2017年 06月 15日
珈琲の香り 鈴木千登世
道場門前のアーケードを歩いていた。学生の時から知っている街。
文栄堂書店、お茶屋さん、時計店…改装した店、そのままの店が並んでいる。
アンテナショップの前を過ぎりながら、かつてここはスポーツ品店だったと思い出した途端、唐突に一軒の喫茶店が記憶の底から浮かび上がってきた。アーケードの脇道を入っていくとあった喫茶店。名前は「もぐらの里」。金魚鉢のような大きな器のパフェが有名で、学生時代に何度か訪れた店。
記憶にある細い道をたどり、突き当たりを左に折れると赤いレンガ塀が現れた。
たどり着いた店は暗く、営業中の札もなかった。
確かめるようにドアを引くと、珈琲の香りと人の声。
店内は30年前のまま、カウンターの奥にはアンティークなカップが並び、ピアフの低い声が流れている。
「ああ、ここ」と心が声をあげた。
何もわからない前夜のような日々だった頃。気づくと子育てを終え人生の後半を歩いている。体の中を30年の時がどっと通り過ぎたような気がした。
カウンターの、常連さんらしい女性の隣で昔話をしながら珈琲を飲んだ。
時の迷路に迷い込んだような、過去と現在が入り混ったような、懐かしくて切ない不思議な時間を過ごした。
珈琲と古い時間の香りする喫茶「もぐらの里」のざわめき
二十年値段を変へてないといふ革のメニューの飴色のつや
金魚鉢パフェも紹介して欲しかったなあ。E.