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釈迢空校訂版『桐の花』  有川知津子


大正2年の『桐の花』初版本(東雲堂書店)には、「ふさぎの虫」という散文小品が収められている。



しかし、白秋は、これを『桐の花』翻刻新版やアルス版全集では外した。岩波書店版『白秋全集』の「後記」(紅野敏郎)は、これに触れて、「白秋の強い意志でもって採り入れられなかった」と記す。松下夫人との恋愛事件の衝撃の大きさを物語るエピソードである。



「ふさぎの虫」は、未決監出獄後の心境を「ふさぎの虫」に託した乱調の随想である。白秋のうちに生じた深淵を覗きこむようで、そうたびたび読み返せるものではないように思う。痛ましいのだ。


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西郊書房より釈迢空校訂の『桐の花』が刊行されたのは、白秋歿後の昭和23年であった。校訂者として迢空が選ばれた背景には、遺族(妻)の強い希望があったという。



迢空は、『桐の花』については、初版本どおりの本を作るのがよいと考えていた。つまり、「ふさぎの虫」をもとのままに作るのが『桐の花』のためには最良と考えたのである。



けれども最終的に、この迢空校訂版『桐の花』に「ふさぎの虫」が収められることはなかった。迢空は、「『桐の花』追ひ書き」でその思いを次のように述べている。



  『桐の花』の成立の上に、重要な意義を持ってゐる「ふさぎの虫」は、一度すつかり

  版に組んで貰つた。初校をすまして後、しづかに考へたことは、北原家には、まだ

  直に、まどかに育つて行つてゐる若い人々がゐられる。その父御に対する美しい自

  と尊敬は、私ども想像を絶するものがあらう。其浄い心を、少しでも曇したくない。

  何年か後には、其等の魂も、凜たる弾力を持つて来るであらう。その時になれば、ま

  た誰か、私のした今度の為事のやうなことを、くり返す人が出て来るだらう。さう

  て、何の拘泥なく、「ふさぎの虫」を包容した『桐の花』を、世に出すであらう。

  う言ふ時を期待して、今はこれだけを抜いた本にして置かうと言ふ気になつた。

                  *引用は折口信夫全集(1997年)による




 私の迢空像は、おそらく多くをこの文章に負っている。



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      手をふれば手を振り返すひとがゐて博多の夜をまた歩き出す





Commented by minaminouozafk at 2019-06-12 19:37
鶏頭と剃刀がキーワードの随筆、以前、青空文庫で読みました。
悶絶するような狂気を孕んだ孤独な芸術家の姿。ちづりんが書かれるように、そうたびたび読み返せるものでありませんが、是非読むべきですよね。ちづりんの迢空像、今度聞かせてね。E.
Commented by sacfa2018 at 2019-06-13 13:59
これから育ちゆく白秋の子どもたちのことを思えば、ふさぎの虫は、桐の花に入れるべきではない、という迢空。芸術至上主義に見えて、その実、だれより人を大切にする人物像が垣間見えました。ありがとう、ちづりん。S.
Commented by minaminouozafk at 2019-06-14 00:45
手元の「桐の花」にはなかったので、青空文庫で読みました。資料としてより、北原家の子どもを思いやっての迢空の言葉が胸にしみます。「包容した」という言葉遣いにも迢空の心を感じました。ご紹介ありがとうございます。Cs
Commented by minaminouozafk at 2019-06-14 20:58
この記事で、あわてて白秋全集の「ふさぎの虫」を読みました。迢空の言葉から高野さんが以前に言われた、家族に嫌な思いをさせるような歌は歌集に入れないほうが良いというお言葉を思い出しました。いつも学ばせてもらってありがとうございます。 A
Commented by minaminouozafk at 2019-06-14 23:08
みなさんのコメントが私の分かりにくい文章の注釈のようです。ありがとうございます。Cz.
Commented by minaminouozafk at 2019-06-15 09:50
青空文庫で「ふさぎの虫」読みました。鶏頭の赤…ちゃんと解釈できていないと思いますが、不思議なエネルギーを感じました。迢空の思いも含めてすごい時代です。N.
by minaminouozafk | 2019-06-12 06:33 | Comments(6)