11月2日、白秋祭の帰途、西鉄電車車中の出来事。北原白秋顕彰短歌大会に参加したわれわれ「南の魚座」組、講師の高野公彦さんとともに特急に乗車。高校生の帰宅時間に重なったのか、車内はそこそこの混み具合で、私たちの前にも女子高生が立っていた。


高野さんを囲んで、短歌関連の話をあれこれ。染野太朗さんが来てくれて、福岡歌壇が一気に盛り上がったとか、山下翔さんの『温泉』が現代歌人集会賞を受賞したとか、今年の筑紫歌壇賞は「短歌人」の野上卓さんの『レプリカの鯨』だったとか、なんということもなく近況を話していたのだが、ちょっと気になることがあった。


それは、件の目の前の女子高生。「染野さんが……」と言うとはっとした表情でこちらを見る。「現代歌人集会賞」という言葉にもまた反応。「短歌人」、「筑紫歌壇賞」というワードにも関心を示している様子。「この子、ひょっとして短歌に興味があるのでは?」と、話しかけようと思ったところで、彼女の方から「ひょっとして、短歌関係の方ですか?」とストレートな質問が飛んできた。


ああ、やはり。気のせいではなかった。短歌に興味のある子だったのだ。そこで、「こちら、高野公彦さんですよ。」と(鬼の首を取ったように)言うと、


「えええええええ、そうなんですかあああ。信じられない。私、短歌にすごく興味があって、大学では国文学を専攻したいと思っているんです。」


との答え。それを聞いていた高野さんもかなりびっくりした表情ながら、ちょっと嬉しそう。ふふふ。

頬を紅潮させて、高野さんを見つめる女子高生。可愛いなあ。ここ福岡で歌人高野公彦に電車の中で出会う確率って、そう高くないと思う。そんな偶然を引き寄せた彼女は、運のいい人なのだろう。しかし、それ以上に彼女は努力の人なのだと思う。短歌が好きだと思ったら、そのことについて調べたり、学んだりしていたのだと思う。日頃の積み重ねがあったからこそ、電車の中で交わされる会話の中の「短歌関連ワード」に敏感に反応したのだと思う。この運を引き寄せたのは偏に彼女自身の向上心なのだ。


神様はその時必要な人やものにお引き合わせ下さるという。ただし、それはあくまでも最後の一押し。本人が頑張ってあともう一息というところまできたとき初めてその恩恵に与ることができるのだとか。彼女は頑張ったんだろうなあ。だから神様が高野さんに引き合わせて下さったんだろうなあ。

私たちが降りる駅の一つ前の駅で降りていった彼女の後姿にエールを送りたくなった「南の魚座」組一同であった。


切支丹でうすの魔法 女子高生が電車で高野公彦に遭ふ


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# by minaminouozafk | 2018-11-20 01:32 | Comments(0)


夜になったら電気をつける。子どもの頃からあたりまえだった。


デジタルにはついていけないアナログ人間というが、私はアナログだって解っていないことだらけだ。

空の電線をたどれば日本全国どこへでもつながっているはず。



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ケーブルのなかを流れる電気を思いつつながめている・・・青空に白い碍子があちらこちらにある。

そういえばブラタモリの有田編で有田焼の碍子のことをやっていた。

碍子は磁器製。電気の絶縁のために必須。

碍子の会社といえば日本ガイシ・・・調べてみると元はノリタケカンパニーの碍子部門だったらしい。さすが日本の陶磁器。もっと調べると有田焼では香蘭社で今も碍子を作っている。

高い電線の碍子は見えないが、地面に電線を引き込む途中の玉碍子は肉眼で見える。よくみると青い文字がみえる。いくつか見てみると同じマークのようだ。


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カワソーテクセル株式会社製品。「せとものの町」瀬戸市の食器製造業として明治10年創業。ほとんどが今のロゴマークだが昔のロゴマークも発見。



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たぶん藤津碍子製品。

佐賀の会社なのでやはり有田焼と関係があるのかも。

碍子を見上げつつの散歩は楽しいが怪しげかもしれない。

香蘭社のものをと探すが長府にはないのかもしれない。帰ってホームページを見るとしっかり碍子の説明。そして玉碍子の販売もある。ブラタモリ人気で急遽ネット販売をはじめたようだ。香蘭社の蘭や鳥や唐草の絵付けがされてペーパーウェイトにもなるようだ。

残り7個、ええいっとネットショッピング。



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香蘭社のマーク入り。けっこう重い。つやつやでちょっとしたオブジェ。

地中化で電線のないすっきりとした街はまだ少数。日本の世界の空は電線が碍子が縦横無尽だ。

神様が空から大きなハサミでチョキチョキ電線を切ったり、碍子をもぎとってしまったら・・・と不謹慎な想像をする。

電線さえ要らないスマホからパソコンからの電波。ちょっと怖いが便利で今や必需品。人間には見えないが神様の目には映っているかもしれない。もしかしたら見ることのできる生物がいるかもしれない。

たまたまふと気づいた碍子。われわれが生きていくうえで必要不可欠。しかし見えていない、知らないものは本当に膨大だと思う。節穴だらけの眼であることを自覚、そして慎ましくありたい。

小さな有田焼の玉碍子の静謐なひかり。手のひらに包むとじゅわっと体温が伝わる。しばらく飾り棚の隅に置いておこう。




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蒼天に碍子の白のきらきらし知つてることはほんの一片







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# by minaminouozafk | 2018-11-19 07:22 | Comments(6)

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 いま博多座に歌舞伎「あらしのよるに」がかかっている。
 狼と山羊が嵐の晩に一つ屋根の下で過ごし友達になるというこの童話が話題になったのはずいぶん前だったような気がする、原作の絵本が出版されたのは20年以上前のことらしい


登場するのが動物ばかりのこの物語を歌舞伎にしたものが一体どんな舞台になっているのか、好奇心もあり見に行った。

見に来ているのは私と同じような中高年女性が多いが、若い男性のグループが何組か目立っていたのはいつもと違う。原作が童話なのに週日なので子供は数人、ちょっと惜しいと思う。

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             がぶとめいをかたどったクリームパンと、記念写真撮影用の場所



 幕が開くと狼たちが踊る、衣装は山賊風で長いしゃぐまのような黒毛の鬘と耳、顔はそれぞれに隈取されている。浄瑠璃はラップみたいで、三味線も太い音でじょんがら風、舞踊も切れの良いストリートダンス風とやや洋風。
 山羊たちは白い着物と袴に肩から長い毛が垂れている。歌舞伎は顔の隈取で動物にも為り易そうだ。


狼の「がぶ」の中村獅童の「○○でやんす」と語尾に付ける嗄れ声が楽しい。山羊の「めい」の尾上松也の中性的で丁寧な物言いと良い対照だった。


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            上の絵が舞台になると、、、下のように。

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ストーリーはご存知の方が多いと思うが、狼と山羊が仲良くなるが、それを周りの山羊たちが心配したり、狼の中には利用して山羊をたくさん食べようとしたりするうちに、敵討ちも混りと、歌舞伎らしい展開になり、最後まではらはらさせてハッピーエンド?に終わる。


見ているうちに気が付いた、もともと歌舞伎は邦楽のミュージカルなのだと。音楽や踊りのジャンルは違っても、お芝居と音楽と踊りが一つになったものという点では共通している。歌舞伎役者は歌わないが、浄瑠璃や長唄がその分を語り歌う。登場人物も地謡もが謡う能はもっと近いかもしれない。日本古来の芸能はミュージカルだったのかと改めて思った。


月の夜に遠吠えをする狼の失せてさびしき日本の山野

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# by minaminouozafk | 2018-11-18 07:33 | Comments(7)

 先週の土曜日、西南学院大学で開かれたシンポジウムに夫と行ってきた。テーマは「発禁と検閲―英米中にみる生の枠組みの変遷」。

 息子がこのテーマの中国の部分を担当するということで、珍しく来てもいいよと声がかかったからであった。まだ新しい学舎は赤煉瓦風の壁が秋の空の青さに際立っていて、土曜日ということもあってか、小さな子供を連れた人もキャンパス内で見受けられた。お昼どきだったので学食に行くと、ランドセルをしょった小学生とお母さんで満杯になっていた。安いので近所の人たちも気軽に利用しているのだろう。


 シンポジウムは大学内のコミュニティーセンターで開かれ、登壇者は息子と同年代の英米中の文学や映像、音楽の研究者だった。広くお知らせをしてなかったので参加者数を気にしていたが、それでも10人を超える人が集まりそれぞれの講演に真剣に耳を傾けていた。

 中国ではすでに紀元前213年の「焚書」という形で初めての「禁書」が登場し、この時儒生460余人が穴に埋められたという。その後反対に儒教の重要性が高まり、その絶対的地位が確立されると皇帝の権力と結びつき天文・占い、仏教、老荘に関する書物も頻繁に禁止されたそうである。近世になり清の時代には「読むべき」本が選定され、その中に入らないものは「禁書」だとされたこともあったという。


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 英国でも同様に政治的、宗教的、性的理由によって古くから「禁書」「焚書」が報告されている。アメリカでは現在も『禁書週間』というものがあって、その年の禁書がランキングをつけて発表されるそうである。過去においてあの世界的ベストセラーの「ハリーポッター」も禁書として報告されたという。理由はそのオカルト性、魔法、サタニズムなどがあげられたが、時期が2001年から2003年ということでその裏に9・11の影があるのではないかとも言われているという話であった。


 難しい話で退屈するのではないかと危惧しながら参加したのだが、時間はあっという間にすぎ、過去の歴史を振り返ることは、今私たちが置かれている時代を考える上で必要な事だと改めて確認したシンポジウムだった。

 大学の改革などが議論されると、真っ先に文学部などの人文科学系学部や大学院が名指しされるのだが、直近の結果を求めるものだけが学問ではないと私は思っている。この日講演した若き研究者たちが安心して研究に打ち込める環境が整うことを願っている。


学食のランチと真剣に聴いた講演に、遠い学生時代を思い出した一日であった。


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<学食のランチ、美味しかった!>


   平積みの本よりゆかし店奥の書棚にならぶ文字のつぶやき


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# by minaminouozafk | 2018-11-17 11:29 | Comments(7)

先週初めの月曜日、突然やってきた。
仕事中、周りを見回す私の目の前をコバエが飛び回る。
手で払っても払ってもまとわり付く。

あれ、何か違う。
眼鏡が汚れているのか、マスカラがダマっているのか確認するが異常なし。

はたと、思いネット検索。
ああ、やはり飛蚊症の症状……

以前から、明るい空を見るときに羽虫のようなものがぶわっと現れるのがそうかと思っていたが、全然違う。

数人の仲間に話すと、すでに飛蚊症の人の多いこと!
ユリユリからは、病院に行っても加齢のせいだと言われるだけと哀しい話まで。

そうよね、加齢よね。
最近、常に痺れている足、股関節痛、言葉が出て来ない、疲れやすい、などなど思い当たる事ばかり。

馴れるしかないと言われるが、料理中や食事中のコバエ風や蚊風はちょっと参る。夏になってホンモノにさえ、無頓着になるのは嫌だな~。

そんなこんなで、近頃は飛蚊症症状が消える夕暮れ時や暗いところがお気に入り。
中央の黒いものは私の飛蚊症ではなく、旅客機のシルエット。

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        蚊が住みて汚れちまつたわが視界羽音せぬこと良しとうべなふ


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# by minaminouozafk | 2018-11-16 07:12 | Comments(6)

舟越保武  鈴木千登世

去年の夏、仕事で仙台を訪れた時に泊まったホテルで、美しいブロンズの彫刻を見た。

清楚で静謐な少女の像の作者は舟越保武。長崎の26殉教者記念像の作者である。

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舟越との出会いは高校生の時の新聞の連載小説。毎日新聞に連載された井上靖の『流砂』の挿絵だった。考古学者とピアニストの恋の話とともに日々添えられる挿絵が美しく印象的で、毎朝新聞を捲るのが楽しみだった。今になってなぜスクラップしておかなかったのかと悔やんでいる。


舟越は文筆の方にもその才能を発揮して、エッセイにも定評がある。『巨岩と花びら』『石の音、石の影』という画文集を出版していて、『巨岩と花びら』は日本エッセイストクラブ賞を受賞している。幼い息子の死を描いた「水仙の花」(『石の音、石の影』所収)は高校の教科書にも載せられていた。


『巨岩と花びら』に「一枚の葉」という作品がある。15歳の夏の終わりに簗川の橋のところで見た一枚の葉にまつわる話である。

      

このとき私は、眼の前のこの一枚の葉を生涯忘れまいと、なぜか心に誓った。たった一枚の葉を心に焼きつけておこうと決心した。~中略~
 私が大人になり、老人になってからも決して忘れまい。いま眼の前にあるこの一枚の葉を、色も形も、葉脈に当たっている夕陽の陰影も、このまま私の中に焼き付けておこう。   「一枚の葉」


川岸で目にした一枚の葉を凝視する行為やその心が強く印象に残って、ちょうどそのころ保育園に娘と息子を預けていた私は、この文章に刺激されて、二人の姿を見つめたことがあった。紺のチェックのワンピースを着た娘とまだおむつのとれない息子が手をつないで、真っ直ぐ園舎に歩いていく。いつもの光景。振り向くこともせず、それが当然だからというように部屋の中に入っていった。20年以上経っても、そのときの二人の背中が目に浮かぶ。


ホテルで舟越の彫刻を見たときに、幼い娘と息子の背中を思い出した。


手をつなぎ園に入りゆく二人子のちひさき決意秘めたる背中












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# by minaminouozafk | 2018-11-15 06:00 | Comments(7)

「水城」  有川知津子


「水城」は、コスモス福岡支部の支部報です。この度、お蔭様で第271号を発刊することができました。



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現在、年に3回のペースで出しています。私が福岡支部に移った3年前には、もう、年3回でしたが、その前は、年4回だったと聞いています。「コスモス」の創刊が、1953年(昭和28年)ですから、おおまかに数えると、「コスモス」の創刊とほぼ同時に、「水城」はスタートしたことになります。



「水城」黎明期の先輩たちは、どんな気持ちで、雑誌の名前を「水城」と名づけ、第1号を送り出したのでしょうか。「水城」の創刊号を見たいと思っていますが、まだ叶いません。



「水城」の表紙には、吉祥紋様が印刷されます。この毎号変わる紋様は、支部長の大西晶子さんの選定(紋様が楽しみ、というお便りがときどき届きます)。271号は、左右のつばさを結んだ形の〈結び雁がね〉。中国の故事にちなんで、手紙のことを雁書ということがあります。〈結び雁がね〉を創案した人は、文を結んだ形を意匠化したのでしょうか。どこかとぼけたような表情が楽しい紋様です。



みなさまの元によき報せが届きますように。



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 コスモスの花のあはひを降(くだ)りゆけりときをりせせり蝶を立たせて



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# by minaminouozafk | 2018-11-14 06:43 | Comments(7)