2016年 08月 27日
懐かしい手作り玩具
デパートのおもちゃ売り場に久しぶりに行く機会があったが、今のおもちゃ売り場の賑わいには驚いた。乳幼児の発達についての研究が進んだせいか、月齢ごとの「知育玩具」があり、子供服が買えそうな値段の着せ替え人形の衣装、外国製のおもちゃなど隔世の感があった。
五十年前の子供たちも、力いっぱいあそんでいた。石けり、ゴムとび、陣取り。夏はしゃぼん玉、冬はみかんの汁であぶり出しもした。親も一緒になって遊びを教えてくれた。
父は多くの父親がそうだったように竹とんぼや凧を作ってくれ、羽根の厚さや凧の張り具合や足の長さを調整して最高のおもちゃを与えてくれた。
私の机には地味な色の三つのお手玉がある。母が自分のブラウスを縫った余り布で作ってくれたもので、半世紀経った今もまだ手元にある。持っているからといって練習などすることもないのだが、たまに手に取ると掌に優しく馴染む。母は唄を歌いながらお手玉三つを上手に操っていた。今度母に会ったら、もう一度お手並みを見せてもらおう。
<30年前買ってしまった知育玩具と母のお手玉。結果は既に出ました(笑)>
数へ唄思ひ出せずに投げ上げるお手玉三つわが裡に落つ 栗山由利
野に出ても、数珠玉草、おしろい花、何でも遊び道具になりました。懐かしいなぁ。便利さの代わりに失ったものは大きいような気がします。E.