2019年 05月 20日
朝の蛍 百留ななみ
先日、音信川沿いの湯本温泉の旅館に泊まった。
ゴールデンウィーク終盤から初夏の陽射しの晴れの日が続いている。
あと10日ほどすると旅館から蛍狩りにご案内するのですが・・・とのご挨拶で残念ながら夕食のあとは天体観察。5月15日の月齢は10.6、上弦の月。令和はじめての満月まであと少し。北斗七星、うしかい座のアルクツゥールスを望遠鏡で。明るすぎる月はクレーターまでくっきり。
翌朝、音信川沿いを散歩。少し落ち着いてきた新緑。水の音が気持ちいい。ナズナにタンポポ、アザミも咲いている。あらあら葉っぱの上を虫が歩いている。ゆっくりと。あまり歩くのは上手くないようだ。黒い体に胸は赤。この触覚はもしかしたら蛍!!慌ててスマホで撮影。しばらく草の上をごそごそして飛び立って行った。朝の蛍?たしか短歌にあった。もどかしいまま帰途に。
ネットの写真で調べてみると、やっぱり蛍。1センチ以上はあったから、たぶんゲンジボタルだと思う。まだ地元の方がいないと言っていた蛍くん。それも朝の蛍くん。なんだか嬉しい邂逅。
たしか短歌は白秋か茂吉・・・と思って調べてみる。
草づたふ朝の蛍よみじかかるわれのいのちを死なしむなゆめ
『あらたま』斎藤茂吉
昼ながら幽かに光る蛍ひとつ孟宗の藪を出でて消えたり
『雀の卵』北原白秋
朝の蛍は斎藤茂吉の32歳のときの作品。朝の草の上の蛍。まさしく同じ光景。短い命の蛍に自分を重ねて、私の命をゆめゆめ死なせることのないように。なぜか自分は短命と思い込んでいた茂吉の祈りのようなものが謙虚にあらわれている。深いです。のちに自選歌集として『朝の蛍』を出している。『赤光』『あらたま』から茂吉の青年期の秀作、自信作を収録している。
昼の蛍は北原白秋の36歳のときの作品。蛍は薄暗い竹藪のせいか昼なのに幽かに光っている。幽玄な幻想的な一首。夜に群舞するのではなく、昼にひとつだけ飛ぶ蛍。かすかな光も竹藪を出るとわからなくなった。白秋も蛍ひとつに自分を重ねていたのだろうか。
万葉集のころから蛍は光を放つ夜のすがたを詠まれてきた。偶然出会った朝の蛍。朝の陽射しの草の上をよちよち歩く様はなんとも可愛かった。なんだかちょっと恥ずかしそうで。たぶんほとんどの人は蛍と気がつかないだろう。蜆蝶がやってきた。
草つたふ赤き胸もつ甲虫は音信川の朝の蛍よ
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