2016年 12月 19日
冬空のクジラ 百留ななみ
朝は初雪の舞うこの冬一番の寒さだったが、夕方ちかくになると高く凛とした青空となった。
自宅から歩いて5分ほど、市立美術館前の陸橋から空に浮かぶクジラが見える。空が青いと空飛ぶクジラのようだ。

下関といえば河豚だが、クジラのまちとしての歴史も奥深い。
下関市の北部の縄文や弥生の遺跡からは鯨骨が多く出土している。また、壇ノ浦の戦いでは、鯨ではないがイルカが勝敗を占ったことは安徳天皇縁起絵図に描かれている。
江戸時代は北前船の港町下関には鯨の食文化が発達し正月、節分などはとくに鯨を食べたらしい。近代に入って、いまの日水(日本水産)、まるは(林兼産業から大洋漁業)が競い合って捕鯨船の基地としてたいへん賑わったようだ。
横浜DeNAベイスターズの前身は大洋ホエールズ。1992年までホエールズだったから、1998年の日本一の時は下関でも優勝パレードがあった。なんだか下関はむかしの栄光ばかりでちょっとさびしい。

私自身はそんなに好きではないが、子供のころの食卓には赤いベーコンとかオバイケ(さらし鯨)とか竜田揚げとかはよく登場した。息子達も給食にも郷土食とかの竜田揚げは好きだったので、時々作ったりした。しかし、生姜醤油に漬け揚げるとお手軽牛肉と大差はない気がする。
一日一粒と言われ思いっきり食べたいと願っていた肝油ドロップ。クジラの油から出来ていると聞かさてずっと信じたのだが、実際はタラやエイの肝臓からの抽出成分だったらしい。ちなみにいまでもネットでは、カワイの肝油ドロップは購入できるが人気商品らしく品薄状態。いまは魚の油は入っていなくてビタミンを調合している。

鯨館は昭和33年にホエールズの親会社であった大洋漁業によって創られ、市に寄贈されたものだ。全長25メートルほぼシロナガスクジラの等身大だ。曲線の鉄骨入りの構造でクジラの目の部分が窓で関門海峡を望める。入り口に入って行く階段はクジラの骨格のようだ。
旧水族館の一部であった鯨館は現在も関見台公園のなかにあるが、内部には入れない。
国際捕鯨委員会で商業捕鯨は停止されたままだ。
古来、鯨は肉だけではなく、油、髭、骨、歯まで余すところなくいただいてきた日本人。そのいのちをいただくのなら全部ていねいに利用するのが供養になるという思いだったのだろう。

鉄筋のシロナガスクジラ50年馬関の海と空を見てゐる
ななみ
全てが懐かしいお話をありがと。
子供のころガリガリで、肝油ドロップ食べすぎて一時は健康優良児になってました。
父は大洋漁業出身で死ぬまで、ベイスターズの心配してました。
クジラもベーコン、おばいけ、さえずり、当たり前のように食べてたなぁ。今では手が出ませんが、食べた~い!E.
団塊の世代最後の学年の私たちが学校給食の話をすると、一番人気がこれなのです。
鯨を食べることの無かった実家でしたが、給食の鯨の竜田揚げは美味しかったなぁ。コッペパンにキャベツの千切りと一緒にはさんで食べたっけ。
当時、私の住んでいた小倉には下関から届いていたのでしょうね。 A
唐津のひれ振りも良いけど、下関鯨ツアー、行きた~い(≧∇≦)E.

