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福岡県に緊急事態宣言が発令された。山口県でも直近二日の新型コロナの感染者数は49人と61人。落ち着く気配はなく、職場や学校、通所介護施設といった身近な生活の場所でのクラスターが相次いでいる。病床使用率は58%に達し、「ステージ4」のレベル。聖火リレーも感染の拡大を受けて初日の今日は聖火の到着を祝うイベントのみとなり、明日の下関市内を走るコースは中止となった。じわじわと緊張が増している。

ワクチン確保の見通しが立ち、高齢者への接種が始まるなど少し明るい話題のある一方で、予約の電話がつながらなかったり、予約できても接種は7月になるなど、変異株の感染拡大を前にして悩ましい状態が続いている。


今月23日に開く予定だった歌会は、一昨日山本さんと話し合って中止とし、会場もキャンセルした。延期という形に変更してもらえたのでキャンセル料が生じなかったのは幸いだった。落ち着かない日々が続くが、対策は変わらないと自分に言い聞かせてマスクの着用や手洗いなど出来ることを丁寧に行おうと思う。



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『短歌研究』を読んでいる。5月号は「ディスタンス」をテーマにした三〇〇人の歌人による一冊丸ごとの短歌作品号。まだすべてに目を通していないけれど、秋山佐和子氏のエッセイの中で美しい詩に再会した。



あゝ(うる)はしい距離(ディスタンス)

つねに遠のいてゆく風景……

悲しみの彼方(かなた)、母への、

(さぐ)り打つ夜半の最弱音(ピアニッシモ)。          吉田一穂「母」


氏は「ディスタンス」の語に不思議な懐かしさを覚え、書棚に並ぶ文庫の『現代名詩選(中)』を手にされたという。

わが家の書棚にも同じ本があった。背表紙の色あせた本のページをめくるとわずか4行のこの詩が目に入ってきた。

母、または母親的なものへのかなしく美しい思慕が立ち上がる。深い思いを込めて夜半ひそやかに打つピアノの、かすかな音が余韻として聞こえる。改めて読むと繊細な感覚が緻密な構成で描かれていることに気づいた。添えられた作者紹介には「(早稲田大学)在学中から詩、短歌を作り」とある。対になった一行目と四行目など短歌の韻律が濃く投影されているように思う。


一穂は白秋を私淑し「桐の花」を携えて上京したという。「母」を激賞した白秋は、後に岩波文庫版の詩集の解説を頼んだという。

この詩しか知らなかった一穂が急に身近に感じられてきた。



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   「麗はしいデスタンス」と歌いし一穂 ふわと隣に来てすわる亡母はは       井辻朱美  

    8光年かなたに点る繭ありて(はは)への(うるは)しきディスタンス        高野公彦


「ディスタンス」の韻きに誘われ、この詩を「本歌」として亡き母を読む作品もあった。歌と詩がひそやかに響きあう。「母」を収録した『海の聖母』は大正15年の刊。百年近くの歳月を経てなお清新な一穂の詩は読む者を魅了してやまない。



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『短歌研究』のこの号にはコスモスからは高野さん、桑原さん、ゆかりさんの7首詠+エッセイが、大松さん、奥村さん、なおさん、佐藤(慶)さん、仲さんの7首詠が掲載されている。

コロナ禍の今を様々な角度から詠み、後世の記録ともなりうる作品群。年齢や性別で括らず五十音順で三〇〇人の作品を掲載するスタイルも潔い。10年後に読み返したら何を思うだろうか。



間と言へばほの温しもよレジを待つ善男善女の置くディスタンス


# by minaminouozafk | 2021-05-13 10:54 | Comments(0)

「河」162号 有川知津子


 「河」162号が届きました。「河」はコスモス短歌会新潟県支部の支部報です。編集責任者は摩尼久晴さん。摩尼さんは、会員と会員とを結ぶ架け橋のような方です。




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 この号の巻頭作品は、草野正信さん、摩尼さんのお二人です。15首のうちから4首ずつをご紹介します。



     草野正信「雪国地獄一丁目」抄

  一世帯ひとりの家に〈屋根除雪二人以上〉の御触れがまわる

  わが里は雪国地獄一丁目除雪のあとを嗤いつつ降る

  除雪後のけだるさかかえ国会の中継みれば首相の答弁

  新雪をこすりけずりて風が飛ぶ柊二の里の雪ふぶき見ゆ


(「ひとり」なのに、二人は出しようもありません。この「御触れ」は北国の除雪作業の危険さゆえに徹底される注意喚起なのでしょう。生活に嚙みつくような雪体験のない身にも危うさが伝わってきます。ただ、「御触れ」「雪国地獄一丁目」などの言い方には、どこか客観的にみてやろうといった茶目っ気も感じられます。柊二の「空ひびき土ひびきして雪吹ぶくさびしき国ぞわが生まれぐに」をこころに置いている様子です。)




     摩尼久晴「鬼太鼓のふる里」抄

  鬼太鼓(   おんでこのたぎれる佐渡に育ちたる有田八郎・青野季吉

  鬼太鼓の稽古のとよみ聞こえくる鎮守の杜を夜おほひゆく

  鬼が舞ひ獅子が噛みつく獅子舞を子どもら囃し村めぐりゆく

  ひと踊り終へて鬼面をぬぎ取れば汗ぐしやぐしやの顔が現る


(このあとの方に、「父母の亡くなりしのち平成と令和の祭に帰ることなき」とあり、久しく帰っていないことが窺われます。引用の2首目と3首目そして4首目は、時制をいえば過去形となるところかもしれません。現在形には、今、目の前で見ているかのような臨場感を与える効果がありますが、それほどにふる里佐渡が思われたものと想像しました。オンデコという語のひびきは太鼓の音のオノマトペのようですね。)



 巻頭作品に続いて59名(各5首)の作品が並びます。「河」の特徴は、この59人各5首の歌が他の会員の選を経たものだということです。



 さて、今回の「この一首」のコーナーでは、田宮朋子さんが高野公彦『渾円球』より、次の歌について書いています。抜粋して写します。



  吹く風に音色を付けて風鈴はしづかに鳴りぬ一韻一涼(いちゐんいちりやう) 高野公彦


「一韻一涼」、これは造語であろう。つまり、一つの音の響きに一瞬の涼を感じるということ。風鈴の音はたしかに涼しさを感じさせる。音韻の点でも「いちいんいちりょう」は、i音が繰り返し出てきて、風鈴の澄んだ音そのものを表している。その前の「音色」「風鈴」「しづかに」もi音をふくんでいて、調べが周到に構成されている。(田宮朋子)



 もう一つ。

 宮柊二「経験を積む」を書き留めておきます。これは、昭和4643日の「日報歌壇に寄せて」に書かれたものの転載です。


作歌の上達は教えられるというものでもなければ、習おうとして習われるというものでもない。その人が、実際に歌を作るという経験を積んでゆく、その実際の中から会得してゆく以外に方法のない文芸である。たとえばいくら理屈で上達の方法を見つけようとしてもだめである。経験の中から知り、得てゆく、それよりほかに方法はない。(略)自分が作歌するということによって、他の作を知り、他の作を知ることによって自分の作を振り返る。その人の作歌の経験は、そういうふうに具体的に、ものを見る目の力を、それを現わす表現の力を、育ててゆくのである。(宮柊二



 風土色にあふれた「河」です。ありがとうございます。



☆  ☆  ☆



ふるさとの仏間の大きな掛け暦わが帰らねば一月のまま



# by minaminouozafk | 2021-05-12 06:00 | Comments(1)

 いよいよ明日、福岡県に三度目の緊急事態宣言が発出される。昨年二月に始まった新型コロナウイルス感染は終息どころか、日本人の六割は免疫を持っていないとされる、重症化リスクの高いインド型変異株の出現もあって拡大傾向だ。昨年の今頃、最初の宣言発出とあって、世間はかなり深刻に事態を受け止め、自粛も粛々と行っていた。自粛の日々は大変だったけれど、この頑張りがきっと感染終息に向かう力になるのだと思うと、ぐっと踏ん張りがきいたものだ。

 けれどそこから一年、活動に制限を加えれば一時的に感染者数は減るものの、経済活動を再開すればまたその数はたちまちうなぎのぼりという、ウイルスとの果てしない戦いに私たちはもう疲弊しきっている。その背景にはアベノマスク、GoTo政策などの政府の対応への不信感も透けて見える。

 先週の「デイリリー」でも触れたし、日曜日の晶子さんのブログでも紹介していただいて、その上またここで書くのは気が引けるけれど、やはりもう一度書いておく。あるお昼の情報番組での、医療関係のコメンテーターの発言だ。


 「あくまで試算ですが、仮に人流を90パーセントカットできれば、感染は28日で終息します。」

 

 だったらなぜ、それを初期段階で実施してくれなかったのか。去年の緊急事態宣言発出下であれば、まだまだ私たちにも、物心両面で余力があった。それを今、過去二回にわたる緊急事態宣言下の不自由に耐え、心身、経済をすり減らした私たちに言われても関係所管の無能さにあきれるだけだ。今その28日に耐えられる体力はおそらくこの国にはない。

 この国民感情を置き去りにして、まだオリンピック・パラリンピック開催に向けて動くこの国のあり方を私はどうしても理解できない。

ブログ記念日56 オリュンポスの神は不参加_f0371014_22165856.jpg

                この度は万障繰り合せのならず オリュンポスの神は不参加



デイリリー   藤野早苗

タイトルは『Daylily』にしただらうわたしが映画監督ならば(映画『運び屋』)

そこまではといふところまでひらきゆくいのちいつぱい咲く一日花

豊饒の海と思ふなPhishermanフィッシャーマンアラ還アナログ女族の海を

このひとを父と呼びうる幸ひをやがて知るべしプリンチペッサ

風荒れしひと夜ののちの花筏つがひの鴨が胸分けにゆく


月の裏   有川知津子

批評会終へたるのちの夜の「COCOON」かすかなれどもやさしくうなる

横に来て問ふひとりをり薄氷のエドガー・ポーツネルを知つてるね

むらさきの太陽昇り岩の間にうすむらさきのすみれはひらく

月の裏見てゐるやうな心地なり祖母が詠みたるその祖母のうた

ふるさとは中通島おほかたは五島ですましてしまふふるさと


ひやくねんの風   鈴木千登世

傍に小さき蕾眠らせてニリンソウ咲く峡の傾りに

〈山頂の花園〉に古きベンチあり空に向かひて息へるベンチ

哲学者猫の眼にこの春はどう映れるか葱の花咲く

街道の櫨のこずゑを撫でゆきし行きて帰らぬひやくねんの風

洋裁の間に敷かれゐる座布団にしんねり坐しき四十を過ぎて


ときめき   大野英子

季節よりうつろひやすいかもしれぬ街なかの店つぎつぎと消ゆ

やまふじのうらむらさきに見おろされなんとちいさなわたしでせうか

石田くみちやの篤きおもひと魂がただよふホールを去り難くゐる

まだわれにこころから湧く感動のあること熱い気持ちあること

おやゆび姫は蓮でアリスは薬瓶で流れたちいさなときめきだつた


うさぎのしつぽ   栗山由利

幼稚園で一生分を泣いたから泣かない人になつたのでせう

つかもうとした指先をすりぬける柳絮きらりと北京の五月

若葉風ふいてるだらう散歩道 花ちらす風がふいてゐた道

人参をまるかじりするをさなごのお尻に生えるうさぎのしつぽ

買ひこんだダイエット本の数だけのやる気はあつた 挫折したけど


松葉雲蘭   大西晶子

楠若葉とりどりの色にかがやけり疫病いまだ鎮まらぬ春

老い人の家の跡地をうめて咲く松葉雲蘭むらさきの波

まだ鋏入れざる布の滑らかさ手にたのしみて型紙をおく

皿の絵の南蛮人がとほざかる船を見おくる五月の陽浴び

い出て来し庭で毛虫を見つけたり変はりばえせぬニュースに倦めば


むらさきあかり   百留ななみ

やんごとなき神社のわけを半眼の老いたる亀はすべて悟りぬ

いつの日か土塀は土にかへるべしエゴの白花ふるふる揺れて

三瓶山のぼりくだりてアラ還のふたりで食べる苺のアイス

藍色にグラスの水を変へてゆく父のインクはブルーブラック

長門峡の左岸右岸は花ざかり岸躑躅咲きむらさきあかり


# by minaminouozafk | 2021-05-11 06:00 | ブログ記念日 | Comments(2)

岸躑躅 百留ななみ


今年のゴールデンウイークもコロナ禍の最中。

人混みは避け自然のなかで遊ぶ。天気がはっきりしないから山は断念。

ハイキングしつつ道の駅めぐりをする。


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まず下関北部の道の駅 蛍街道西ノ市から。開店したばかりであまり人がいない。とれたての山菜、つきたての草餅を買う。近くの豊田湖畔公園を散策。むかし子供たちとオートキャンプをしたことがある。ベンチで草餅を食べて日本海へ抜ける。小さな道の駅だが海に面している穴場、萩・さんさん三見へ。手作り干物やお惣菜、野菜を買う。食堂はオープン前なのにかなり賑わっている。


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萩市内を抜けて日本海沿いを走る。道の駅阿武町はすでに駐車場満車。ふたたび日本海沿いを田万川町方面へ。島根県との県境の手前でランチ。田舎の小さなお店だか、とっても魚が新鮮でおいしい。午後からは内陸へ。小さな小さな道の駅 ウリ坊の里もバイクでいっぱい。山口線に沿ってしばらく国道を走ると道の駅 長門峡。お目当ては阿東牛。午後三時過ぎで売り切れの部位もあったが、ステーキ用は買うことができた。



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とりあえず食料は手に入れたからちょっと長門峡を歩く。そういえばゴールデンウイークに訪れたのははじめてだ。駐車場は多かったが遊歩道を歩く人は少ない。歩き始めてすぐ、対岸にピンクの花。


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水面すれすれのピンクはずっと続く。よく見ると足元の下の水辺にも同じピンクの花。近寄ってみると躑躅だ。ミツバツツジに似ているが、ミツバツツジはもう終わっているし、もう少し紫がかっている。しばらく両岸のピンクを楽しみながらすすむ。


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少し視線を上げると藤のむらさき。


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今日はあまり時間がないので途中で引き返したが、往復ともずっと岸すれすれの躑躅の薄桃色。思いがけない嬉しいお花見。花の名前を知りたくて一花だけ連れて帰りました。 


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ネットで検索。岸躑躅そのまんまキシツツジです。


川岸ぎりぎりの増水したら水没してしまうような所に育つそうです。でも日向が好き。川幅のある明るい長門峡はぴったりの場所。護岸工事で少なくなって長門峡は岸躑躅の絶好の立地のようだ。たぶんあと10日ほどで、花は終わり新緑に紛れてしまう。ありがとう。出会いに感謝です。



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長門峡の左岸右岸の花ざかり岸躑躅いまむらさきあかり










# by minaminouozafk | 2021-05-10 07:23 | Comments(5)

楓のたね 大西晶子


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昨日の福岡県でのコロナ感染者数は519人とこれまでで最高になった。県の要請を待たず、福岡県はいま緊急事態宣言を受けている。飲食店やその関係の職場の方たちは深刻な影響を受けるのだろうと思うと胸が痛い。


昨日の午後、いつも支部歌会で会場に使っているアクロス福岡のオフィスから「630日までコロナ禍による会場のキャンセルを無料にします」という趣旨の文書がとどいた。たぶん520日をめどに開催を決定する6月の支部歌会はまた開催できないだろう。しかしコロナウイルスが変異株に変わり、伝染力が強まったり重症化する人が増えたりしているのなら、緊急事態宣言はやはり必要不可欠の措置だ。ワクチン接種が始まっているが、全員にいきわたるまでにはまだ長い時間がかかるだろう。



早苗さんの54日のブログ記事に「試算では90%の人流を止めれば28日でコロナ禍は収束できたかもしれない」という意見があると読み、GoToキャンペーンで旅行を推奨したことや二度目の緊急事態宣言を半端に短くしたことなど、一貫性のない政府の方針にあらためて腹が立ってきた。

オリンピック開催予定日まであと75日と迫っているがこれも一体どうなるのか、まだ先行き不明だし。


そんな怒りは誰かに当たり散らすわけにもいかないので、せめて美味しい物でも食べて気分転換をしようと夕食に使うパセリと大葉を摘みに庭に出たら楓にたくさん種ができている。プロペラ型のこの種を見ると毎年柊二の『群鶏』の一首を思い出す。


(かへるで)のプロペラ型の実を見れば南風(みなみ)うけつつそよがぬぞなき


 二・二六事件から2~3か月後に詠まれた歌だ。柊二のそのときの思いはどうだったのだろうか、「そよがぬぞなき」が気になる。

 今日の夕方は風が無くそよいではいなかったが、夕日に透ける種の美しさにしばらく見入っていた。


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い出て来し庭で毛虫を見つけたり変はりばえせぬニュースに倦みて







# by minaminouozafk | 2021-05-09 11:56 | Comments(5)