2019年 05月 19日
江﨑昌子歌集『橋の裏側』紹介 大西晶子
江﨑昌子さんから歌集を頂いた。江﨑さんは私たちと同じコスモスの会員で既に二冊の歌集を出されていて「橋の裏側」は第三歌集になる。毎年柳川で催される白秋祭の歌会に行くと、受付でにこやかに迎えて下さる方だ。数年前にはコスモス福岡支部歌会にも参加されていた。コスモスで歌を詠み続けられ欠詠なく52年出詠されてきた私たちの大先輩だ。
江﨑さんの歌には特徴がある。
先ずできごとではなく物を詠んだ歌が多い。
確実に充ちゆくものの力もて葉陰に椿の珠美うつくし
ちちのみの父の太声伝へくる闇の中なる黒き電話機
三尺の扁平(うすら)しろがね太刀魚の躰横たはる氷の上に
風吹けば楠の葉に鳴る風音のここより道は下りとなれり
ここよりは落つるほかなくがうがうと滝になりつつ落ちてゆく水
またリフレインが多い。
石段の五段のあれば幼子は五段に遊ぶ登りて降りて
当たり前のつづきのけふの当たり前しらしらとして夜の明けゆく
河馬であることの臭ひのひしひしと河馬がゆつくり歩みてきたり
白き石白く濡らして黒き石黒く濡らして雨の降りつぐ
人間が人間らしくあることの二足歩行の老いてあやふし
声に出して読むとリズム感があり、心地良い。
先週末に大松達知さんを迎えて催したコスモス福岡支部の講師出前歌会での大松さんの仰った、「一首のなかに意味を減らすと良い」、「リフレインを使うとリズムができて韻律が良くなる」とまさしく一致した詠み方だった。
江﨑さんの歌には批評性のあるものも多い。
被爆とふ語がひつそりと字引の中に座りてゐたり
携帯電話(ケータイ)を持つ人増えて待つといふ思ひいつしか淡くなりゆく
象形の文字(もんじ)「女」と形成の文字「男」との違ひを思ふ
女運わろきをのこの考へし姦(わろ)しといふ字か見てゐて思ふ
核ボタンのブラックボックスを霊長類ヒトは提げゆくネクタイ締めて
朽ちること許されぬものしろじろとポリスチレンは海を漂ふ
この批評性の基には〈われらとぞひとつ括りにスクラムをくみたることのあはれ遠き日〉とある、たぶん60年安保闘争の体験があるのだろうと憶測する。
批評性と同時に物をとらえる眼の力にも独特のものがある。
濡れてゐる路面と濡れてゐぬ路面時雨のゆきし後に残れり
電燈の紐と火災報知器の紐と二本が垂れて夜なり
部屋の上に部屋が重なりその上に部屋が重なりマンション立てり
嗚呼!と思う。
ところであとがきを読んで衝撃を受けた。
「癌」です。いきなりの宣言。そういうことかと妙になっとくしている自分がいま
した。
それでこの歌集の上梓を思ったとある。この歌集にまとめられた歌が詠まれた期間には妹さん、ご主人が亡くなられている。さらにこの癌宣告、どんなにお辛かったことか。しかし江﨑さんはそんな体験を辛い、寂しいなどと言う言葉をつかわず詠まれている。
白骨(しらほね)の熱きを拾へり妹の一生(ひとよ)を畢へし熱き白骨
自らに決断をして自らに襁褓をせんと夫言ひ出でき
夜が来て朝が来てまた夜が来て命熄みたり夫の命が
ケイタイの待ち受け画面に一文字に口を閉ざして亡き夫がゐる
このような歌を読むとき江﨑さんは本当に強い人なのだと思う。
〈わたくしの賞味期限は過ぎたれど消費期限はまだまだ、まだです〉この歌のとおり、癌から快癒され、まだまだたくさんの個性的な歌を読ませていただきたいと心から願っている。江﨑さんにエールをお送りする。
ものごとの本質捉へるまなこ欲しいつもはづしてばかりのわれは
カテゴリー分けをお願いしま~す。E.