2019年 01月 18日
「象徴のうた」から 大野英子
昨日、千登世さんが、新聞の連載コラムについて書かれていた。
偶然だが、わたしもーー
西日本新聞連載で42回となった「歌人・永田和宏氏 天皇を語る」〈象徴のうた-平成という時代-〉は、多くの自然災害に見舞われた平成の出来事に沿いながらその時々に詠まれた天皇、皇后の御歌を中心に、国民に寄り添われる〈象徴〉としてのお姿や、お二人の信頼関係を綴られている。
平成という時代を振り返る思いで、お人柄が滲む天皇、皇后の作品も毎回楽しみに読んできたのだが、新年の記事の一文に立ち止まった。
「歌に詠まれた時間は、他の時間とは違う、掛けがえのない記憶 として定着されるものである。歌を作る意味の一つはそこにある」
美智子さまが、ご成婚50年の記者会見で結婚してよかったと思った瞬間について小さな思い出を語られ、その当時に詠まれた作品に対してのコメントである。
仰(あふ)ぎつつ花えらみゐし辛夷の木の枝さがりきぬ君に持たれて
(昭和48年)
嬉しかった小さな思い出の瞬間の、説明をしなくても伝わってくる作品だと思う。
この作品に対し「歌に詠まれたからこそ、そんな小さな記憶が色褪せることなく三十数年間を美智子さまの心に生き続けたのだろう」から先に挙げた言葉が続く。
本当にその通りだと思う。わたくしごとで申し訳ないが、両親を介護していた頃の作品をしばらく読むことができなかった。
最近ようやく落ち着いて読み返しているが、辛いことばかりではない、忘れていた小さな出来事が蘇って来る。そして新たに上書きされ、明るく生きて行けそうな気がする。
また、読者としても追体験出来るような佳い作品と出会う喜びもある。
さて、やがて平成も永田氏の連載も終り一冊の本になるだろうう。もしかして見落としていたものもあるかも。その時もう一度じっくりと読み直したい。
それぞれの過去を灯してあたたかな歌ありそつと付箋をはさむ