初詣 大西晶子

今年のお正月は、長女夫婦と1220日に退院してきた新生児の孫が一緒の、初めての三世代一緒のお正月だった。

初詣は宗像大社に行くのが一番良いのだけど、例年の車の渋滞を考えると敬遠してしまう。というわけで同じ宗像市内の八所宮(はっしょぐう)に4日になって出かけた。こちらは渋滞どころか、お宮のお世話をする方とほんの数人の参拝者のみ。

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                         拝殿から登って来た参道を見る


いつも通りの二礼二拝一礼のお参りで家内安全と平和を祈願した後、気になっていた狛犬を拝見する。
 宗像市の市報で今年の干支の犬にちなむ市内のいくつかの神社の狛犬の写真を見たのだけど、八所宮の狛犬は檻のようなものに入っていたのだ。

室町時代の作という木彫りの狛犬には盗難に遭い、中部地方で見つけられ八所宮に戻って来たという過去がある。


拝殿の前には石でできた比較的新しそうな狛犬も一対鎮座している。木の古い木彫りの狛犬はどこにあるのだろう。拝殿と本殿の横に回り見上げると、本殿の扉の両側に確かに檻のような金属のケースに入った狛犬が見える。中型犬くらいの大きさだ。


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よく戻って来られたね、と声に出さず話しかけてみる。もちろん返事はないが、なんだか笑っている様な顔に心が和む。


狛犬が盗まれているのを知った時の氏子さんたちの驚きと悲しみを想像した。このお宮では戦国時代に、氏子が生活を切り詰めて奉納した大切な鐘を朝鮮出兵の折の豊臣秀吉に持ち去られ、宮島の厳島神社に奉納されてしまったという出来事がある。(1959年に四百年ぶりに返還されたということだが、今はまたその鐘はの厳島神社にあるという。)


再び、今度は狛犬が盗まれたのだ。盗まれたのは数十年前らしいが、氏子さんたちの気持ちを考えると、住む土地全体に悲運が被ってくるような嫌な気持ちだったに違いない。
 本当にこの狛犬さん達が戻ってきてくれて良かった。それにしても、狛犬さんたちが檻に入らなくても良いような良い防犯の手立てがあれば良いのだけど。


この八所宮の八は祀っている神さまたちの数だ、また此処の神様たちは神武天皇の東征のおりには赤馬に乗り、皇軍を導いたという伝説もある。
それで赤馬→赤間(あかま)の地名が残っているのだとか。先月末の知津子さんの記事にあった美々津からの船出の東征と宗像の地が関係があることに驚いた。

 そんな八所宮の周辺に、冬の今はしんと静かな林が広がっている。

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      木より生れ数百年経しこまいぬの過去をかたらぬ阿吽の口もと
                                晶子






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# by minaminouozafk | 2018-01-07 11:19 | Comments(7)

年明けて  栗山由利

 平成三十年となり早六日。三が日も明けて仕事が始まると、一週間前のあの慌ただしさはなんだったのだろうという、いつもながらの生活が戻ってきた。そうは言っても、年末の29日あたりから始まる一連の狂想曲のような時間をこなさない事には、私にとっての新年はやって来ないのだ。夫と二人だけの正月だから、そこら辺でお節料理を予約して過ごしても良さそうなのだが、それが出来ないのが私の性分。四つ下の妹はフルタイムの仕事をしているということもあるが、私のようにカリカリしていなくて「出来しこ」(大分弁で出来ただけ)と言っている。そんなこんなで、自分の首を絞めつつ買い出し、掃除、お節の準備とこなしてやっと迎えた新年だった。


 そして明けて二日は恒例になった新年会で、今年も元気女子二人が訪ねてきてくれた。一人はこちらの大学を卒業して仕事をしている釜山出身の子で、そろそろ来日10年になる。あと一人は九大の大学院で学びながら、時々テレビのリポーターなどもしている中国の子だ。お土産に韓国コスメのフェイスパックと中国の青島ビールを持ってきてくれた。それに今年は息子も加わって、総勢五人での新年会となった。仕事のこと、勉強のこと、それぞれのお国の旧正月の話などで盛り上がりながらテーブルの上の料理をきれいにたいらげてくれた。お勧めは懇意にしている魚屋さんが吟味してくれる鰤の刺身で、あとは黒豆、ごまめ、金柑の甘露煮、がめ煮などなんのこともない料理なのだが、作り手としては本当に嬉しい。年末に頭と体をフル回転させて作った疲れも吹っ飛んで、次回は夏頃にはどうだろうなんて考えている。


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 生まれた国を出て、家族とも離れて勉強や仕事を続けることは決してたやすいことではないと思うが、彼女たちはいつもパワフルである。夫はなにかと相談にのっているようなので弱いところも少しは知っているかもしれないが、外国でしっかりと生活している様子に学ぶことは多い。それぞれに「わたしが日本に住む理由」があるのだ。


 中国で二年間学んだ息子は、今でも積極的に中国で開催される学会には参加する。彼らのような次世代を担う若者に国の間の壁を取り払うことを期待するのは、私たちの身勝手だろうか。それが出来なかった世代の人間の一人として、日本を知って好きになってくれる若者を増やす一助になればと思っている。


   新年に清しき風を運び来るをみな子二人外つ国に来て


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# by minaminouozafk | 2018-01-06 11:16 | Comments(7)

遅ればせながら、あけましておめでとうございます。
今年は年女、そして還暦。う~ん、複雑。
先ずは実家の玄関に、一年間私を迎えてくれる、母が好きだった天神さまと共に干支の戌を飾った。

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張り子の戌はななみさん宅のものとお揃いのよう。
ユーモラスな土人形は笛。しっぽを吹くとくぐもった声で鳴く。
もちろん氏神さまの宗像大社の一刀彫りも。 

父はお酒が弱い癖に、ぐい呑み、お猪口を集めるのが好きだった。
手を出しやすい金額だった事もあったのだろう。
正月になると、お屠蘇用に、いくつかを取り出して家族に好きなものを選ばせてくれていた。

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毎年のラインナップはこのあたり。
父は存在感のある黒薩摩がお好み。

私が好きなのは、淡いながらも飛翔する鶴の絵の小ぶりなもの。

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いくつか持ち帰りたい気もするが、実家に置いてこその気もする。
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久しぶりに他のものも棚から出してみた。
千登世さん、山本寛嗣さんがご尽力された山口大会の記念品の萩焼も。
旅先などで、ひとつひとつと出会ったときの、父の笑顔を想像してみる。
ふわっと心が温かくなった。

宮先生の『山西省』より
 (とし)(ほぎ)のこころ素直にこもるらし(かひ)ふかく村に()ともる見れば
 父も母もその子の()も帰り来よ(ともし)(かげ)差して神位(かみ)も舞はむぞ
                
戦いのさなかにあっても新年には中国の民家のあかりに安堵し、一家離散した家族へ寄せる宮先生の〈祈り〉の心が想われる。

寂しさから投げやりになりそうな年末だったが、宮先生のどんな立場にあっても失わない人間性に触れ、しみじみと自分の未熟さを反省し、今の平和な世が続くよう改めて祈った。

やはり帰って来て良かった。父の棚や書架を開けば、色んな思いに出会える。
やはり〈お正月さん〉は居る。(教えてくれたユリユリにも感謝)

ひととき、緩やかな時を過ごしたお正月だった。

      土笛を吹けば枯れ野を渡りくる風あり私を遠く呼ぶ風


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# by minaminouozafk | 2018-01-05 07:05 | Comments(7)

お年始の挨拶に萩の実家を訪れた。

迎えてくれたのは飼い犬の「ひめこ」。ロングコートチワワの雌でもう10歳を越えている。若い頃は気配を察すると玄関先まで走って来て歓迎してくれていたけれど、最近はチョコチョコと歩いて来るようになった。耳も少し遠くなったようだ。


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母の話では2,3歳の子どもと同じくらい周囲のことが分かるという。気に入らないことがあるとすねて自分の籠から出てこないこともあるそうだ。戌年ということで、皆に代わる代わる抱いてもらって満足そう。



実家のお正月。

父が生きていた頃、大晦日や元旦にはなまこを食べていた。

魚屋で調理した物も売られていたけれど、父は自分で捌いていた。

赤なまこと青なまこがあって、赤なまこの方が美味しいとか、捌き方のコツのようなものも教えてくれた。生のまま薄くスライスしておろし大根と混ぜて酢醤油で食べるのが定番だった。

おろし大根と書いたけれど、それは少し改まった言い方で、子どもの頃は「大根すり」と言っていた。酢醤油も父は「すいち」と呼んで、柚子の酢があればそれを絞って使っていた。なまこは大根すりを入れてすいちで食べるものだった。ひやりとした舌触りと、海の匂いとコリコリとした食感。今でこそ美味しいけれど、当時はあまり食べたいと思わない大人の味だった。



毎年大晦日にはなまこを買って調理する。

お節料理とはまた違うお正月の味。実家の味。父はたぶんなまこが好きだったのだろう。くきくきと噛むたびに子どもの頃のお正月が思い浮かぶ。

年越しの夜にはご先祖様が年神様となって訪れるという。なまこを食べながら、今年の無事を心の中でお祈りした。

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元旦に海鼠を食めばしくしくとふるさと匂ふ 遠き潮の音


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# by minaminouozafk | 2018-01-04 06:55 | Comments(7)

中学一年生の甥っこの冬課題に百人一首の暗記プリントが出ている。

新学期始業後すぐに、テストがあるという。


言葉づかいが今とはずいぶん違うものだから、

ただ覚えるというのもなかなか難しいらしい。苦労しているようだ。


そこで、何かそれを取り巻くエピソードが分かれば楽しかろうと思い、

あることあること話してやった。その一つが、兼盛くんと忠見くんの歌合の結果と顛末。


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  忍ぶれど色に出でにけり我が恋は物や思ふと人の問ふまで  平兼盛(勝)


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  恋すてふわが名はまだき立ちにけり人知れずこそ思ひそめしか  壬生忠見(負)



歌合に負けたことが悔しくて苦しくて病気になってしまったという話を

甥っこと姪っこはどんなふうに聞いただろうか。



――新年のきよらかな日差しのくる部屋で、

彼らとこんな時間をもてたことが一年の力になるような気がした。



ところでこの暗記プリント、今の私にはおもしろくて、

恋す=動(サ変・終)

てふ=連語

わ=代名

が=格助

名=名

は=係助

まだき=副

などと品詞を確認していたら、ついつい最後まで見てしまうことになった。


ああ、けれども見てよかったのだ。

最後のページには、先生のこんなメッセージが書かれてあった。


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彼はどうやら素敵な先生に出会えているようである。



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           《島の実家の2階の部屋から、1月2日》




  新年は井戸のほとりの神さまへ雑煮をはこぶ小鳥とともに



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# by minaminouozafk | 2018-01-03 06:57 | Comments(7)

あらたしき年のはじめの初春のけふ降る雪のいやしけよごと
            大伴家持(万葉集巻20・4516番)
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あけましておめでとうございます。新年早々、当ブログをご来訪いただき、まことにありがとうございます。
本年もどうぞ、よろしくお願い申し上げます。

新しい年がやってくると、もう反射的に思い出すのが家持のこの歌。
天平宝子3年(759年)、家持が因幡の国守として赴任した年の元旦の祝いの席で詠まれた一首である。

連体格の格助詞「の」を重ねることで、一首に切れ目を作らず、なめらかに結句まで繋がる連綿体。「切れ目」がないことが寿ぎの歌として大切なのだ。
「よごと」は掛詞。夜毎と吉事を掛けている。
「いやしけよごと」は「よごと弥重け」が倒置になっており、(この初雪がどんどん降り積もるように)吉事がますます重なりますように、という意となる。

さらりと詠んでいるようで、この技法。…唸る。

(歌意)
新年の初雪、この豊年の瑞兆である雪が降り積もるように、今年善き事がたくさんありますように。

すがすがしい、前向きな歌である。
けれど、おそらく、実際の家持はこの頃失意の内にあった。天平宝字年間はまさに波乱のときで、757年には「橘奈良麻呂の変」を鎮圧した政敵藤原仲麻呂が圧倒的政治力を掌握し、大伴一門は粛清の憂き目に会う。758年6月、家持もまた、因幡の国守として都を離れ、大伴氏の復権は絶望的となったのである。その失意の年が明けた元旦、宴席で詠まれたのがこの歌。そして、この歌を最後に、785年に亡くなるまで、家持は歌を詠んでいない。

この時、家持42歳。当時としては人生も終盤。そんな時期に都から遠くはなれた任地へ左遷されれば心も弱くなりがちだが、そんな中、自らを鼓舞するようにあえて流麗な、華やかな一首を歳神に捧げる家持の精神のたくましさに驚かされる。家持を「悲しき零落する名門貴族の長」とみる向きもあるが、私個人としては、家持は案外活力に満ちた、楽天的な人間だったのではないかと思っている。度重なる不遇のたびになぜか中央政庁に返り咲く。実際、藤原仲麻呂(恵美押勝)が道鏡とともに失脚した後、770年正五位下として復権を果たしている。光仁・桓武朝においては昇進を続け、785年逝去の際は中納言従三位・持説征東将軍(大伴一門は元々武門の将)であった。

今年、私は56歳になる。
明らかに人生終盤だと思うと、ちょっと萎える。でも…、あの当時42歳の家持だって…、そう思うとかなり元気になれる。失意のどん底にあっても、晴れやかな歌を詠み、言霊によって善きものを引き寄せた家持。もう一度言葉を、歌を信じてみようと思う。

「万葉集巻20・4516番」。
家持がこの新春詠を大巻の掉尾に置いた気持ちがなんとなくわかる2018年元旦。


新春のMoet&Chandon(モエ・エ・シャンドン)もう一杯分を残してクーラーの中

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# by minaminouozafk | 2018-01-02 09:42 | Comments(9)


 あけましておめでとうございます。平成30年戌年のはじまりです。今年もよろしくお願いいたします。


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 一ヶ月ほど前に思い立って30年ぶりに伊勢神宮にお参りしてきました。

 平成25年秋の神宮式年遷宮から4年。初冬の伊勢駅前は人もまばらで、外宮までの参道も長閑。まず外宮を参拝。隣接する御敷地に4年前に建て替えられたお宮はまだ新しい。まずは外宮に参拝。

 内宮まではバスで移動。こちらは、おはらい町、おかげ横丁と賑わっている。観光バスツアーもいっぱい。うれしいことに、まだ紅葉が見頃だ。五十鈴川も水面を紅や黃に染めている。手を濯いでいよいよ正宮に参拝。神様に報告、お礼のあとお守りと戌の五十鈴をいただく。


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 あらかじめ外宮のお守りは勾玉の形、内宮のお守りは巾着の形と調べていたので、男性には勾玉の形の紫、女性には巾着の形の赤を家族の人数分買い求めた。そして12月くらいから販売開始でなくなり次第いつも2月には完売という干支の土鈴と出会えた。うれしい。今年1年間よろしくお守りください。

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 張り子の戌、木彫りの戌などと一緒に玄関に飾る。もちろん、〈といとい〉も一緒。 



 伊勢神宮参拝のあと鳥羽の答志島に泊まった。渡船で20分ほどのプチクルーズ。船内は地元の人が多い。和具漁港で下船すると漁師町らしい路地。

 さっそく散策すると不思議なことがあちらにも、こちらにも。明日から師走というのに家々には注連飾りが飾ってある。それもなんだか同じ文字が書かれたものだ。調べてみると「蘇民将来子孫家門」。お正月前に飾り、1年間そのままらしい。今は真新しい注連縄に掛け替えられていると思う。



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 そして町中の壁のいたるところにある  八(まるはち) の文字。何か暗号だろうか。推理小説の舞台のようでとても気になる。旅館に帰ってさっそく女将さん聞いてみた。これは八幡神社の祭で使われた墨にふのりを混ぜたもので書かれていて、大漁祈願や家内安全の願いが込められているようだ。


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 八幡神社の鳥居のそばには柿本人麻呂の歌碑がある。


くしろつく答志の崎に今日もかも大宮人の玉藻刈るらむ


くしろつくは手や指にかかる枕詞。原文では答志は手節の表記。天皇におつかえする女官たちの雅やかな舟遊びの様子だろう。当時のリゾート地だったのかもしれない。



そして路地を曲がり小さな公民館のそばにいきなり立派な墓所が。九鬼嘉隆胴塚とある。安土桃山時代の九鬼水軍を率いた武将だ。近くに切腹したときの血洗の池の看板もある。民家のすぐそばで400年以上、島の人々によって守り続けられているようだ。



翌朝、島のへいふり坂をくだり、左手の答志小学校のまえに〈寝屋子の島留学生募集〉とポスターがある。寝屋子?これも初耳。答志島では、中学校を卒業した男子は数人で寝屋親と呼ばれる世話係の大人のもとで夜を過ごす。結婚するまでの約10年ほどの間。今でも寝屋子は続いていて漁業や祭りの大切な役目をするらしい。そして寝屋子として一緒に過ごした仲間は「寝屋子朋輩」と呼ばれ親友、家族より深いつながりとなる。


せっかく鳥羽に泊まるならとあまり下調べもせずに選んだ答志島。まだまだ探ってみたいことがたくさんあって、ちょっと遠いが是非ふたたび訪れたい島だ。834年建立の海音寺、岩屋古墳、九鬼嘉隆の首塚、西行の歌碑と巡れなかったところがいっぱい。ほんとうにタイムスリップしたような摩訶不思議な気持ちのまま帰りの渡船に乗った。


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他の国々からみれば、おのころ島も独自のちょっと変わったゆたかな文化の国なのかも・・・と思いつつ。



南の魚座が二度目の新年を迎えることが出来ましたこと、たいへん嬉しく清々しい気持ちでいっぱいです。読んでいただいた方々に心から感謝申し上げます。今年も魚座のメンバーで日々ブログを続けていければと思います。よろしくお願いいたします。


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蕭々とながるる時に金いろの鶴の水引むすび新年






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# by minaminouozafk | 2018-01-01 06:42 | Comments(7)