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小島ゆかり歌集『馬上』

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藤野早苗

ゆかりさんの第13歌集『馬上』が届きました。

2013年から2015年夏までの、ほぼ2年間の作品の中から519首を収録。

先行する『純白光』、『泥と青葉』もこの時期の作品が収められていますが、それを除いてもこれだけの歌数が採れるというのは、ゆかりさんがどれほど多忙であったかの証左でもあり、ただただ圧倒されるばかりです。

・いま湧けるこのあたたかき感情は要注意、また思ひ出がくる

・蟬はもう何かに気づき早く早く生ききつてそして死にきれと鳴く

・いくつもの落蟬を見て秋に入る 落蟬は旅の眼をしてゐたり

調べのやさしさはゆかりさんだけれど、常ならざる切迫感があって、それがまた読者を作品世界に引き込む。

・街はもうポインセチアのころとなり生老病死みな火と思ふ

・未来まだ白い個体でありし日の真冬のあさの牛乳石鹸

ポインセチアの赤から生老病死へ、白い石鹸から開かれてゆく未来へ、どうしてこの人はこんなに自在にイメージを飛ばせるのだろう。その底に悲しみの影をのぞかせながら。

・こつぜんと父ゐなくなり一人子のわれの背負子を照らす月光

・あれは天の誤植ならずや神保町を行けば小高さんに会へる気がする

・悲しいなあ今年のさくら父あらず久津さん小高さん大野さんあらず

本歌集は挽歌を多く収めている。まずは父上。長い看護・介護の時間の後、旅立たれた。

・終はれよと思ひ終はるなと思ふ介護のこころ冥き火を抱く

介護はきれいごとでは済まない。そんな日々の後の欠落が「背負子を照らす月光」に表れている。

小高氏の訃報にみな驚いた。何かの間違いにちがいないと。「天の誤植」、本当にそうならいいのに。

久津さんとは、福岡の超短歌結社「飇」の編集発行人であった久津晃氏。ゆかりさんは「福岡のお父さん」と呼び、親しまれていた。

大野さんは、いわずもがな、コスモスの選者大野展男氏。福岡コスモスの牽引者であった方。

請われ、招かれて日本各地を訪うゆかりさん。その地での邂逅を疎かにせず、親交を深める人であるからこそ、永訣の悲しみは深い。いのちへの思いが一際深い人なのだと思う。

・一叢立ち藪くわんざうの花あかく女は多く生き残る生

「藪くわんざう」の生命力、たしかにそうだと納得。直観力、すごい。「生き残る生」としての諦念と覚悟がある。

・ああ、あの日父を送りし多磨斎場けふは宮英子さんを見送る

・手箒で集むるしろき骨の嵩 ほんたうに英子さんなのですか

・藍ゆかた見れば辻本美加さんの無念を思ふその藍さんを

・早すぎる死はあるものを遅すぎる死はなし英子さん美加さん、会ひたし

巻末近くに置かれた「英子さん美加さん」一連より。

英子さんはもちろん、宮英子氏。平成27年6月26日、逝去。享年97。

美加さんは、辻本美加さん。このブログ「南の魚座」の発起人のひとり。英子氏逝去の前日、6月25日に亡くなった。享年50。

こうした作品を通して、あの時の悲しみを共有できることをありがたく思う。ひとりで抱えるには大きすぎる悲しみだったから。

「早すぎる死」はあっても「遅すぎる死」はないという言。沁みる。

50代後半とは訣れの時期なのだと実感する。親や先達、これまで自分を庇護してくれていた人々の老いを看取り、格闘し、その受容の果てにようやく訣れはやってくる。その葛藤から逃げず、自分を見つめ続けたゆかりさん。小島作品に魅かれるのは、生来の韻律の美しさ、修辞のみごとさ以上に、小島ゆかりという人間への信頼が置けるからだと思う。

・でたらめな理屈でわれを褒めし父ゐなくなりひとり鳩を見てをり

そんな素敵な人に育てて下さったのは、父上。溺愛という言葉がぴったりの慈しみ様。そんな愛し方は親しかしてくれないし、そんな愛され方をした人間は、他者への思いが深く、やさしい。

・かなしみを筋肉として立つごとき馬の齢を重ねたしわれは

・飛騨山脈燃ゆる大夕焼けのときわれは馬上の人になりたし

歌集名の由来、馬に因んだ作品の中から2首。

「馬齢を重ねる」とは、馬をつまらない存在の謂いとした謙遜の意を表す言葉。それをまるきり裏切る形で1首を為し、秀歌に仕上げている。「かなしみを筋肉として立つ」とは、馬の眼差しを間近で見た者には深く納得できる。馬の共感能力の高さは慈愛の眼差しに表れている。

「馬上とはあきかぜを聴く高さなりパドックをゆるく行く馬と人」、こんな歌もある。「馬上」とは、ただ秋風を聴く場所。日々の喧騒からほんの少し離れて、たましいを遊ばせる場所。

ゆかりさん、ご多忙はずっと続くでしょうが、しばらくは馬の背中に揺られて下さい。少し疲れてしまったたましいを、のんびりさせてあげて下さい。私ももう一度、『馬上』を読んで、こころを解きたいと思います。

素敵な歌集を読ませていただいたこと、感謝です。

また馬に乗りたくなりました。


Commented by minaminouozafk at 2016-08-23 16:56
ゆかりさんの『馬上』昨日届きました。
今日は、記事のアップが遅いので、きっと歌集評を書いているんだろうな。と思っていました。
それにしても、ここまでしっかり仕上げているなんて。参りました。E.
Commented by minaminouozafk at 2016-08-23 17:08
ご名答。読んだ途端、書かなきゃと思いました。でも、感想文になってしまって反省。紹介、ということでご勘弁下さい。ゆかりさんの作品のあと、自作を発表する勇気はありませんでした。S.
Commented by minaminouozafk at 2016-08-23 20:12
歌集からはみ出ている付箋紙が奥ゆかしくて。C.
Commented by minaminouozafk at 2016-08-23 20:48
バレました〜‼︎ S.
Commented by minaminouozafk at 2016-08-23 22:09
すごい集中力に敬礼。 (^^ゞ
馬上とはあきかぜを聴く高さ・・・そうだったのですね。
すとんと腑に落ちました。 A 
Commented by minaminouozafk at 2016-08-23 22:57
いい歌集はすごい求心力があって、読まずにいられないし、書かずにいられなくなるのです。すごいです。 S.
Commented by 白川ユウコ at 2016-08-25 14:14
ゆかりさんの歌集、私もいただきました。なにぶん人の死にあまり接することなく生きてきたので、きちんと読み取りができるのかと、少し怯む姿勢でいました。
しかし、このブログを拝読し、特に登場する方々をよく知る九州の会員のお言葉が、私が読み進めてゆくにあたって頼もしい手がかりになりそうです。
Commented by minaminouozafk at 2016-08-28 21:38
ユウコさま
コメ、ありがとうございます。悲しい歌集ではありません。不思議と元気が湧いてきます。 S.
by minaminouozafk | 2016-08-23 13:58 | 歌誌・歌集紹介 | Comments(8)