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祈り 3.11  ちいさなおはなし会  藤野早苗

 

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左から
宮園智子さん、内海宜子さん、寺田蝶美さん


「祈り 3.11 釜石を応援するちいさなおはなし会」@木香庵(中央区谷1-12-36)にお邪魔した。この会を毎年主催されているのは、釜石出身の語り部また古楽器奏者でもある宮園智子さん。先週金曜日、街ライブラリーが充実している「コミュニティスポット長尾わくわく」さんにお邪魔した折にお会いした。その時リュートを持ってきていらした宮園さん。古楽器に関するお話を伺っているうちに、共通の友人がたくさんいることがわかり、今回のおはなし会にお誘いいただいたのだった。


 午前中の所用が長引き、開始時間には遅れてしまったが、14時46分の黙祷には間に合った。ああ、もう八年になるのだなあ。瞼の裏の闇が濃い。長い長い一分間。今、日本中が被災地に祈りを捧げている。


 黙祷の後、休憩を挟んで第二部が始まった。参加者全員で「花は咲く」を合唱。会場が温まってきたところで、いよいよ、宮沢賢治ワールドの始まりである。まず登場したのは、寺田蝶美さん。美貌の筑前琵琶演奏家。演目「原体剣舞連」は宮沢賢治の『春と修羅』の中の一篇であるが、これを筑前琵琶で演奏してほしいと言ってきたのは、蝶美さんの生徒さんだったという。その生徒さん、熱烈な賢治ファンなのだろう。琵琶とこの詩のコラボを思いつくなんてセンスがいい。実際、蝶美さんが琵琶をかき抱き、構えた撥を振り下ろすともうそこは異空間。


dah-dah-dah-dah-dah-sko-dah-dah

こよひ異装(いさう)のげん月のした

鶏(とり)の黒尾を頭巾(づきん)にかざり

片刃(かたば)の太刀をひらめかす

原体(はらたい)村の舞手(おどりて)たちよ  『原体剣舞連』


 冒頭の「dah-dah-……」の余韻がまるでやませのように耳の奥で鳴り響く。地鳴りのような琵琶の音とびんと張った蝶美さんの声は、賢治の詩の強靭な北の抒情を十二分に表現していた。筑前琵琶の音色だからこそ表現しえた賢治ワールド、機会があればぜひもう一度聞きたいと思う。

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「鹿踊り」の絵。


 そして、語り部宮園智子さんの登場である。演目は「鹿踊りのはじまり」。膝を傷めた嘉十が湯治のために山の湯を目指していく途上、落としてしまった手拭いをめぐる六頭の鹿たちの様子が賢治の趣向を凝らした筆致で描かれた佳作である。筋書だけを言ってしまえばあっさりした物語なのだが、なんといっても語り口がいい。釜石出身の宮園さんがネイティブの気息で語りかけてくれる。時折意味がわからない語彙が混じっているのもいい。その時にはわからなくても、何度か聞いているうちに文脈で通じるようになる。ああ、たしか昔々、こうやって言葉を覚えたんだったなあと、はるかな記憶が甦ってくるのも楽しかった。


 賢治の物語には予定調和がない。あるのは自然界の法則だ。「鹿踊りのはじまり」の最後は、踊っている六頭の鹿の前に、つい飛び出してしまった嘉十に驚いて鹿たちは逃げ去ってしまい、そこに残されたのは汚れて破れた嘉十の手拭いだけだった、というものだ。ひょっとしたら、ここで嘉十は鹿たちとともに楽しく踊ってもよかったのかもしれない。でも賢治は決してそうはしない。そこには人間が立ち入ってはいけない領域がある。賢治はその法則に忠実なのだ。


 鹿はおどろいて一度に竿のやうに立ちあがり、それからはやてに吹かれた木の葉のやうに、からだを斜めにして逃げ出しました。銀のすすきの波をわけ、かがやく夕陽の流れをみだしてはるかにはるかに逃げて行き、そのとほつたあとのすすきは静かな湖の水脈のやうにいつまでもぎらぎらと光つて居りました。

 そこで嘉十はちょつとにが笑ひをしながら、泥のついて穴のあいた手拭をひろつてじぶんもまた西の方へ歩きはじめたのです。

 それから、さうさう、苔の野原の夕風の中で、わたくしはこのはなしをすきとほつた秋の風から聞いたのです。『鹿踊りのはじまり』



 美しい。しかし、語り部宮園さんが語る物語はもっと美しかった。文字に起こすのは難しいが、「しか」は「すぅいかぁ」、「こけ」は「こぉげぇ」、北の言葉の微妙なニュアンスが結界を作り出す。その世界の中で嘉十も鹿もその命をいっぱいに生きているのだった。


 東日本大震災。八年が過ぎた今、ようやく釜石では最後の復興住宅が完成し、旧JR山田線が三陸鉄道として釜石、宮古間の復旧が成った。この秋にはラグビーワールドカップも開催される。しかし一方ではまだまだ思うような復興の叶わない地域があることも事実である。あの日を忘れてしまいそうな自分が怖い。「祈り 3.11」、来年また。


   黄の花は春のさきがけまんず咲くマンサク細き花弁がおどる

 

祈り 3.11  ちいさなおはなし会  藤野早苗_f0371014_02525927.jpg


Commented by minaminouozafk at 2019-03-12 19:15
特集番組を見ると、まだまだどころかますます取り残される方達も多く、デブリ除去問題も大きくのしかかる……日頃からアンテナをしっかり張っていなければと反省の数日でした。

素敵な会でしたね。あぁ、私も柏崎さん以来の北の言葉に触れたかったなぁ。賢治のお話ならばなおさらです。E.
Commented by minaminouozafk at 2019-03-12 23:30
よい会だったことがよく分かります。ぜひ聴いてみたい。笑顔はいいですね。応援させてください。ありがとうございます。Cz.
Commented by minaminouozafk at 2019-03-13 21:34
宮沢賢治を岩手県のなまりで聞くとどんなふうになるのでしょうか、聴いてみたいです。柏崎驍二さんのやわらかななまりのある口調を思い出しました。A
Commented by minaminouozafk at 2019-03-14 09:32
北の言葉での宮沢賢治の春と修羅。琵琶の音と共にこころに響いてきます。目の前での演奏は本当にすばらしいでしょう。忘れてはならない大切なものですね。N.
Commented by minaminouozafk at 2019-03-14 11:38
筑前琵琶と宮沢賢治の作品とのコラボレーション、北と南の意外な組み合わせですね。それがピタッとはまった時の高揚感を思いました。Y.
Commented by minaminouozafk at 2019-03-14 21:13
「ちいさなお話会」、ずっと続けておられると知りました。祈りですね。琵琶の音に載った宮沢賢治のことばに心ひかれます。ご紹介ありがとうございます。Cs
Commented by sacfa2018 at 2019-03-19 09:15
コメント入れずにすみません。大人になって聴く賢治、素晴らしかった。鑑賞力、まだまだ養わないと、です。S.
by minaminouozafk | 2019-03-12 03:00 | Comments(7)