2017年 05月 30日
末摘花 藤野早苗
ずんだ餅、山葡萄蔓の籠(山のルイ・ヴィトンと呼ばれているらしい)、桜桃…、居並ぶブースの中で一際鮮やかに衆目を集めているのが、紅花染の一角。
ちょうど今、花時を迎えた紅花の古名が、末摘花。茎の先端につく花を摘み取って染色に用いることからそう呼ばれたらしい。
なつかしき色ともなしに何にこの末摘花を袖にふれけむ
(心惹かれる色でもないのになぜ、この紅花〜赤い鼻〜のような女性に触れてしまったのだろう)
『源氏物語』第6帖は「末摘花」。もともとは高貴な出自であったが、後ろ立てのない今は誰にも顧みられない深窓の姫君。その姫君に食指を動かされた源氏であったが、ふと垣間見てしまった姫君の長くて先が赤い鼻に驚き、ほうほうの態で逃げ出してしまった。末摘花とはこの姫君につけられたあだ名である。由来を思えばあまりなネーミングだが、花そのものは可愛らしい。
源氏物語には様々な女性が登場し、華やかな恋愛絵巻が繰り広げられるわけだが、琴を弾かせても別段心に沁み入るほどでもなく、和歌の覚えも今ひとつ、字を書かせてもこれはちょっと…という末摘花はある意味、他の姫君たちとは異質で不思議な存在である。何故、紫式部は末摘花を登場させたのだろう。その理由は物語を読み進むうちに明らかになる。
源氏はその後、末摘花と再び関係を結ぶことはなかった。しかし、源氏の身の上に起こったいくつかの不遇に際し、変わらぬ態度で迎えてくれたのはこの末摘花であった。その温かな心映えに打たれた源氏は末摘花を一生大事に思い、不自由のない暮らしを保証したのだった。
紅花で染めた絹を紅絹(もみ)という。アンティーク着物の裏によく使われているが、実は、本当の紅花染の紅絹は、明治以前の着物にしか使われておらず、それ以後の紅絹は合成染料のため、洗うと色落ちするのだそうだ。本物の紅花染は水に通しても色落ちしない。逆に経年によって、色味は深くなり、肌にトロリと馴染むのだという。紅花染とは一生のお付き合い。源氏が終生身近く置き、大切に扱った女性の名が末摘花であった必然がなんとなくわかったような気がした。
平織の紬ざつくり纏ひたる嫗の振りに紅絹のぞきをり