王羲之の歎き 有川知津子

「今、九州国立博物館で「王羲之と日本の書」展があっている」、

と書いてからもう一週間が経ってしまった。はやい。


春の時間は笑いたくなるほど加速度的だ。


この特別展の入口に掲げられている〈喪乱帖〉、あと五日で入れ替えとなる。


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                   《喪乱帖》


最終日の11日(日)は、福岡支部歌会の日。

支部で未見のみなさんは、今日、明日、明後日、明明後日が勝負(?)である。


知られているように、王羲之の真跡は遺っていない。

これはとても残念だけれども、書を尊ぶかの国では模写の技法が発達した。


模写といっても、普通一般に行なわれている臨書とは異なり、

〈喪乱帖〉は「搨模(とうも)」という透かし写しの方法で作られている。

上に薄い紙を載せて文字の輪郭を写し取り、墨を塗るというやり方だ。

〈喪乱帖〉は羲之の筆妙をよく伝える精巧な模本として名高い。


この17行は、 5通ほどの尺牘を継いだものという(世界大百科事典)。

赤枠に注目しよう。


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この部分は、異民族に先祖の墓が荒らされたことを歎いた尺牘。

はじめに「羲之頓首」(ぎしとんしゅ。青線)とある。

つづけて「喪乱之極」(そうらんのきわみ。黄線)とある。

この一帖の名前は、ここに由来する。


中央の緑色の線を付したところには、「痛貫心肝」の文字が見て取れる。

心を肝を激しい痛みが貫く、と書いたその胸中が思われる。


王羲之は、これをしたためたとき、よもや自身の慨歎日本に渡り、

御物(ぎょぶつ。皇室の所有品)として保存されることになろうと思ったであろうか。


〈喪乱帖〉の前で、先祖を思慕する王羲之を懐かしい人のように思ったのである。



  出口まで来てふたたびを引き返す〈喪乱帖〉の深き歎きに


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Commented by minaminouozafk at 2018-03-07 19:28
トウモ、新しい語彙。メモ、メモ!なるほど、王羲之さんも苦しい思いを抱えていらしたのですね。はるかはるか昔の異土の著名人が、嘆きによって身近な人のように感じられます。ちづりんの資料読解力が素晴らしい。いつもありがとうございます。S.
Commented by minaminouozafk at 2018-03-07 20:55
トウモ、細かいお仕事なのですね。
きちんと読解して鑑賞すると作品もぐっと身近なものになるのでしよう。
いつも勉強させて貰ってます。感謝。E.
Commented by minaminouozafk at 2018-03-08 07:55
歌に人柄が表れるように書にもその人柄が表れますね。書を見るたびにその人を思います。王羲之のご先祖様への思いに遠い昔の人ではないような気持ちになりました。ふたたび引き返すの歌、思いがこもってますね。Cs
Commented by minaminouozafk at 2018-03-08 09:50
薄紙を載せて輪郭を写しとり黒く塗る…気が遠くなるような作業です。コピペなんて本当に申し訳ない気分になります。たいへんな物だからこそ今まで国境を越えてたいせつにされているのですね。王羲之がとても身近に感じます。 N.
Commented by minaminouozafk at 2018-03-08 11:23
この時代、どんなに紙が貴重なものだったか、書き写すにしても手元を照らす灯りは暗かっただろうし…。苦労して残してくれた先人に感謝です。Y.
Commented by minaminouozafk at 2018-03-08 14:32
コメントが遅くなりすみません。王羲之の書で思い出すのは、松本清張の『球形の荒野』、失踪した叔父を王羲之と似たその筆跡から探し出す女性の話でした。清張も王羲之に親しみを覚えていた人だったのでしょうね。A
Commented by minaminouozafk at 2018-03-09 00:00
王羲之の書法で書けるかどうかが、出世に関わるような時代があったそうですね。書の空間を楽しみました。Cz.
by minaminouozafk | 2018-03-07 07:50 | Comments(7)