福士りか歌集『Sainte Neige』評  藤野早苗

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『Sainte Neige』(青磁社)
栞紐はプラチナブルー。
北の空のような、水のような。

福士りかの5冊目の歌集『Sainte Neige』(サント・ネージュ)を読んだ。



1986年コスモス入会。

20代前半から短歌に関わり、以来、歌人と国語教師、娘で孫で伯母で、という忙しいながらも豊かな日々を送ってきた。本歌集にも、こうした暮らしの端緒が詠まれ、ますます加速するりかさん(こう呼ばせて下さい。「福士の……」とか、無理)の生の充実が感じられた。

この点については、先日届いた「コスモス」6月号の、水上芙季氏の歌集評「プラチナの光」をご参照いただきたい。

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北国に棲む人間にしか描けない雪の表情のこまやかさに注目した優れた批評である。先行する芙季さんの論に、書くべきことはもう書かれてしまってはいるのだが、かれこれ20年にも及ぶ友人として、本歌集に鏤められた秘密の一端を繙き、記すことを容赦願いたい。


「相聞の福士」が通り名であった。りかさんは津軽の人。170センチ近い長身で、大陸的なスケールの美人である。20代、30代を詠んだ『朱夏』、30代後半から40代の『フェザースノー』には表現の質の違いはあれど、多くの相聞歌が並び、その容貌と相俟って、衆目を集めた。40代半ばを過ぎて刊行された『りの系譜』では物語に仮託する形で相聞が詠まれ、方向性の新しさに注目した。では、本歌集『Sainte Neige』における相聞歌事情はどうなっているのだろうか。もうりかさんは恋をしていないのだろうか?いや、そんなはずはない。歌集の装幀の新雪のような手触りを楽しみながら、幾たびも読み返す。すると、やはり……。


・若草をそよがすほどの風が立つひとつの影が身を分かつ時

・忘れゐきわれが楽器であることを露を宿せる草であることを

・水底より引き上げられしたましひの出会ふひかりを恍惚とよぶ


49頁掲載の3首。1首目は帯にも掲載されている。甘やかで、でもさびしい印象の歌。単体で鑑賞すればそうなのだが、続く1首を得て、見える景は一変する。もうみなまでは言わない。「忘れゐき……」、この1首はまさに「相聞の福士」の面目躍如たる秀歌である。結句の字余りが言い足りないこころの余韻を表す。そしてその余韻は3首目の「恍惚」へと導かれてゆくのである。


本歌集随所にひそやかに置かれている相聞歌。それを探しつつ読みすすむのも面白い。それが本当に相聞なのかどうか、作者に尋ねたりするのは野暮である。恋は「孤悲」。ひとり静かに思うものなのだ。


相聞歌の難しさは、その「賞味期限」にある。恋は若者のもの、という観念はいまだ、いかんともしがたい。歌の巧拙より以前に、素材の吟味をされてしまう。40代以降のりかさんは、実はずっとこのジレンマと格闘していたのだと思う。年齢を重ねるうちに、激流のような恋情は徐々に清冽な伏流水となって作品の底を流れているのがわかる。聖なる水の循環。


・氷点下十三度の朝プラチナのひかりをまとふ(サン)なる(ト・)(ネージュ)


掉尾の、そして歌集名の由来でもある1首。『Sainte Neige』は表現された世界の輪郭をなぞって読むだけではその妙味を味わい尽くせない。その輪郭の背後に躍るひかりの粒や、静かに拡散する音の気配を楽しんでほしい。多分そこに、今のりかさんの相聞がある。



   永遠の半身として北に棲むうたびと思ふその生思ふ



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りかさん、ごめん。初対面のときの写真を掲載しました。
平成10年初夏。浦安の全国大会。私のお腹には8カ月の娘がいました。
懐かしい。


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Commented by minaminouozafk at 2018-05-22 21:45
今回の歌集は相聞色を消しているなぁ、というイメージでしたが、やはり隠し切れないものを明らかにした早苗さん。
みなさま、隠された相聞、そしてりかさんの思いを、じっくり鑑賞いたしましょう。
20年前のお肌つやつやのお二人、眩しい~。いえ、今も変わってないですよ。
早苗さん、カテゴリー分け、また忘れてる。E.
Commented by minaminouozafk at 2018-05-22 22:03
あっ、しまった。
やっておきます。S,
Commented by minaminouozafk at 2018-05-23 06:54
津軽の雪を思わせる素敵な装丁。りかさんの詩の世界が広がり、声を感じる歌集。評が歌の魅力を伝え、引き出すことまたしても感じました。歌に浸りました。ありがとうございます。Cs
Commented by minaminouozafk at 2018-05-23 08:10
早苗さんの評を頭において、じっくりと読みたいと思います。ありがとうございます。Y.
Commented by minaminouozafk at 2018-05-23 10:29
ありがとうございます。本当に素敵な装丁です。ゆっくりたいせつに読ませていただきます。 N.
Commented by minaminouozafk at 2018-05-23 11:59
まだ拾い読みしかできていない『サント・ネージュ』。早苗さんの深い読みに、はやく全部読まなくっちゃと思いました。輝くような生徒たちの歌も好きです。A
Commented by 永田淳 at 2018-06-11 17:14 x
前回拝読したときは気付かなかったのですが、写真の後、拙著を置いていただいているのですね。有難いことです。
もし可能でしたら、水上さんの書かれた原稿の写真、お送りいただけませんか。これだと流石に読めないので。
よろしくお願いいたします。
by minaminouozafk | 2018-05-22 08:32 | 歌誌・歌集紹介 | Comments(7)