旦過市場 大西晶子

 
 久しぶりに用があり小倉に何度か続けて行った。
 ついでに近くの旦過(たんが)市場にも行く。


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 小倉は私が育った町だ。両親が他所から来て親類も無く、近所との付き合いも薄かったので、あまり故郷という感じがしないのだけど、やはり町並にはなじみがある。


 小倉の台所と呼ばれる旦過市場は変わっていない、もう何十年も変わらないように見える。



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とくにこの川に面した風景のなんと昭和チックなことか。



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              (傾いているのは撮映した私が傾いているので、街は平ら。)



 晩年の母が「涙が出るほどふるさと〈筑後)が恋しい」と言っていたが、私もここまで変化していない風景を見つけると、小学生だった頃にタイムスリップしてしまいそうだ。小学校のときには旦過市場の中の乾物店の子、果物屋の子が同級生に居たことも思い出す。



 私の家では大切なお客様を迎える時や誰かのお祝い、お正月などには魚を買いに旦過市場に行った。
 今回は来た時間が午後だったので、売れてしまったのかそれほど魚類の種類が多くなかったが、立派なガザミが鋏をゴムでくくられてお皿に盛られたり、クエの一尾丸ごと売られていたりしていた。
 新鮮な、刺身OKの鯖が3尾500円。「奥さん、しめ鯖にしたら良いよ~、安いやろ」と言われると断れない。



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 旦過市場、魚町銀天街を通り抜け、昔なじみのデパート井筒屋8階のレストランで遅い昼食をとる。窓から見える風景のビルのかげには通っていた小学校や実家の近所がある。
 実家があったのは写真右側、山の中腹の白い建物のさらに右の山のふもとだ。その土地も昨年手放した、いまは若いご夫婦が住んでいるはず。


 両親のお墓もなく来るのもまれになった街だが、来て見ると街に増えた新しいビルの間に懐かしい道筋や街並みを見出し、古い友人に会ったような気持ちになる。
 故郷は遠くで思うのもいいが、たまには歩いてみるのも悪くない。


   
  ふるさとの古き町並み友のごと迎へくれるよ角まがるたび 晶子


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# by minaminouozafk | 2017-12-24 09:12 | Comments(7)

我が家の雀  栗山由利

 以前、ブログにも書いたが今年になって二階の窓辺に餌台を作り、あまったご飯を撒いている。街中の雀は賢いのか餌に苦労しているのか、すぐに我が家の餌台に群がってきた。さすがに人影を感じるとバタバタッと飛び立つが、様子を伺いながら軒先や近くの電線に留まっている。夏を過ぎた頃だったか、雨風に打たれた餌台がある日根元からペキンと折れて下の地面に落ちていた。繰り返しやってくる大勢の雀の重さに耐えかねたのか、元々が安普請だったのか、その時に餌台に居合わせた雀はたいそう驚いたにちがいない。


 一応、部材は買ってはいるのだがいつの間にか寒くなり、窓をあけ放って作業をするのもしんどくなったので、雨戸のサッシのレールに洗った冷やご飯を置いている。


 彼らの朝は早く、まだ明けやらぬうちからカチャカチャとレールの上を歩く金属的な音が聞こえてくる。そうっと起き上がってその朝の餌待ちの様子を見ようとするのだが、私の頭が窓枠からちょっとでも出ようものならパサパサッと飛び立ってしまう。あまり驚かせて我が家に来なくなってもいけないので、写真に収めたいのはやまやまだが自重している。

 餌台から飛び立って近くに留まっている雀や軒先で待機している雀の影なら写すことは出来る。


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 これからの寒い間が雀さんたちも餌に苦労するという。次の餌台は幅はせまく、横に長いものにするつもりだ。そのほうが雀がカウンターに並ぶ状態になって多く留まれると思う。

 一念発起して新しい餌台を作ってやらねばならない。

   横跳びに二歩ちかづゐて同じ(かた)見やる雀に年の瀬の風


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# by minaminouozafk | 2017-12-23 11:07 | Comments(6)

博多リバレイン1FにあるHAKATAJAPANで工芸ガラスの鏡餅を買った。

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ほとんど物欲は失せているが、優しげなフォルムと柔らかな光の透明感に一目惚れ。10㎝程の小さなものだが、一点ずつ手作りなので、同じものは存在しないというのも魅力。
パンフレットを見ると宗像の垂水峠にある博多ビードロ粋(すい)工房の若い女性作家さんの作品。
この工房は今年「和風総本家」でも紹介されたようだ。
この鏡餅はきっと一人ぼっちの正月を明るくしてくれるだろう。

HAKATAJAPAN
は博多の伝統の博多織とオリジナルを融合させたバッグ、お財布、小物に始まり、ステーショナリーや陶芸、宝飾とのコラボ商品もあり、見るだけでも楽しい。

現在は木の実とスパイスのアート「大人のクリスマス&お正月展」のコーナーがあり、国産の藁や和紙、水引を使ったクリスマスリースやしめ縄の年末年始をシックに演出してくれる小物が展示販売され、しばし魅入った。飾りは蓮の実、松ぼっくり、シナモンなど天然のものが使われ温かみがある。
作家さんと少しお話したが、自然な風合いが優しい藁は魚沼産、作品を手がけるようになって、いろんな木の実に自然と目が行くようになったとのこと。うん、うん、よーくわかる。私も短歌を始めてから自然界がとっても愛おしい。

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      (残念ながら写真はNGでしたが、素敵なカードをいただきました)

今年は終了したが、毎年、ミニ松飾りを作るワークショップが開催されるとのこと。
短歌に追われた数年だったが、来年は違うことにもどんどんチャレンジしたい。

このワークショップにも来年は是非参加したいと思っている。


      身震ひをしながら生れし小さき花さびしき庭にめでる水仙


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# by minaminouozafk | 2017-12-22 06:36 | Comments(7)

12月になると「日本ではじめてクリスマスが祝われた」ということで山口市をクリスマス市とする観光キャンペーンが行われる。

音楽祭や絵本ライブ、クリスマスマーケットなど様々な関連イベントが行われ、あちこちにイルミネーションが施される。

仕事を持つ身はなかなか参加できないけれど、仕事帰りにイルミネーションは眺めてみたい。


「日本ではじめてのクリスマス」…これは宣教師のフランシスコ・ザビエルに由来するという。(山口では()ビエルと清音で呼びます()


室町時代の山口。大内氏は明との貿易で莫大な富を築き、京都から雪舟などの文化人が訪れ西の京と呼ばれるほど。経済的にも文化的にも豊かに発展していた。天文20年(1551年)に山口を訪れたサビエルは大内義隆にキリスト教の布教を許され、大道寺という廃寺を与えられたという。その後サビエルは大分に移ったけれど、他の司祭による布教が続き、翌天文21年の12月に寺を建て直した教会で降誕祭が行われたという記録が宣教師フロイスの『日本史』等に記されている。それが日本ではじめてのクリスマスという由来。





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写真(2枚)は以前にも早苗さんが紹介されていたカリグラフィー作家のひがしはまねさんの作品。こちらは毎年12月に入ると玄関に飾っている。 クリスマスツリーにはサンタに手紙を書いている子ウサギの姿とMay all your Christmas Dreams come true.(クリスマスの夢が叶いますように…で良いでしょうか)というメッセージ。

子どもだった頃クリスマスは最も心待ちにする日だった。昔々のささやかな思い出だけれど、心が疲れた時、楽しかった思い出はほんわりと心を温めてくれる。こんな昨今だからこそ幸せな思い出がたくさん生まれる日であってほしいと思う。




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クリスマスブーツが銀に輝ける昔の冬に響く声声



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# by minaminouozafk | 2017-12-21 06:16 | Comments(7)

万華鏡  有川知津子

先日、宮崎公立大学の「自主講座」でお話をする機会をいただきました。


講座の企画者は、日本近現代文学が専門の楠田剛士先生。

主な研究テーマが「原爆体験と文学表象」「戦後日本の文学・文化運動」であるのは、

先生が長崎出身であることに関わるでしょう。


さて、この日の講座の題目は「近代短歌の万華鏡――牧水、白秋、茂吉――」。

欲張りすぎ?……


今年もあとわずかという貴重な土曜日に、

会場にお運びくださったみなさま、心よりありがとうございました。

質問もたくさん頂いて、教わることの多い2時間となりました。感謝申し上げます。

またどこかでお目にかかることができましたら嬉しゅうございます。



その翌日。


ここは日向市東郷町坪谷。



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目の前にはバス停が。



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第6歌集『みなかみ』にこんな歌があります。


ふるさとの尾鈴の山のかなしさよ秋もかすみのたなびきて居り  牧水



せっかくですから(牧水がそうしたように)裏山にのぼって、

「尾鈴の山」を眺めることにしました。登るといっても50メートルほど。



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少しけぶっていました。

この日は寒くなるとの予報でしたが、なんのなんの。とてもいいお天気。



ところで、牧水といえば、このいでたち(ああ、ちょっと遠い)。



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この像は、牧水公園に「尾鈴の山」を仰いで立っていました。




  牧水の詠みし納戸におよぶ日の白きひかりは忘らえぬかも




関係者のみなさま、ありがとうございました。



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# by minaminouozafk | 2017-12-20 06:55 | Comments(9)

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宇田川寛之氏の第一歌集『そらみみ』(いりの舎)、鶴田伊津氏の第二歌集『夜のボート』(六花書林)を読んだ。


歌壇の人間関係に疎い私は、ほぼ同時期に恵送いただいたこの2冊を「とてもトーンの似た、まるで一対で読むべき歌集であるなあ…」などと不思議に思っていた。装幀も白と黒。出版社こそ違え、そこには相通する価値観のようなものが感じられた。

良い歌集を読み終えた深い充足感で2冊の奥付けをみると、そこには同じ住所が!

ああ、そういうことだったのか、と自身の無知を情けなく思いつつ、ではもう一度、と2冊を時系列で読み比べながら、あらためて楽しませていただいたのだった。


作品を引く。


『そらみみ』  宇田川寛之

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・誤植したやうに漂ふ雲ありて、落ち着きのないわれのたましひ

・午後四時の暖簾をくぐり夜まではまだあり呑めるところまで呑む

・ひとつひとつに付箋をつけるごと過ごす複数形の暮らしのはじめ

・化粧せぬきみの母なるやさしさよ若葉の午後はみどりご囲み

・生活のすべて数字に置き換へるさびしさ覚ゆ独立ののち

・路線図を飽かずに見たる子は覚ゆ都営三田線の駅名すべて

・父の日の父なきわれは父といふ背筋伸びたるひとになりたし

・子のひとひ、我のひとひの重なりのわづかにありて春の躍動

・精一杯やつたつもりのいちにちを明るく批判されてしまひき

・せいしゆんを漢字に変換してゆけどどれも馴染まず作業に戻る

・匿名の許されてゐるゆふぐれを行き交ふひとはみな他人なり



『夜のボート』  鶴田伊津

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・手術痕しろく残れるわたくしの下腹くすぐる羊歯の葉のあを

・もつれたる根をほどけずにいるごとく満身創痍 ええわどうでも

・「新宮はどこにあるの」と探しいる東京地下鉄路線図に子は

・赤ペンと原稿用紙、マーカーを並べたる子の「校正ごっこ」

・もう眠るしかないときに一番のかなしみを言う子の手を握る

・そこそこの母でよいのだ子の描くわたしの顔は笑ってばかり

・表情を直線にして子は立てり小さく揺るがぬプライドを負い

・子を叱りきみに怒りてまだ足りず鰯の頭とん、と落とせり

・ガムランの響くわたしの体内をあなたは知らぬ 知らぬままいよ

・みお、みお、と猫鳴くように子を呼びし日のわれ母というよりけもの

・空気とはよむものとなりさむざむと全休符めく沈黙ながす

・夜毎夜毎しずかに編まれゆくものか夢の被りしくさかんむりは

・うそついてないのに…ないのに…樫の木のようなからだをふるわせて泣く

・かなしみは手足に宿る この軽きひらがな書きのいじめがきらい

・踵から春ははじまり惑星の自転のはやさ感じておりぬ

・輪郭をはみ出しているよ駆けてゆく十一歳の逸るこころは

・茹で蛸をずんだずんだと切りながらゆうぐれという半端を端折る



過じょうなパフォーマンスがなく、内省的で落ち着いた詠風が、全体的なトーンを似たものにしているのだろう。もちろん一首一首を丁寧に読んでみれば、両者の作品質の違いに気づく。


宇田川作品にある屈託は、今を生きる人間の共感を呼ぶ。大きなドラマではない、日常の小現実を淡々と詠む。重心は社会との関係性に置かれ、家族、特に娘との関係は穏やかな時間の流れとして詠まれている。これは現代の30~40代男性歌人の特徴ではないかと思うのだが、やはり宇田川作品も若さの余韻と、繊細であるがゆえの不器用さが魅力のひとつとなっている。


鶴田作品はどうか。私はある時期の娘との関係を思い出して、懐かしく、そして苦しくなってしまった。この読みのコードは批評としてはアウトだが、感想としては許されるだろう。男性の育児参加が当然のこととして語られる昨今ではあるが、やはり母親の育児負担は大きい。肉体の疲労よりも精神の疲弊が深刻なのだ。子どもは可愛いばかりではない。接する時間が長いほど、愛憎の相克に苦しみ、幼児虐待も他人事とは思えなくなる。そんな時間の中で、詩情を失わず、時にはその相克を昇華して作品化した鶴田氏をこころより嘉したい。


東京23区生まれの宇田川氏、紀伊新宮生まれの鶴田氏。長い青春の尻尾を曳く夫を、気風の良さで盛り立てる妻。実際のお二人を存じ上げない私は、2冊の歌集から勝手にこんな想像をしてしまったのだった。


お二人の「あとがき」から引く。

・選歌と構成は家人の手を借りた。    宇田川寛之

・六花書林の宇田川寛之さんには何から何までお世話になった。一冊にまとまったのは宇田川さんのおかげです。ありがとうございます。    鶴田伊津


なんだか、美しい。



*「六花」vol.2 とっておきの詩歌


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この一冊も素敵でした。詩人・歌人・俳人が作品を詠まず、エッセイを書く。面白い試みです。コスモス関連では、巻頭に鈴木竹志さん、2号続けて大松達知さんが執筆、巻末には奥村晃作氏への16の質問があり、奥村節爆裂です。


  フランツとエリザベートのすれ違ふこころの声をそらみみに聞く




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# by minaminouozafk | 2017-12-19 00:01 | 歌誌・歌集紹介 | Comments(7)

半月の会  百留ななみ


1011日、まだ残暑の青空。およそ1年ぶりに昨秋の山口県短歌大会でお世話になったメンバーでランチをした。直後はくたびれて打ち上げしようねと言いつつズルズルそのままになっていた。もう打ち上げではないけどランチでもと声をかけるとみんなすぐにOK5人が集合。みんな香臈人のメンバーだが教室が長府と新下関なのでなかなか会うことはない。


関門海峡をながめつつ和やかにランチ。ちょうど11日はブログ記念日。みんな時々ブログをのぞいてくれているからちょっと南魚座も話題に。


しばらく登山や鳥の話ののち、みんな月11首の歌会では物足りない様子。お互いに言いたいことが言い合えるこのメンバーで勉強会をやってみよう、秋の海峡に背中を押され本当にささやかな会を立ち上げました。まずは名前から。海にまつわるのが良いかしら・・・半月はどうかしら?月は海とつながっているし。5人だからちょうど半分だし。10人の?とか盛り上がって半月の会に決まりました。


とりあえず3か月に110首、当番の歌集紹介から始めようということに。南魚座から生まれた小さな小さな卵。とりあえず孵化できるようにゆるゆる頑張ります。


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ランチのあと御裳川公園を散歩。海峡越しに和布刈神社、大きなタンカーが行き交う。丸い石碑がある。今まで気づかなかったが、近寄ると松本清張のものだ。清張記念館は小倉なのだが、幼少期は下関の海峡沿いに住んでいたようだ。ちょっと興奮気味のわたしたちには石碑も月に見え、半月を応援してくれているように思えた。


家の裏にでると、渦潮の巻く瀬戸を船が上下した。対岸の目と鼻の先には和布刈神社があった。山を背に鬱蒼とした森に囲まれ、中から神社の甍などが夕陽に光ったりした。夜になると門司の灯が小さな珠をつないだように燦く。   松本清張「半生の」より



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1回は126日に決定。イタリアンでランチをして13時から歌会を開始。


メンバーはコスモス所属の阿野康子、岡村美枝子、福本紘子、百留ななみ、塔所属の有澤裕紀子の5人。まず歌集紹介は塔所属の有澤さんによる高野さんの『無縫の海』。うれしい。5時まで休憩もなくとても集中した時間でした。



立冬のあしたに卸す大根をみぞれと呼べりつゆけき微光

阿野康子

息上がり北岳もうすぐ八合目チョコは十倍の付加価値を持つ

岡村美枝子

台風のあとの散歩の足の下プチッ、パチッ、ガサッ、カサッ賑やかな朝

福本紘子

歯を削る音に弱りて紙コップつかめばサンタとトナカイの赤

有澤裕紀子


次回の半月の会は37日の予定。


昨夜は曇り空だが今年最後の新月、いまから大きくなって戌年の始めは満月です。



青空に半月の白かぎりなき水母たゆたふ晩秋の海





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# by minaminouozafk | 2017-12-18 07:39 | Comments(7)