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梅内美華子歌集「真珠層」 藤野早苗

・銀髪の婦人のやうな冬の日が部屋に坐しをりレースをまとひ
・さくらの日深爪をしてしまひたり心に何人も人が来るゆゑ
・水無月の表面張力 目に浮かぶ目薬と開くあめんぼの脚
・全力が格好悪き一時期に棲む生徒らの緩めのベルト
・荷を巻けるビニール紐を切りたれば撥ね上がり空のなにかを切りぬ
・交はすなき枝のあはひに降りつもる真珠の層のやうなかなしみ
・マスクする湿りに思ふマスクしてサッカーをする福島の子ら
・かたむきてボタンの穴をくぐりたるボタンのやうなかなしみに居る
・ダンボール食べてしのぎし子どもゐる嵌め殺しの窓ならぶ日本
・すいれんの沼を泳いだ記憶にて蓴菜の光吞み下したり
・蜘蛛の糸は紡績突起より出づる傘の中にてその疣おもふ
・ゆふぐれの中洲に降りて暮れ色に染まりたいのだ白鷺をじさん
・「奥さんがどんよりしてきたら怖いですよ」女面泥眼のまなこが見つむ
・能面のうちより見る世はせまく細くただ真つ直ぐに歩めよといふ
・くるみボタンを胡桃ボタンと思つてゐた時間の方が香ばしかつた
・「絶望のズンドコ」にゐる幼子はよぢれたままに靴下あげる

「真珠層」は梅内美華子の第六歌集。2009年冬から2013年秋までの作品279首が収められている。30代の終りから40代前半にかけての作品ということになる。

この間には、東日本大震災、福島第一原発事故という未曾有の災害があり、加えてその三カ月後に父上が心臓の病で入院、加療の日々を過ごされたという現実があった。その状況については本歌集中の「あぢさゐの夜」(第48回短歌研究賞受賞)一連に詳しい。また、震災から1年後に訪ねた下北半島六ヶ所村の複雑な問題を詠んだ「七つの鞍を置く馬」は、巨大馬伝説を扱いつつ、北辺という地に生きることの根源的なかなしみを掬っている。

女性歌人の場合、本歌集の当該年齢の頃というのは、なかなか歌作が難しい時期である。雑駁な生活にジリジリと寄り切られ、沈潜して思考することも、詩的な飛翔を試みることも忘れてしまう。

梅内の場合、あの「ゼブラゾーン」での華やかな、みずみずしい登場以来、詩的な感性はより精度を高め、完成度が高まっている。不可視のもののイメージを伝えることにかけては随一の歌人である。さらに年齢を重ねることによる厚みとひろやかさが本歌集の魅力でもある。

幾人かとの悲しい別れも詠まれ、美しい手向けとなっている。歌集名「真珠層」は作者梅内美華子の裡に静かに重なるかなしみの層なのだ。

真珠は、ダイヤモンドなどの鉱物とは違い、生物が生み出す宝石である。本来は異物である核を千に近い真珠層が巻き締め、母貝と同じ光沢をもつ球体にする。その営為はまさに梅内美華子の作歌姿勢を思わせて、集名の名付けの妙に感服するばかりてある。

倉本修氏による装幀が美しい。一読をお勧めする。


かなしみがうつくしくなる時の嵩教へてほしい真玉しら玉
藤野早苗

梅内美華子歌集「真珠層」    藤野早苗_f0371014_10235551.jpg


Commented by minaminouozafk at 2016-10-06 19:12
深層にあるものをえぐり出すような歌の数々。
いつも素敵な歌集をありがとー。E.
Commented by minaminouozafk at 2016-10-06 20:31
今日の一首は、『真珠層』の歌人への返歌みたいです(真珠層への、かな?)。装幀者のご紹介もありがとうございます。螺鈿のうえの『真珠層』にしばしみほれておりました。C.
Commented by minaminouozafk at 2016-10-06 20:52
表現の豊かさに畏れ入りました。家妻の私もどんよりしてきたら、大変。気をつけます。 A
Commented by minaminouozafk at 2016-10-06 21:36
母貝の真珠層の光沢が、中の真珠の色艶を決めるのだとか。深いな、真珠。そんなこともあって螺鈿細工大好きなんです。S.
by minaminouozafk | 2016-10-06 10:22 | 歌誌・歌集紹介 | Comments(4)