな~。みなさんもお大事に。E.
Commented by Cz. at 2019-07-03 22:18 x
からう、博多はどうでしょうか~。
英子さん、ありがとう。大丈夫でありまーす!
みなさまも大切に。
Commented by sacfa2018 at 2019-07-03 23:14
いい!この話、すごくいい!!
ジンベイザメというチョウチンアンコウなのか、チョウチンアンコウは実はジンベイザメなのか、合理から遠くたゆたうよう楽しさ。ちづりん、ありがとう😊 S.
Commented by minaminouozafk at 2019-07-04 05:48
「からう」、大分では「かるう」。博多弁や北九州、中津あたりの言葉が混在していたわが家では「からう」もありでした。こんな夢ならずっと目覚めずに見ていたい…。海の中なら梅雨も関係ないかなぁ?Y.
Commented by minaminouozafk at 2019-07-04 22:24
チョウチンアンコウのジンベエザメさん、どんな尾びれ遣いでお座りになったのでしょう。想像するが難しい。北九州出身の私もリュックなどは「からう」ものでした。不思議なお話をありがとう!🐡
Commented by minaminouozafk at 2019-07-04 22:54
「夢十夜」思い出しました。「こんな夢を見た」で始まる物語に心が躍ります。シュールで愛らしいお話、ありがとうございます。夢の話をぜひぜひまた~Cs
Commented by minaminouozafk at 2019-07-05 15:03
不思議な夢のおはなし。続きも気になります。チョウチンアンコウがブレーキランプのように点滅しながら消えていく。すてきな海の底の物語です。N.
by minaminouozafk | 2019-07-03 08:44 | Comments(7)