わが師は蝶なるや  百留ななみ




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平成29613日ですからちょうど1年ちょっと前のことです。

走り書きのメモの作者は逝去されたばかりの作家の古川薫氏。佇む妻は私の師の森重香代子氏。

名誉館長をされていた田中絹代ぶんか館で108日まで、展示されている。



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すぐに思い出したのは森重香代子氏の『二生』。その中の〈二生のごとく〉の巻頭のはなやかな相聞歌。

ロマンチックで官能的な忘れられない一首。

きみは猫や蝶に()る夢を見るや 闇に声する春のあけぼの



『二生』の蝶の歌で心に沁みついている作品を二首


山に棲む蝶が側溝の水吸へるいのちせまりしもののごとくに

ダリの絵の女の肌に(やす)みゐし蝶あらはれて秋の径往く


師の家は急な坂道の上にある。海峡を望む開放的な住居はみずから山人と詠う作者には明るすぎるほどだったのだろう。山に棲む蝶は作者自身。作家の妻としての環境の変化に困惑しつつ清新な決意があらわれている。

シュルレアリスムのダリの絵の女の肌からあらわれた蝶。色鮮やかな不思議な蝶はやはり作者に重なる。



コスモス20172月号の巻頭作品

クラシック蝶  森重香代子

秋の陽に塗れながらに石の径われをみちびく浅黄斑(あさぎま)(だら)

翅のいろ灰青色また濃褐色アサギマダラはクラシック蝶

あやしくも息衝き翅を閉ぢひらきしきり蜜吸ふアサギマダラは

尖塔の冥くひしめく中世の空に浮かばば()しからむ蝶

甃石にもつるる翳もきはやかに蝶二頭ゐる夫の病む庭



浅黄斑蝶に導かれゆくのは、まさに中世のヨーロッパの庭に迷い込んだような美しいクラシックな光景。

美しく見える蝶も生きるために懸命に蜜を吸う。生の厳しさ。師の姿にかさなる。

その中の翳きわやかな二頭の蝶はご夫妻であろう。


冒頭の古川薫氏の〈廃園に佇む妻の袖に蝶〉は春の病院の庭の蝶に、二人でながめた秋の浅黄斑蝶を思い出しての返歌かもしれない。古川薫氏にとって蝶はイコール妻であったのだろう。


うっとりする静謐な美しさ、凛とした芯の強さは作家古川薫氏にとって良き伴侶であった。それが垣間見える心に響くノートへの走り書き。


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短歌との出会いは森重香代子氏との邂逅である。これからもしっかり蝶なる師の後ろをついていきたい。



てふてふのすくなき春はくまぜみのちからなく啼く炎夏となりぬ








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Commented by sacfa2018 at 2018-07-16 18:06
泣いてしまいました。廃園の蝶の句も、夏薔薇の句も、それに添えられた言葉も信頼に満ちていますね。古川先生、森重先生の邂逅の奇跡を思います。
S.
Commented by minaminouozafk at 2018-07-16 22:01
晩節、という言葉のひびきを、こんなにかぐわしく聞いたのははじめてです。ありがとうございます。Cz.
Commented by minaminouozafk at 2018-07-17 05:05
夏薔薇の句に添えられた言葉が胸にしみます。作家の妻としての森重先生のご献身を思いました。蝶の歌のご紹介ありがとうございます。特別展に足を運びたいと思います。Cs
Commented by minaminouozafk at 2018-07-17 08:47
お二人の信頼と愛の深さが伝わります。
めぐりあいを大切に生きたいと思いました。E.
Commented by minaminouozafk at 2018-07-17 09:38
邂逅の歓喜あるところに人生の幸福がある。大好きな亀井勝一郎の言葉です。朝からめちゃくちゃ暑いですが無理せず乗り切りましょう。 N.
Commented by minaminouozafk at 2018-07-17 10:37
森重先生の蝶の歌のご紹介ありがとうございます。夏薔薇の句にこめられた古川氏の想いと、添え書きに胸を打たれました。A
Commented by minaminouozafk at 2018-07-17 11:54
お目にかかったことはありませんが、本当に蝶のような方なのですね。信頼と絆の強さがすべてにみちみちていて、感動しました。Y.
by minaminouozafk | 2018-07-16 06:37 | Comments(7)