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舟越保武  鈴木千登世

去年の夏、仕事で仙台を訪れた時に泊まったホテルで、美しいブロンズの彫刻を見た。

清楚で静謐な少女の像の作者は舟越保武。長崎の26殉教者記念像の作者である。

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舟越との出会いは高校生の時の新聞の連載小説。毎日新聞に連載された井上靖の『流砂』の挿絵だった。考古学者とピアニストの恋の話とともに日々添えられる挿絵が美しく印象的で、毎朝新聞を捲るのが楽しみだった。今になってなぜスクラップしておかなかったのかと悔やんでいる。


舟越は文筆の方にもその才能を発揮して、エッセイにも定評がある。『巨岩と花びら』『石の音、石の影』という画文集を出版していて、『巨岩と花びら』は日本エッセイストクラブ賞を受賞している。幼い息子の死を描いた「水仙の花」(『石の音、石の影』所収)は高校の教科書にも載せられていた。


『巨岩と花びら』に「一枚の葉」という作品がある。15歳の夏の終わりに簗川の橋のところで見た一枚の葉にまつわる話である。

      

このとき私は、眼の前のこの一枚の葉を生涯忘れまいと、なぜか心に誓った。たった一枚の葉を心に焼きつけておこうと決心した。~中略~
 私が大人になり、老人になってからも決して忘れまい。いま眼の前にあるこの一枚の葉を、色も形も、葉脈に当たっている夕陽の陰影も、このまま私の中に焼き付けておこう。   「一枚の葉」


川岸で目にした一枚の葉を凝視する行為やその心が強く印象に残って、ちょうどそのころ保育園に娘と息子を預けていた私は、この文章に刺激されて、二人の姿を見つめたことがあった。紺のチェックのワンピースを着た娘とまだおむつのとれない息子が手をつないで、真っ直ぐ園舎に歩いていく。いつもの光景。振り向くこともせず、それが当然だからというように部屋の中に入っていった。20年以上経っても、そのときの二人の背中が目に浮かぶ。


ホテルで舟越の彫刻を見たときに、幼い娘と息子の背中を思い出した。


手をつなぎ園に入りゆく二人子のちひさき決意秘めたる背中












Commented by minaminouozafk at 2018-11-15 19:13
とても良いお話に少しうるっとしました。何年か前に船越保武の26殉教者記念像(正式名称を初めて知った!)を見に二十六聖人記念館を一人で訪ねました。子供のころは何度も見ていたけど悲しみを湛えた瞳が忘れられませんでした。時々思い出してはまた訪ねたくなります。E.
Commented by minaminouozafk at 2018-11-15 21:34
画像を見て舟越~と思ったら、やはりそうでした。ちとせさんの心に焼き付けられたお子たちの姿、まぶしく想像しています。Cz.
Commented by sacfa2018 at 2018-11-15 21:36
一体のブロンズ像から次々に紡ぎ出される心象風景。巧みです。
お子様の小さな背中、切ないです。S.
Commented by minaminouozafk at 2018-11-16 07:45
私の中の大切な「一枚の葉」はなんだろうかと、思いを巡らせました。お子さまたちを見つめるちとせさんの姿が浮かびます。Y.
Commented by minaminouozafk at 2018-11-16 10:19
心に焼きつけておきたい一瞬がお子様たちの小さな背中、これを読まれるお子様の胸にきっと小さな灯が残ることでしょう。A
Commented by minaminouozafk at 2018-11-16 10:38
写真よりも心のレンズの方がずっと鮮明です。たいせつなお子さんたちの後姿ですね。私の一枚…舞い落ちる桜紅葉を眺めながら考えました。N.
Commented by minaminouozafk at 2018-11-17 06:55
仙台のホテルで間近に見ることができて大感激でした。市内の時計店にもデッサンがあって、そのお店の前を通る度に、のぞいています。エッセイでは画家ならではの目を強く感じました。短歌の作者には絵心のある人が多いような気がしてます。Cs
by minaminouozafk | 2018-11-15 06:00 | Comments(7)