合同出版記念会の私的断章  有川知津子

 6月3日(日)、アルカディア市ヶ谷において、「コスモス会員著書合同出版記念会」が開催された。


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 今回、対象となった歌集歌書は、八冊。式次第によると次のとおり。


批評・紹介者(敬称略)

1 前田茅意子著 歌集 『いづこも桜』    矢沢 靖江

2 中村千代子著 歌集 『花にまぎれて』   黒岡美江子

3 楯明 香江著 歌集 『風切る一羽』    加藤 勝久

4 丹波 真人著 歌集 『朝涼』       能勢 玉枝

5 山口 昭子著 歌集 『昭和挽歌』     福島 壺春

6 木畑 紀子著 著書 『戦後の歌集を読む』 小田部雅子

7 高野 公彦著 著書 『北原白秋の百首』  斉藤  梢

8 福士 りか著 歌集 『サント・ネージュ』 原賀 瓔子


 この記念会に、私は、祖母・前田茅意子の代理として出席することを決めていた。三年前に亡くした祖母に代わって、祖母の歌集を読み評者として登壇される方のその言葉をじかに聴き、細胞の一つ一つに記憶しておきたいと強く思ったのである。そうであるから、私のつもりとしては、会場のすみっこでひそかに拝聴し、感謝の気持ちを置いて帰ってこよう、そんな気持ちであったのだ。


 ところが、受付で、舞台側の著者席にすすむように促され、本来なら祖母が座るべきところに……こんな晴れがましい席に……と、ただただ恐縮しつつ感謝しつつ身を収めることになる


 祖母の歌集評をつとめられたのは、今年のコスモス随筆賞受賞の矢沢靖江さん。矢沢さんは次のような歌を引きながら、祖母の生活の地である島の風土、祖母の抱える〈時間〉に注目し、「相手への敬意」「みずからの矜持」という言葉を用いて祖母の歌を読み解かれた。


   前田茅意子歌集『いづこも桜』より。

 寝そびれて小説読めりたつぷりとわれに〈晩年時間〉のありて

 ながれ藻に寄る小ざかなをおもふかな霙降る日は海も寒かろ

 一年に一度のくぢらどん祭り飛魚(あご)撒き饂飩節(ふし)まき、魚摑み取り

 ありがたし島の田舎に暮らす身は一歩出づればいづこも桜

 日に幾度われを見舞ひに来る娘母の顔してわれは待つなり


 矢沢さんの、おっとりした口調ながら歌の言葉から入ってゆく芯の強い評が展開されていくさまを、その場に居合わせて聴くことのできた私はなんと恵まれているのであろう。何に感謝したら私は感謝したことになったのであろうか。こう思うことは、そのときも今も変わらない。



 会場で配られた資料には、各評者によって選ばれた歌が記されている。その中から三首ずつご紹介したい。


   中村千代子歌集『花にまぎれて』より。

 チャイム鳴り出づる夜更けのドアの外表情固く警官が立つ

 満開のさくらをあまた撮りし子は逝きてしまへり花にまぎれて

 西行の歌読みやすしと子は言ひて歌への扉少し開くも

 *三首目に「子」と詠まれたご子息は、この日、中村さんに寄り添われていた。


   楯明香江歌集『風切る一羽』より。

 鉤となり翔びゆく雁の先頭に風切る一羽いさぎよきかな

 すきだつた方程式が微分積分となりし頃よりもの想ひそむ

 歌麿はためらひのなき一筆にゑがけりをみなの足指そるを


   丹波真人歌集『朝涼』より。

 みんみんの声に分け入るひとすぢのすずしき水脈(みを)のごときかなかな

 逝きしあと雨は四日を降りつづき母は死しても雨をんななる

 七十をこえたるわれの夢のなか()づるをみなは裸身にあらず


   山口昭子歌集『昭和挽歌』より。

 釦彫る夢想の時間窓の外を桜花びらきらめきて降る

 蛤のつぶやく如き泡すくひ生まざれば寂し雛の節句に

 わたくしに胸をさすらせひとときの幸置きゆけり臨終に夫は


   木畑紀子著『戦後の歌集を読む』より。

 わが来たる浜の離宮のひろき池に()(てう)のうごく冬のゆふぐれ(佐藤佐太郎)

 しづかなる()(あい)のごとくわが(かど)の星の明りに向日葵(ひまはり)立てり(宮柊二)

 自らを語り得る者は(さいはひ)なりおそらくはいくらかの誇張をまじへ(葛原繁)

 *資料にあがる四首中の三首。小田部さんは同著で扱われた歌集の必然性をも強調された。


   高野公彦著『北原白秋の百首』より。

 君かへす朝の舗石(しきいし)さくさくと雪よ林檎の香のごとくふれ

 水うちて赤き火星を待つ夜さや父は大き椅子に子は小さき椅子に

 雪柳花ちりそめて吸呑(すひのみ)の蔽ひのガーゼ(ひだ)ふえにけり

 *資料にはあがっていなかったけれど、斉藤さんが具体例を示された三首。


   福士りか歌集『サント・ネージュ』より。

 さ乱れてきしりきしりと声をあぐ麻酔さめたる夜の黒髪

 抱擁をするに時あり抱擁を解くに時あり 鳥雲に入る

 雪びさしある信号機月の夜は半跏拾思惟像の面差しに似る


        ☆  ☆  ☆


 批評・紹介の部の終了後、特別企画として、

鼎談「今回の歌集について」

イベント「みんなで作る面白短歌」

が催された。鼎談の登壇者は、桑原正紀、松尾祥子、大西淳子の御三方。資料掲載歌の中から、一首を選び、みどころ、読みどころを語られた。「面白短歌」は、五人一組となって一句ずつを担当するという趣向。この結果は、「コスモス」本誌をお楽しみに!



 今回、余裕がなくて会場の写真がない。まったくもって面目ナイ。

 実は、ワケあって最近マスク標準装備の生活をしている。そんな私のマスクに(未使用のマスクである)、こんな(ステキな!)絵を描いてくださった方があった。


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                《上比呂美画伯作


 イベントは、もちろんこのマスクをつけて参加。装着している私自身には見えないものだから、いつの間にか、笑顔マスクをつけていることを忘れてしまう。みなさんが、私をみてにこにこしてくださるので、ああ、そうだった(つけていたんだ)と思い出す。そんなことの繰り返しで、ずいぶん楽しい時間を過ごさせていただいた。


 さて、残念ながら私の持ち時間はここまで。空港へ向かう時間。別れ際に、マスクマスクと、声をかけてくれた人がなかったら、きっとそのまま飛行機に乗っていた、かな。


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             《後五時を過ぎた市ヶ谷の空


       百ほどの鳩放たるるけはひして振り向けば青し市ヶ谷の空




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Commented by minaminouozafk at 2018-06-06 20:38
ちづりん、お帰りなさい。出版記念会のレポート有難うございます。笑顔マスクをかけたちづりんをちょっと見たかった、楽しい会で良かったですね。コスモス本誌で「みんなで作る面白短歌」などをよむのが楽しみです。A
Commented by minaminouozafk at 2018-06-06 22:44
ちづりん、お疲れさまでした。楽しめて良かった~。
淳子さんも活躍されいてて、博多の姉としては嬉しい報告でした。
本当に、市ヶ谷から飛び立ってゆく歌人達が見えるようです。E.
Commented by sacfa2018 at 2018-06-07 00:13
ちづりん、おかえり〜。素晴らしい会でしたね。ちづりんの丁寧な描写に、会の充実が感じられました。マスク、最高。比呂美さんにはいつも楽しませていただきますね。S.
Commented by minaminouozafk at 2018-06-07 06:01
ちづりん、お帰りなさい。出版記念会と可愛い笑顔マスクで少し元気になったのではと思いました。素晴らしい会だったのですね。Y.
Commented by minaminouozafk at 2018-06-07 06:05
比呂美さんの笑顔のマスクのお話、ちづさんの付けている姿を想像してほんわりしました。出版記念会の雰囲気も伝わってきました。忙しい毎日に元気をもらいました。Cs
Commented by minaminouozafk at 2018-06-07 11:30
ありがとうございます。批評会の様子がリアルに伝わってきました。可愛いマスク姿のちづりんさんを思いながら楽しく読ませていただきました。 N.
Commented by minaminouozafk at 2018-06-08 22:45
ありがとうございます。Cz.
by minaminouozafk | 2018-06-06 07:34 | Comments(7)