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 福岡市南区の端っこに位置しているわが家は隣町まで歩いても十分足らずで行ける。その隣町は、昨年の101日に市になった那珂川市だ。博多駅から新幹線を使って8分という利便性から近年どんどんと人口が増えて、博多南駅の近辺にはマンションが続々と建った。


 しかし、繁華街の中洲を流れ博多湾にそそぐ那珂川を上流にちょっとさかのぼるだけで、懐かしい農村の原風景に近い景色に出会うことができる。

 先日、思い立って出かけてみた。目的地は「裂田溝」。テレビで紹介されていて、一度訪れてみたいと思っていた。


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<取水口とそこからの流れ>


「裂田溝」とはウィキペディアによると、『日本書紀』にこの用水路は神功皇后が三韓征伐の際、当地にある現人神社の神田を灌漑するために造られた日本最古の灌漑用水路との記述があり、また、江戸時代に貝原益軒が記した筑前国続風土記には取水堰の『一の井手』が「幅88(150)。筑前国最大の堰である」との記述もあるそうだ。そして、周囲の発掘状況から、実際に造られたのは弥生時代との説もあるという。そしてなお、今もその役目を果たしている。


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 そもそも、名前の由来については、『日本書紀』にこの溝を掘っているときに大きな岩に突き当たり、工事が一時中断した際に神功皇后が武内宿禰に命じて天神地祇を祀り祈りをささげたところ、雷が落ちて岩が裂けたため再び工事を行うことができたということから「裂田溝」と呼ばれるようになったという。そんな貴重な史跡が、バスを乗り継いでも一時間かからないところにあったのだ。


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<神功皇后が立たれたという岩>


 コミュニティバスに乗り換えて10分もたたないうちに、目に飛び込んできたのは刈り入れを待つ麦畑。五月の風に波打つ穂が美しかった。

そして到着した「裂田溝」。真っ先に出迎えてくれたのはすぐ目の前にいる白鷺だった。集落の脇の流れの反対側に広がる広々とした田畑は、ここが自宅からこんなに簡単に来れる場所だとは思えないくらいにのどかな風景だった。


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 集落はあっても、人影は見えず地図を読むことが得意ではない私は、不安ながらも流れに逆らって取水口までたどり着いた。洗い物をしたのか水を汲んだのか、石造りの洗い場の跡や流れを変えるためか途中途中の小さな堰が生活のにおいをかすかに残していた。

 次は田んぼに青々とした稲が揺れるころにまた訪れたいと思っている。


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    千年のみずの流れはゆるぎなし緋鯉の影を光にかくす


# by minaminouozafk | 2019-05-25 01:12 | Comments(0)


二週間振りの実家。真っ先に見に行ったのは山椒の新芽。無事枯れずにわずかながらも成長していた。
 今月始めに紹介した時はまだ花盛りだった庭が、すっかり緑。大方は花を散らした芍薬がかろうじて数本、重い首を傾げながらも踏ん張って咲いていた。

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 裏庭の茗荷もぐーんと茎を伸ばし、蕗の葉も勢いづいて繁っていた。

 前日からの雨が止まずに大きな傘をさして(外から見ると傘ががさごそと動いている図、だっただろう)草取り~。
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 前夜の強風で梅の実が落ちないか気が気ではなかったが、枝には順調に育った梅がみずみずしい。

 しかし、草取りをする周辺には大量の実が落ちている。小さい実や腐りかけたものもあるので、きっと自然淘汰された子たちなのだろう。このままにしておくと虫が寄って来るので数えながら拾うと143個。まだちらほら落ちていたが、草取りが進まないので終了する。
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 毎度お馴染みのチリアヤメは、早朝、草取りを始める頃はまだつぼんだままだったが、明るくなると一面、一気に開花するさまが愛おしい。
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 花が終って種鞘を付けたものもあちこちにあった。やがて来年に向けて種を零してくれる。

 数日後、なーんにもない誕生日。仕事帰りの夕焼けが美しかったが映像には上手く写っていなかった。
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       雨上がるわが誕生日、空よりも空美しき川面と出会ふ


# by minaminouozafk | 2019-05-24 06:24 | Comments(5)

風に誘われるように登っていった丘の上には植物園があった。名前は「世界を旅する植物館」。「世界を」「旅する」のところで心はもう躍っていた。


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入り口前の庭で出迎えてくれたのは「ニュートンのリンゴ」。2018年5月2日のちづさんのブログで紹介された木と同じ小石川植物園から枝を分けてもらって、接ぎ木して育てた木という。(兄弟の木~)なんだか嬉しくなる。

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こちらは「エンドウ」ならぬ「メンデルのブドウ」の木。「遺伝の法則」を明らかにするきっかけとなったブドウの木で、やはり小石川植物園から。

 
ここは、前々回「蟻の城」と題した記事でご紹介した、ときわ公園の中にある植物園。


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館内を「熱帯アジアゾーン」や「アフリカゾーン」など8つのゾーンに分けて、例えばアフリカゾーンならバオバブの木というように、シンボルツリーを中心にして原産地の植生が再現されている。「世界を旅する植物館」は世界を旅するように珍しい植物や花、果実に出会えることをテーマにした植物園だった。


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            オセアニアゾーンのシンボルのボトルツリー


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 ジュラシックツリー。オーストラリアで発見された貴重な木。古い時代の植物の特徴を残す「生きている化石」という。

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魚座のメンバーと入ったら、閉館までに出口にたどりつけないかもしれない……。



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植物館を出るとちょうどお昼時。

公園内には小さな子どもを連れた家族や老若を問わない人々でにぎわっていた。日陰を選んでシートを広げてのお弁当。日よけのテントを持参して思い思いにくつろぐ家族も多く、そのさりげなさは風景になじんでいて、この公園が人々に親しまれていることが伝わってきた。



和名まだない植物の名をたどり森をめぐりぬ少し湿りて



# by minaminouozafk | 2019-05-23 05:43 | Comments(6)


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 ひだりの方から流れてきたのは、しゃぼんだま、だった。

 これはチャンスである。



シヤボン玉の中へは

庭は這入(はひれ)ません

まはりをくるくる廻つてゐます

ジヤン・コクトオ作

堀口大學訳『月下の一群』(1925年)



 ほんとに這入れないのか確かめるチャンスである。

 …………

 庭がないので、とりあえず私が庭の気持ちになる。



 ああ、なるほどね~


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 しゃぼんだまの筋肉って、意外と弾力があってしなやかだ。

 これじゃあね。



 庭の私を見下ろしてしゃぼんだまは昇ってゆく。


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 もう、もどらないつもりだな。



 堀口は、白水社版の『月下の一群』訳者あとがきで、


  求められて訳したもの、目的があつて訳したものは、只の一篇もないのである。

  何のあてもなく、ただ訳してこれを国語に移しかへる快楽の故のみになされた

  のだつた。


と書いた。



 「ただ訳してこれを国語に移しかへる」ことが楽しくてたまらなかったのである。そうして成った一書は、佐藤春夫に捧げられた。



  海よりの風かがやかぬ曇り日に庭をあやしてゐるしやぼんだま



# by minaminouozafk | 2019-05-22 05:42 | Comments(9)

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日曜日の晶子さんの記事を読んで、ずいぶん歌集について書いてなかったことに気づく。そこで今日は三冊。


 『石蓮花』  吉川宏志 (書肆侃々房)

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1時雨降る比叡に淡き陽は射せり常なるものはつねに変わりゆく

2パスワード******と映りいてその花の名は我のみが知る

3旅はたぶん窓の近くに座りたくなること 山に(つわ)(ぶき)光る

4亡き人を知らざる人に語りつつ青菜は鍋に平たくなりぬ

5リュウグウノツカイが棲んでいるような春の空なり尾びれゆらして

6アメリカから剝ぐことのできぬ爪として日本はあり (いくさ)近づく


 511日の福岡支部出前歌会にお招きした大松達知さんが、ミニ講座の資料としてご紹介下さった一冊。大松さんのリードに従って再読。なるほど、見えてくるものがたくさん。

 永遠であるためには恒常的な変化が必要なのだということをリフレイン(「賞を獲りたかったらリフレイン」by大松氏)によってなめらかに伝える1番。アスタリスクの伏字に隠されたパスワードを「その花の名」と呼ぶ自在な2番。旅を独特な定義でくくる3番。「亡き人」の話をする作者とそれを聴く人々に流れる時間を「青菜が鍋に平たくな」ると譬える4番。リュウグウノツカイの存在が空の広さを語る5番。「尾びれ」に躍動感がある。6番の「剝ぐことのできぬ爪」には日本の逼塞してゆく現状が的確に表現されている。

 あまりにもさりげなく詠まれているので、見過ごされがちだが、吉川作品にあるレトリックは実はけっこう前衛的だ。それをきわめてナチュラルに一首の中に取り込んでしまうのが吉川の力量なのだ。


 『歓待』  川野里子 (砂子屋書房)

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1延命処置断るはうへゆれながら傾く天秤 疲労のゆゑに

倶会一処(くゑいっしょ) 死ねば居場所のある母か赤い椿がつくづくと見る

3雪降つたね餅を搗いたね笑つたね遠いところへ行つてしまふね

4ああそこに母を座らせ置き去りにしてよきやうな春、石舞台

5神の手が初めて創りし泥人形のやうなれど吾に手を伸ばしくる


 前作『硝子の島』で長く母上の遠距離介護を続けていることを詠んだ川野。本歌集においても母は重要なテーマとなっている。人生百年を謳いながら、その長寿を支える公的福祉は事実上破綻しているこの国。これが過渡期なのか、このまま奈落へ突き進むのかは定かではないが、自身も加齢をしてゆく中で親の老いを、死を、個人が引き受けねばならない苦渋が滲む。

 歌集名『歓待』は、「次第に狭量になってゆく世界で、枯れ枝のような一人の老人は、小さな献身の連続によって温められ、尊い命となることができた。それは何という命への歓待であったことか。この歓待こそ時代への抗いなのだ。」(あとがき)という、母上を介護してくれた方々への川野の思いに由来する。一つの命に誠実に向き合ったからこそ舐めねばならなかった辛酸ではあるが、そこに差すひとすじの光の存在を肯う歌集名に慰められた。


 『光のアラベスク』  松村由利子 (砂子屋書房)

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1この世あまねく覆われゆかん粘りつくポピュリズムという暗愚の糸に

2にっぽんに夢多からず『赤毛のアン』のふるさと目指すツアー廃れず

3欠けてゆく欠けてゆくああ満ちてくる自ら太る女の肝胆

4詩を問われ詩人は答う「一滴の血も流さずに世を変えるもの」

5世界中の人が使えば地球ひとつ終わる温水洗浄便座

6インド製ユニクロのシャツのほつれ糸手繰れば今日も少女売られる


 松村は「かりん」所属の歌人。福岡市出身(娘の小学校の先輩で、夫の高校、大学の後輩というご縁が嬉しい)。新聞記者を経て、現在は沖縄の離島に暮らす。外縁と見えるところに居住しながら、いや、するゆえか、歌人の批評眼は近年、より一層鋭さを増している。

 「ポピュリズムという暗愚の糸」が覆い隠そうとするものは何なのかを問う1番。もう夢を見ることもかなわないこの国の現状から目を逸らす人々を詠んだ2番。自然へ回帰した暮らしの中で豊かに太る女性の本能を詠んだ3番。詩を生業とするもの同士の共鳴が感受される4番。「温水洗浄便座」、「インド製ユニクロのシャツ」が実は世界の綻びに繋がっているのだというミクロからマクロへの視点の転換鮮やかな56番。

 知的レトリックの見事さは言うまでもないが、南島に移住して以降の松村作品には屈強な体力を感じる。心身一如、南島が松村に与えたものの大きさを思う。


 三冊の歌集、どれも作者の個性の際立つ作品であった。三冊に共通するのは、憂国の思い。それは社会詠にも通じるのだが、社会詠としてしまうと取りこぼしてしまうものをこまやかに、あくまでも自分というフィルターを通して丁寧に詠んでいる。



   瞠いてつぶさにぞ見よこの船の吃水じよじよに短くなるを




# by minaminouozafk | 2019-05-21 09:32 | 歌誌・歌集紹介 | Comments(7)

朝の蛍  百留ななみ


 先日、音信川沿いの湯本温泉の旅館に泊まった。

 ゴールデンウィーク終盤から初夏の陽射しの晴れの日が続いている。


 あと10日ほどすると旅館から蛍狩りにご案内するのですが・・・とのご挨拶で残念ながら夕食のあとは天体観察。5月15日の月齢は10.6、上弦の月。令和はじめての満月まであと少し。北斗七星、うしかい座のアルクツゥールスを望遠鏡で。明るすぎる月はクレーターまでくっきり。


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 翌朝、音信川沿いを散歩。少し落ち着いてきた新緑。水の音が気持ちいい。ナズナにタンポポ、アザミも咲いている。あらあら葉っぱの上を虫が歩いている。ゆっくりと。あまり歩くのは上手くないようだ。黒い体に胸は赤。この触覚はもしかしたら蛍!!慌ててスマホで撮影。しばらく草の上をごそごそして飛び立って行った。朝の蛍?たしか短歌にあった。もどかしいまま帰途に。


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 ネットの写真で調べてみると、やっぱり蛍。1センチ以上はあったから、たぶんゲンジボタルだと思う。まだ地元の方がいないと言っていた蛍くん。それも朝の蛍くん。なんだか嬉しい邂逅。



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たしか短歌は白秋か茂吉・・・と思って調べてみる。



草づたふ朝の蛍よみじかかるわれのいのちを死なしむなゆめ

                              『あらたま』斎藤茂吉

昼ながら幽かに光る蛍ひとつ孟宗の藪を出でて消えたり

                              『雀の卵』北原白



朝の蛍は斎藤茂吉の32歳のときの作品。朝の草の上の蛍。まさしく同じ光景。短い命の蛍に自分を重ねて、私の命をゆめゆめ死なせることのないように。なぜか自分は短命と思い込んでいた茂吉の祈りのようなものが謙虚にあらわれている。深いです。のちに自選歌集として『朝の蛍』を出している。『赤光』『あらたま』から茂吉の青年期の秀作、自信作を収録している。


昼の蛍は北原白秋の36歳のときの作品。蛍は薄暗い竹藪のせいか昼なのに幽かに光っている。幽玄な幻想的な一首。夜に群舞するのではなく、昼にひとつだけ飛ぶ蛍。かすかな光も竹藪を出るとわからなくなった。白秋も蛍ひとつに自分を重ねていたのだろうか。


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万葉集のころから蛍は光を放つ夜のすがたを詠まれてきた。偶然出会った朝の蛍。朝の陽射しの草の上をよちよち歩く様はなんとも可愛かった。なんだかちょっと恥ずかしそうで。たぶんほとんどの人は蛍と気がつかないだろう。蜆蝶がやってきた。



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草つたふ赤き胸もつ甲虫は音信(おとづれ)(がわ)朝の蛍よ










# by minaminouozafk | 2019-05-20 05:55 | Comments(7)

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 江﨑昌子さんから歌集を頂いた。江﨑さんは私たちと同じコスモスの会員で既に二冊の歌集を出されていて「橋の裏側」は第三歌集になる。毎年柳川で催される白秋祭の歌会に行くと、受付でにこやかに迎えて下さる方だ。数年前にはコスモス福岡支部歌会にも参加されていた。コスモスで歌を詠み続けられ欠詠なく52年出詠されてきた私たちの大先輩だ。
 江﨑さんの歌には特徴がある。

 先ずできごとではなく物を詠んだ歌が多い。

 確実に充ちゆくものの力もて葉陰に椿の珠美うつくし
 ちちのみの父の太声伝へくる闇の中なる黒き電話機
 三尺の扁平(うすら)しろがね太刀魚の躰横たはる氷の上に

風吹けば楠の葉に鳴る風音のここより道は下りとなれり
 ここよりは落つるほかなくがうがうと滝になりつつ落ちてゆく水

またリフレインが多い。

 石段の五段のあれば幼子は五段に遊ぶ登りて降りて
 当たり前のつづきのけふの当たり前しらしらとして夜の明けゆく
 河馬であることの臭ひのひしひしと河馬がゆつくり歩みてきたり
 白き石白く濡らして黒き石黒く濡らして雨の降りつぐ
 人間が人間らしくあることの二足歩行の老いてあやふし

声に出して読むとリズム感があり、心地良い。

先週末に大松達知さんを迎えて催したコスモス福岡支部の講師出前歌会での大松さんの仰った、「一首のなかに意味を減らすと良い」、「リフレインを使うとリズムができて韻律が良くなる」とまさしく一致した詠み方だった。

 江﨑さんの歌には批評性のあるものも多い。
 

被爆とふ語がひつそりと字引の中に座りてゐたり
 携帯電話(ケータイ)を持つ人増えて待つといふ思ひいつしか淡くなりゆく 
 象形の文字(もんじ)「女」と形成の文字「男」との違ひを思ふ

女運わろきをのこの考へし姦(わろ)しといふ字か見てゐて思ふ
 核ボタンのブラックボックスを霊長類ヒトは提げゆくネクタイ締めて
  朽ちること許されぬものしろじろとポリスチレンは海を漂ふ  

 この批評性の基には〈われらとぞひとつ括りにスクラムをくみたることのあはれ遠き日〉とある、たぶん60年安保闘争の体験があるのだろうと憶測する。
 
 批評性と同時に物をとらえる眼の力にも独特のものがある。
 
 濡れてゐる路面と濡れてゐぬ路面時雨のゆきし後に残れり
 電燈の紐と火災報知器の紐と二本が垂れて夜なり
 部屋の上に部屋が重なりその上に部屋が重なりマンション立てり

嗚呼!と思う。

 ところであとがきを読んで衝撃を受けた。


  「癌」です。いきなりの宣言。そういうことかと妙になっとくしている自分がいま
   した。      
 それでこの歌集の上梓を思ったとある。この歌集にまとめられた歌が詠まれた期間には妹さん、ご主人が亡くなられている。さらにこの癌宣告、どんなにお辛かったことか。しかし江さんはそんな体験を辛い、寂しいなどと言う言葉をつかわず詠まれている。
 

 白骨(しらほね)の熱きを拾へり妹の一生(ひとよ)を畢へし熱き白骨
 自らに決断をして自らに襁褓をせんと夫言ひ出でき 

夜が来て朝が来てまた夜が来て命熄みたり夫の命が
 ケイタイの待ち受け画面に一文字に口を閉ざして亡き夫がゐる

このような歌を読むとき江さんは本当に強い人なのだと思う。
わたくしの賞味期限は過ぎたれど消費期限はまだまだ、まだです〉この歌のとおり、癌から快癒され、
まだまだたくさんの個性的な歌を読ませていただきたいと心から願っている。江さんにエールをお送りする。


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ものごとの本質捉へるまなこ欲しいつもはづしてばかりのわれは







# by minaminouozafk | 2019-05-19 07:00 | 歌誌・歌集紹介 | Comments(6)