花言葉  大野英子

今年の母の日は超結社歌会だったので前日、カーネーションの鉢植えを墓前に供えた。
どの季節も花で溢れるこの墓地はこの時期、薔薇が盛りだった。
母が1番好きだった黄色い薔薇も美しい。
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カーネーションなんか不要だったかな……

こちらは4月に紹介した落ち実の楓。
しばらく行けないと心配なので、わが家のベランダにお引越し。
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鉢も一回り大きなものに植え替えた。すくすくと育ち、2枚だった葉も6枚に増えている。
楓の育て方を調べていると、なぜか出てきた花言葉は「大切な思い出」
そういえば、父も山で色んな木の新芽を見つけては持って帰り、盆栽に仕立てていた。今では盆栽用の小ぶりな鉢ばかりが残る。
この楓はどんな枝振りに育ってくれるのだろう。先ずは、本当に育つのか。

実家の芍薬は、昨年より一回り大きくなって開花した。
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      きつと父もこうしただらう潮風を浴びる楓は海色の鉢
      黄のバラは母を思はせすがすがと揺れる五月のひかりたづさへ


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# by minaminouozafk | 2018-05-25 06:36 | Comments(0)

今日は涼しい写真を。

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ここは美祢市の別府弁天池。

秋吉台の近くに位置していて、地下水が毎秒186リットル、毎分11トン湧き出しているという。透き通った水はコバルトのふしぎな色。

名水百選にも選ばれ、飲料水や灌漑用水として使われている。傍にはニジマスの釣り堀もあってニジマス料理を楽しむこともできる。


映っている鳥居は別府厳島神社の鳥居で、弁天池はその境内に湧き出している池。昔この地を開墾した長者が水に困り諏訪明神に祈ったところ「弁財天をまつり青竹をつえに水をたずねよ」というお告げを受けて見つけたという伝説が残る。弁天様はもとはヒンドゥー教のサラスヴァーティーという水の女神様という。



インスタ映えするという評判に、この日もたくさんの人が訪れていた。


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近づくと透明な水。でも少し離れるとブルーに見えるのがふしぎ。

よく見ると魚の影もあって、生きている水だとわかる。

この水を飲むと長寿が保たれ宝に恵まれるとも書かれていた。




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歴史を感じる石橋




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境内には大樹が立ち並んでいる。これはムクノキ。

思わず見上げてしまう。


慌ただしく過ぎる毎日。けれど、知らないどこかで湧きつづける清らかな水があること。そのことを嬉しく思う。


湧きやまぬ泉のごときもののあれ目先忙しきこの日常に


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# by minaminouozafk | 2018-05-24 05:34 | Comments(4)

  昨日、早苗さんが水上芙季さんの福士りか歌集『Sainte Neige』評「プラチナのひかり」を紹介した「コスモス」6月号は、歌書・歌集批評特集号である。



 あれは3月初旬のことであった。来る6月号で、祖母前田茅意子の遺歌集『いづこも桜』(柊書房)を取り上げるむねのお知らせをいただいた。文書には、批評執筆者を誰に頼むか希望が出せることなどが書かれてあった。祖母が生きていたなら、誰に書いて欲しかっただろうかと、ちょっと思ったけれど、私は迷わず同封の葉書に「お任せします」と書いて投函した。ふさわしい人が書いてくださることになるだろうという予感があったのだ。



 しばらくして高野さんから、晶子さん(コスモスの福岡支部長で、このブログの日曜日の記者の大西晶子さんである)に依頼したことを伺った。



 晶子さん。――いい予感は当たるもの。



 先日、待たれた6月号がとどいた。


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 晶子さん評「鯨まつりの島に生き」。晶子さんの、祖母の人生を掬う手つきはやわらかくて慈しみ深くて、まるで鎮魂の連祷を聞くようである。私は読みながら、なんど祖母によかったねと話しかけたかしれなかった。



 おのずから英子さんの記事(「南の魚座」3月30日)が思い出された。英子さんは祖母の命日(3月31日)に間に合うように、お渡ししたばかりの歌集を読んで書いてくださったのである。



 『いづこも桜』はなんて幸福な歌集なのであろうか。


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                 《今年の桜》



  後ろ手にエプロン解けばゆふぐれぬ 永遠(とは)にまへゆく祖母のゐること



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# by minaminouozafk | 2018-05-23 06:03 | Comments(6)

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『Sainte Neige』(青磁社)
栞紐はプラチナブルー。
北の空のような、水のような。

福士りかの5冊目の歌集『Sainte Neige』(サント・ネージュ)を読んだ。



1986年コスモス入会。

20代前半から短歌に関わり、以来、歌人と国語教師、娘で孫で伯母で、という忙しいながらも豊かな日々を送ってきた。本歌集にも、こうした暮らしの端緒が詠まれ、ますます加速するりかさん(こう呼ばせて下さい。「福士の……」とか、無理)の生の充実が感じられた。

この点については、先日届いた「コスモス」6月号の、水上芙季氏の歌集評「プラチナの光」をご参照いただきたい。

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北国に棲む人間にしか描けない雪の表情のこまやかさに注目した優れた批評である。先行する芙季さんの論に、書くべきことはもう書かれてしまってはいるのだが、かれこれ20年にも及ぶ友人として、本歌集に鏤められた秘密の一端を繙き、記すことを容赦願いたい。


「相聞の福士」が通り名であった。りかさんは津軽の人。170センチ近い長身で、大陸的なスケールの美人である。20代、30代を詠んだ『朱夏』、30代後半から40代の『フェザースノー』には表現の質の違いはあれど、多くの相聞歌が並び、その容貌と相俟って、衆目を集めた。40代半ばを過ぎて刊行された『りの系譜』では物語に仮託する形で相聞が詠まれ、方向性の新しさに注目した。では、本歌集『Sainte Neige』における相聞歌事情はどうなっているのだろうか。もうりかさんは恋をしていないのだろうか?いや、そんなはずはない。歌集の装幀の新雪のような手触りを楽しみながら、幾たびも読み返す。すると、やはり……。


・若草をそよがすほどの風が立つひとつの影が身を分かつ時

・忘れゐきわれが楽器であることを露を宿せる草であることを

・水底より引き上げられしたましひの出会ふひかりを恍惚とよぶ


49頁掲載の3首。1首目は帯にも掲載されている。甘やかで、でもさびしい印象の歌。単体で鑑賞すればそうなのだが、続く1首を得て、見える景は一変する。もうみなまでは言わない。「忘れゐき……」、この1首はまさに「相聞の福士」の面目躍如たる秀歌である。結句の字余りが言い足りないこころの余韻を表す。そしてその余韻は3首目の「恍惚」へと導かれてゆくのである。


本歌集随所にひそやかに置かれている相聞歌。それを探しつつ読みすすむのも面白い。それが本当に相聞なのかどうか、作者に尋ねたりするのは野暮である。恋は「孤悲」。ひとり静かに思うものなのだ。


相聞歌の難しさは、その「賞味期限」にある。恋は若者のもの、という観念はいまだ、いかんともしがたい。歌の巧拙より以前に、素材の吟味をされてしまう。40代以降のりかさんは、実はずっとこのジレンマと格闘していたのだと思う。年齢を重ねるうちに、激流のような恋情は徐々に清冽な伏流水となって作品の底を流れているのがわかる。聖なる水の循環。


・氷点下十三度の朝プラチナのひかりをまとふ(サン)なる(ト・)(ネージュ)


掉尾の、そして歌集名の由来でもある1首。『Sainte Neige』は表現された世界の輪郭をなぞって読むだけではその妙味を味わい尽くせない。その輪郭の背後に躍るひかりの粒や、静かに拡散する音の気配を楽しんでほしい。多分そこに、今のりかさんの相聞がある。



   永遠の半身として北に棲むうたびと思ふその生思ふ



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りかさん、ごめん。初対面のときの写真を掲載しました。
平成10年初夏。浦安の全国大会。私のお腹には8カ月の娘がいました。
懐かしい。


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# by minaminouozafk | 2018-05-22 08:32 | 歌誌・歌集紹介 | Comments(6)

ドロップ  百留ななみ


缶入りのドロップをもらった。


懐かしくて、可愛くてついつい買っちゃった・・・と同世代の友人。JRの駅で売っていたようだ。

サクラクレパスの絵柄の缶。クレパスはお道具箱に入れてたよね。幼稚園の時はべたっと塗れるクレヨンのほうが好きだった。

たしかドロップを作っているのはサクマだったはず。よく見ると缶の側面には、販売者サクマ製菓と書いてある。

たぶんこの缶はサクラクレパスとのコラボの缶カン。


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むかしの記憶では赤い缶だったような・・・

さっそくネット検索をすると懐かしい赤い缶がありました。それだけでなく緑の缶もありました。

赤の缶 : サクマ式ドロップス  佐久間製菓

      イチゴ、レモン、オレンジ、パイン、リンゴ、ハッカ、ブドウ、チョコ

緑の缶  :サクマドロップス   サクマ製菓

       イチゴ、レモン、オレンジ、パイン、リンゴ、ハッカ、メロン、スモモ



もともとは同じ会社だったようだが、番頭さんが起こしたのが佐久間製菓の赤い缶。息子さんのがサクマ製菓の緑の缶。

味も微妙にちがう。今回いただいたのはサクマ製菓なので、メロン・スモモが入っていた。スモモはきれいな水色でちょっと酸っぱくておいしい。

チョコ味も舌が覚えているのでたぶんサクマ式ドロップスもよく食べていたのだろう。


ハッカ味。なつかしいが苦手だった。

子供の頃は缶を振ってハッカが出てくると私的にはハズレでこっそりもう一回やっていた。

もう50代・・と久しぶりに舐めてみた。うぅぅん・・やっぱり微妙に辛くてそして甘い。

なつかしい缶カン。

せっかくなのでスモモとリンゴとハッカはひとつずつ食べてしまったが、それぞれの数を調べてみた。


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ちょっと偏りあり。ハッカは3個。

買ってきてくれた友人に写真を送信すると、「私のはこれです」と返信があった。友人のほうがハッカが多い。6個もある。


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なつかしいレモン味を舐めつつネット検索を続けると、最近では缶入りのドロップスは災害時などの非常食にもなっているようだ。


サクマ式ドロップスもサクラクレパスもたぶん50年間・・・ほとんどそのままなのではないか。

サクマ式ドロップスは1908年の発売。なんと110年。1913年には缶入りを売り出した。缶入りも100年を超える。ロングセラー商品としては92歳の義母が遠足の時に持っていっていたという黄色の森永ミルクキャラメル、明治ミルクチョコレートは定番だろう。


時代のスピード感について行けてないと思うことしばしば。


無意識に缶カンを振ると今度はハッカ。ゴメンナサイと言いながら缶にもどした。大人のおやつタイムは終了。


涼し気なドロップの色は初夏が似合う。


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オレンジのドロップひとつ転がりて五月の夜は小童(こわつぱ)ばかり





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# by minaminouozafk | 2018-05-21 06:50 | Comments(6)

5月20日(日)、コスモス福岡支部出前歌会@アクロス福岡セミナー室2。

今回は東京から、桑原正紀氏をお迎えし、13:00〜17:00の4時間で、作品38首の批評及びミニ講座をお願いいたしました。
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終始柔和な笑顔を絶やさない桑原さん。けれど、鋭い批評眼で指摘する点は逃さず、抜群の添削力で提出作品に点睛していきます。

・たくさんの人間を乗せ飛行機がまつすぐ西の空に消えたり

このまとまっているけど、ちょっと物足りない歌が、桑原さんの添削をいただくと、

・たくさんの人間を乗せいつぽんの光の筒が西空に消ゆ

となる。うーーーん……すごい。飛行機を飛行機と言わず、独自の比喩表現にした途端、モチーフは同じでも、一気に個性的な作品になりました。なるほど。

他にも、事実とは違っても、読者の解釈を迷わせる場合は整理して作品化すべき、とか、破綻のない出来過ぎた作品は、逆にどこか壊して詠む、とか、たくさんの助言をいただきました。ありがとうございました。

桑原さんセレクトの三首。

・命名は唐の詩人かも知れぬ陽に光りつつ「紅娘」走る 西山博幸

・靴下に石鹸箱を差し込みて破れかがるを少女見詰むる   尾羽根孝子

・ライブ中ギターの弦が切れたのをごまかすやうにプレゼン続ける 池田たけし

お三方、おめでとうございました。

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その後、ミニ講座「桜の系譜」。西行の歌を中心に桜を詠んだ歌を鑑賞しました。桑原さんによると、桜の歌に精神性を付与したのは西行がはじめであったのだそう。北面の武士、佐藤義清であった男が西行となる半生を辿りつつ、西行の内なる桜を逍遥したのでした。素晴らしい。これまた、桑原さんに大感謝です。


懇親会は、福ビル地下の「御膳屋」で。
楽しい時間を過ごしました。桑原さんの穏やかなオーラに癒された1日。厳しい批評会のはずがなんとも心が温かくなったのでした。

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南の魚座による桑原さん包囲網。

桑原さん、ありがとうございました。
ぜひ、またご来福ください。


西行のうちに刷かれし一点の紅(こう)ほのぼのと説く桑原氏

✴︎なお、この出前歌会は、「水城」271号に詳しく掲載いたします。お楽しみに。



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# by minaminouozafk | 2018-05-21 00:19 | Comments(3)


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市内のユリックス図書館で娘がよく本を借りる。ときどき私も借りてきた本を見せてもらう。そんな一冊が上記の『翻訳できない世界のことば』。作者はエラ・フランシス・サンダース、2014年に発行されたときは20代の女性。さまざまな国に住んだ経験があるイラストレーターだそうだ。

みひらきの2頁にひとつの言葉が書かれ、左ページには作者のコメントと言語(例えばJAPANESE)、右ページには翻訳できない言葉(例えば KOMOREBI,木洩れ日)がイラストと書かれている。


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KOMOREBI 木の葉のすきまから射す日の光。木洩れ日>
作者のコメント「まばゆくて目を閉じてしまうほどに美しいもの。緑の葉のあいだをすりぬけた光は、魔法のように心をゆさぶるでしょう。」

日本語はTUNDOKU、WABISABIと木洩れ日の3つが紹介されている。


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わびさび生と死の自然のサイクルを受けいれ、不完全さのなかにある美を見出すこと。>

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                        つんどく


<PORONKUSEMA(ポロンクセマ) トナカイが休憩なしで、疲れず移動できる距離>フィンランド語
GURFA (グルファ) 片方の手の平にのせられるだけの水の量。>アラビア語



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KALPA(カルパ) 宇宙的なスケールで時が過ぎていくこと。>サンスクリット語

その国の生活や思想が滲んでいて、私たち日本人には思いつけない言葉だ。


くすっと笑ったのがDRACHENFUTTER(ドラッヘンフッター)ドイツ語。

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<直訳すると「竜のえさ」。夫が悪いふるまいを妻に許してもらうために贈るプレゼント。>

左ページの作者のコメント、「火を吐く龍はそうやすやすとは手なづけられません。夫が三時間遅れて帰宅したり、バスケットの試合を見ていて大切な記念日を忘れたり。妻はプレゼントでごまかされるべきではないけど、やっぱり許してしまうものです。」


<SAIDADE(サウダーデ) 心の中になんとなくずっと持ち続けている、存在しないものへの渇望や、または愛し失った人やものへの郷愁> ポルトガル語

 新田次郎の遺作を藤原正彦が完成させた小説『孤愁 サウダーデ』はサウダーデを胸に持ち続け、明治時代の日本に住んだポルトガル人の文筆家・外交官のモラエスが主人公。
日本人にも似た感覚がありそうだ。日本語では「翻訳がむつかしい」くらいなのかもしれない。


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他にも紹介したい面白いことば、美しいことばがたくさんある。できれば今しばらく手元において、お茶でも飲みながら読みたい、あるいはイラストも明るく綺麗なので眺めていたい一冊だ。


翻訳のできない言葉「ピサンザブラ」バナナいつぽん食べ得る時間 晶子


★ピサンザブラ マレー語







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# by minaminouozafk | 2018-05-20 00:00 | Comments(6)