ブログ記念日16

2018年最初のブログ記念日です。南の魚座は2度目の新年を迎えることができました。
お正月が巡ってくる度に過ぎ去った時間を過去として、また新たに仕切り直せる幸せを感じます。

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写真は常盤公園にある現代彫刻の作品で、タイトルは「風になるとき」(西野康造作)。
昨年紹介した宇部ビエンナーレの過去の受賞作品です。
強い風だけでなく、わずかな風の流れも捉えて柔らかく羽ばたく翼は人工物なのにまるで生きもののようにしなやかで美しく、ずっと見つめていたくなります。
日常のささやかな出来事や思いを、言葉という翼に載せて飛翔させることができたらと青い空に舞う翼を見つめながら思いました。

読んでくださる方がいて、一緒にブログを作るメンバーいて、そのことに感謝しながら励みとしています。2018年最初のそれぞれの作品をお読みいただければと思います。

蕨手文(わらびてもん)   鈴木千登世
旅立ちは吉とふ神籤たたみつつ斎庭しづけき神の森ゆく
文字持たぬ者の描きし蕨手文(わらびてもん)渦の野原を馬は越え行く
瞠きて北斎漫画見つめゐる画家を思へりドガの〈踊り子〉
閃きが作品生みし傍らに立てばかそけき水流の音
元旦に海鼠を食めばしくしくとふるさと匂ふ 遠き潮の音

遠く呼ぶ風   大野英子
沸き上がる薬缶、流れるモルダウが今夜のわれを責め立ててゐる
けふもひとりあしたもひとりへんぺいなオリオン武骨にかたぶいてをり
身震ひをしながら生れし小さき花さびしき庭にめでる水仙
繭をつくる蚕のやうな月の下われは籠らん歌なる繭に
土笛を吹けば枯れ野を渡りくる風あり私を遠く呼ぶ風

清しき風   栗山由利
全身でクリスマスを待つをさな子は緑のコートに赤いマフラー
横跳びに二歩ちかづゐて同じ方(かた)見やる雀に年の瀬の風
段取りをととのへ締めるエプロンの紐いつもより少しつよめに
ゆく年に忘れたものをたしかめる間もなく聞こゆ除夜の鐘の音
新年に清しき風を運び来るをみな子二人外つ国に来て

早く眠らな   大西晶子
みづからの眼うたがへ現実の姿をしたるフェイクをさがし
先入観もたずに見れば愛らしき色さまざまのオブジェの蛇ら 
目ざむれば明日は新年待つものを思うは楽し早く眠らな 
ふるさとの古き町並み友のごと迎へくれたり角まがるたび 
木より生れ数百年経しこまいぬは過去をかたらず阿形の口で

あと追ひ   百留ななみ
くらげゐる水面の上の青空にくつきり白き半月のあり
クリスマスイブにはケーキ食べたって息子の息子の息子のことば
蕭々とながるる時間に金いろの鶴の水引きむすび新年
シンギュラリティ倍々ゲームでせまりくる息子の息子の後追ひはいはい
西ながれ東ながれと忙しなき海峡の水ずつと透明

高麗茶碗   藤野早苗
一口(いつこう)が一城の価値ありしとぞ戦国の世の高麗茶碗
フランツとエリザベートのすれ違ふこころの声をそらみみに聞く
マジ卍(まんじ)ムカ着火ファイアーのうちの猫(ぬこ)ぽ尻尾ぶぉんぶぉん丸てカハゆす
新春のMoet et Chandon もう一杯分を残してクーラーの中
高取の碗にふんはり初春の野辺の若菜の萌ゆるを喫す

雑煮をはこぶ   有川知津子
牧水の詠みし納戸におよぶ日の冬のひかりの秀先に手触る
背嚢をバックパックとやはらげて芋の蔓など食ひしを話す
われらみな球乗り中の道化者ときをりゼブラゾーンを駈けて
水仙の苞はつかなる音立ててひと日ひと日の今をふくらむ
新年は井戸のほとりの神さまへ雑煮をはこぶ小鳥とともに



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by minaminouozafk | 2018-01-11 06:00 | ブログ記念日 | Comments(7)

ブログ記念日⑮

 長い夜がようやく明ける。東の空が朱金に染まり、冷たい空気のなかゆっくりと朝日がのぼる。夕焼けよりずっと短い時間。ちょっと怖いほどの朱の空。冬の朝焼けは凛としていてホッと心を充電してくれる。

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 朝焼け、小焼け、大漁だ・・・『大漁 金子みすゞ』のように、わが家では海から朝日が昇り山に沈む。しかし日本海側や博多も反対だ。山から山、ビルからビルのところもあるだろう。
 年を重ねると柔軟性が乏しくなる。しっかり身も心もストレッチをして、いつでも新しいことに挑戦できるようにしておきたい。
 今年もあと少し、酉年が終わる。やり残したことはいろいろあるが、ブログを毎日更新できたことは確かな小さなしあわせだと思う。



鹿のこゑ   百留ななみ
ていねいにつやつや剥き栗ならべたり鬼皮渋皮やうやく剥きて
わが姓と同じ百留横穴墓その奥底に両手を合はす
朝まだき春日大社の参道が響む牡鹿の甲高きこゑ
くれなゐの楓もやうの苔の上どんぐり兄弟とんとん生る
軽トラが鹿の鳴き声かき消して落葉をはこぶ朝の参道

まつのみ   藤野早苗
これの身は待つのみならずジェノベーゼソースの中の白い松の実
湯上がりの薔薇色の頬うつくしき吾子に剝きやる赤き林檎を
ママハハぢやなくてほんとのおかあさんだつたんだつて 「白雪姫」つて
笑顔よきかのいちにんをああ神よ御国に召されたまふなしばし
平等に過ぎる時間の中にゐてひとしからざる果実のみのり

林檎のスープ   有川知津子
騙し絵にだまされてゐる秋の昼いまならもつとやさしくなれる
柳川のしやしん四枚えらび終へ温めなほす林檎のスープ
みづからをひどく責めゐる子をつつみ冬のはじめのせせらぎの音
時過ぎて今をおもへば少年のまなこ覆へる夕あかね雲
容赦なし明日よりはもう十二月鉄棒に身を乗り上げながら

日常の歌   鈴木千登世
風景の一部となつて眠る人の耳くすぐりてゆく湖(うみ)の風
『炭鑛(やま)の日々』閉ぢてしばらく目を瞑る労働の歌の清らかな声
子どもより親の笑顔が充ち満ちぬ口角あげてといふ声もして
味噌汁の葱きざみをりこの朝葱きざむ人の丸い背思ひ
かうとしか生き得ぬ我の日々(にちにち)を詠み重ねつつ日常の歌

そそげ日輪   大野英子
風音に耳かたむけるやがてくる老いの序曲のやうな海風
海近く荒れる波間に身をまかす川の夜陰のをしどりの影
来る冬をみなみに向きて伸びてゆく小(ち)さき芽吹きにそそげ日輪
ガラス壁に映るツリーもきらきらりはじめましてと見上げてゐたり
橋の上をつぎつぎわたるカモメらの風切り透けて今朝は冬晴れ

八の字眉   栗山由利
もやもやと決まらぬ思ひに糸ほどく呪文をためす猫のとなりで
N回の選択をしてここにいるワタシは二のN乗分の一
おでん煮るほのほくらゐの幸せで充分なんです 消えさへせねば
「ちゅかれた」と八の字眉の一歳がおでこコトンとテーブルに伏す
お疲れね。けふの悩みはゆめの中バクにあげましよ眠れをさな子

羽化   大西晶子
一冊の歌書にさそはれ秋ひと日旅に出でたし鶴などを見に
蛹にてひと冬過ごし生きのびよクロメンガタスズメガ春の羽化まで
引き出しの奥で出番を待つ道具たつたひとつの用途のために
ねぐらさす五位鷺ならん夜の窓をぎやつとひと声過ぎてゆきしは
ちちぶさの記憶のみ持つ小さき手でひらく未来に陽のひかりあれ


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by minaminouozafk | 2017-12-11 06:30 | ブログ記念日 | Comments(7)

ブログ記念日⑭

秋の色は黄色と赤だと思っていた。黄色はいちょう並木の黄色。赤は童謡の世界の赤。童謡の「まっかな秋」(薩摩 忠作詞)の世界が小さい頃から好きだ。

つたの葉っぱ、もみじの葉っぱ、からすうり、とんぼの背中、ひがんばな、遠くのたきび、みんな赤い。そしてまっかなほっぺたの君と僕。

懐かしい心の中の昔の風景が私の秋のイメージです。


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北大北十三条門からの銀杏並木


ブログ記念日も二度目の秋をむかえました。毎年、同じように流れていく季節ですが、受け手それぞれの心にひびいたものを三十一文字の中にしっかりと込めたいと思っています。


一等賞   栗山由利

ころんでも一等賞でなくつても栗とミカンと母のおにぎり

スタンドのジェット風船さながらに狗尾草(エノコロ)ゆれるソフトバンク勝て

ツンデレの猫のみやげに道端の狗尾草摘んで早足になる

開かねば飛び来るものはないものと心の窓は南に開く

舟の帆がへさきに変はり泣き顔を笑顔にさせるだまし舟ひとつ


歩く木   大西晶子

吹く風に耳が冷えるよ佳きことを聞くのみならぬ日々のつづきて

菊の香の酒を飲みたし月のよき秋の夜なれば君とさしつつ

しづしづと歩く木の列見ゆるらん月のよき晩沼のほとりで

江戸の世にそだちし木のくせそのままに残しくろずむ酒蔵の梁

中空のかぼちやに目とくち穿ちゆく悪党ジャックに道を照らすと


石畳み   百留ななみ

男郎花の白花のなか摩訶不思議 サツマニシキは斑猫の色

右肩のブルーブラック むらさきの珠実を食べし椋鳥の糞

足を手をピーンと伸ばす亀とゐて空へほろほろ心飛ばせり

美術館めぐる箱入り仏像をお地蔵様と見送りてゐる

石畳みの旧参道の杉苔をさくら紅葉が包み隠せり


脳味噌スープ   藤野早苗

うつし世のものならぬもの生み出だす神の手をもつ神ならぬ身が

取引きはしないよ小さな魔族たち お菓子を食べよ悪戯もせよ

ハロウィンの夕餉はカボチャのスープなり異名ジャックの脳味噌スープ

殿堂に打つ黄金(きん)の釘その燦をひそか支へてゐる〈てにをは〉よ

みんなみのうたびとの声ほがらなり短歌黄昏はるけきごとく


秋のひるがほ   有川知津子

校庭のフェンスくりつとくぐりぬけこちらにひらく秋のひるがほ

消火器をつかふ事態に都合よく白い軍手がある訓練日

パトカーの急行現場に居合はせて男のバンザイ偶然見たり

秋の日に耳をさはれば思ひ出づ耳さはりつつ覚えたる歌

ひとり子の微熱やうやく去りし春 祖母は老いたる猫を撫でたり


冬の匂ひ   鈴木千登世

秋の夜のくず湯とろうりあなたなる真葛の原を思ひとろうり

ひらがなの多き手紙を君に書くハロウィンに沸くとうきやう思ひ

青インクは冬の匂ひと思ひたりガラスのペンで様と書きつつ

秋空にすこーんと憂さをかつ飛ばす ピンポンマムの花を抱へて

冬近き庭に黄菊の澄みて咲き夕ぐれ時をほのあかりせり


はくしうの月   大野英子

スポットライトの下のてのひら祈るやうまた舞ふやうに語りはじめる

白き手がひらりと笑みを零しゆくまどかに鼻濁音抜けてゆくひと

冬には冬の庭を点せる花あかり待つとき楽し揺るるつはぶき

秋風がさざなみを生む掘割のおもてをゆるりゆくどんこ舟

はくしうの月が夜闇を照らすころ湧きゐるならん水上パレード


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by minaminouozafk | 2017-11-11 06:30 | ブログ記念日 | Comments(6)

ブログ記念日⑬

秋!

といえば、「読書の秋」「スポーツの秋」。

(どちらも短歌では使いにくい言葉です……)


気候の比較的おだやかなこの時季に、

精神の修養と肉体の鍛錬を行うことは理に適っているそうです。


北原白秋の号「白秋」は、ご存じのとおり秋の異称。

白秋にこんなスポーツの歌があります。詞書き付きです。


テニスをはじむ、子も伴なり

野分だつ茅萱がむらに飛び逸れてテニスの白き球ははずみぬ

『風隠集』(第四歌集。引用は岩波版全集)


白秋、テニスをしたのですね。


『風隠集』は、小田原山荘での生活を題材にしたもの。

白秋歿後に木俣修の編集によって刊行されました。


修は柊二の兄弟子。

この大先輩達がいなければ当ブログは無かったでしょう。


お蔭さまで、

今日、13回目のブログ記念日を迎えることができました。


こころよりありがとうございます。


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碇石   有川知津子

江戸風鈴よく響くなり長崎のうぶすなの島の()(あを)の風に

夏行けり長崎駅でおとうとに缶コーヒーを買つてもらつて

ベランダは押すな押すなの秋日和ふとん、玉葱、ピアニカ、白秋

秋の日にたゆたふごとき碇石わたしはあなた、あなたはわたし

また一つ齢加へて歩き出す母をおもへば遠きふるさと



月読(つくよみ)壮士(をとこ)   鈴木千登世

降る雨の最中に浮かぶ虹の橋仰ぎつつ見るその不可思議を

台風のふとも晴れたる茜空テンポ正しくちぎれ雲ゆく

上向きてりんごをもぎぬてのひらを秋空の青にすつと浸して

瞑りたる女の絵ありて静かなる祈りは今も私を包む

シヤッターを押しても押しても捉へ得ぬ月読壮士は直に見るべし



窓をひらいて   大野英子

ゆふぞらをひととき染める金のなみ窓をひらいてむかへにゆかん

とうきやうは地下鉄さへも刺激的わがスカートをがばりとあふる

東京の疲れをリセットせんと着るパリリ糊効く真白きシャツを

吹く風に竹田の秋がまぎれこむ雨のち雲がながれる街に

誰もゐぬ実家でわれを待つてゐる秋のあらくさそして思ひ出



か・き・く・け言葉   栗山由利

いつだつて鳥になれるよ皆にある背中の二枚の羽は金色

すじ雲が流るる空と猫の目はとほきペルシアの海の青色

開いたら絵本をとびだしねこたちが教へてくれる か・き・く・け言葉

一歳の口をとびだす言葉たち音符のやうに空にはぢける

あしばやにすぎゆく秋を惜しみてか石壁の上の蜻蛉うごかず



ゆびきり   大西晶子

「らいねんの九月に会ふ」つてゆびきりをしていたかしら白曼殊沙華

釣りびとの立つ波止のした海面をよこ泳ぎする月夜のがざみ

おだやかに寄せる海水いたく透くけふは釣りびと見えぬ港に

むなかたの女神のゐます島つつむ海の青さに解けゆく想い

美しきものは隠すと髪つつむイラン乙女の息の薔薇の香



拡大鏡   百留ななみ
びしょぬれで踏ん張りてゐる蜘蛛ぐるり巣は一本の紐となりゆく
空の青はむかしのままか 恐竜のたまごみたいな蘇鉄の雌花
老いし目に拡大鏡のたのしかり雄しべ雌しべのその奥さぐる
つぎの世にいのちをつなぐ要の無き一代雑種の野菜ばかりだ
とらはれし小さき虫だけ揺れてゐる野分のあとの軒の蜘蛛の巣



異形   藤野早苗
善き人に善き訪れのあらむこと『鳩時計』読み了へて祈りぬ
来年を約しさよなら 太宰府のうたの縁に繋がるわれら
三日月に満たせる御酒をささ召され秋の夜風が杯を傾く
良い母は三日やつたら飽きました 朝寝昼湯に気を養はむ
Hollywood
聖なる森に棲むといふ異形の者に今宵見えむ



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by minaminouozafk | 2017-10-11 06:30 | ブログ記念日 | Comments(8)

ブログ記念日⑫

12回目のブログ記念日。はじめて月曜日のブログ記念日だ。二度目の夏が終わり、ブログも日常のリズムのひとつになってきた気がする。12か月で1年。1年とは地球が太陽のまわりを1周する時間。はっきりとした春夏秋冬のある瑞穂の国では田植えから稲刈りまで、稲の成長が時間の概念だったと思う。だから年神様は五穀豊年を祈る神様。ちょうど新米の季節。ブログも1年を経てささやかなる実りを信じたい。


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土塀のうえから覗いているのはヘクソカズラ。可愛い花を咲かせている。屁糞蔓と書く。なんとも失礼な名前。最初にこの名前を知ったのは20年以上まえの子育て真最中の頃。クリスマスリースを作っていて、飾りの木の実などを探していた時だ。秋の終わりの陽差しに金色にきらめく小さな実を見つけた。一緒に作っていた友だちに嬉しくて見せたら、ニヤニヤしながら名前知ってる?ヘクソカズラだよ。えっっと思いつつその時から每年気になる憎めない植物だ。


皀莢に延ひおほとれる屎葛絶ゆることなく宮仕へせむ  (万葉集 巻16


万葉集にも詠まれている。ふつう「絶ゆることなく」の序に使われるのは玉葛。ここはわざと屎葛を用いて戯れとしたようだ。たぶん花や実の可愛さと匂いとのギャップは万葉人も感じたのだろう。秋の終わり、かさかさに乾いた金色の実はほとんど匂わない。


スフィンクス   百留ななみ

カラフルな絵のタコ灯る修復の門司港駅の白き壁面

太陽光パネルもよろし瀬戸内の海沿ひスイカ畑なほ良し

寝返りて威風堂々のスフィンクスむすこのむすこのはじめての夏

ニンゲンのナウマンゾウの骨ねむるドリーネ今も深まりてゐる

見上げたるつくつくぼうし樫の木の枝にみどりのどんぐり点る


大いなる手   藤野早苗

この星に播かれしあまたの火種より火の手が上がる今日敗戦忌

やはらかきさみどりの鎌振り上げていのち彷徨ふ八月の路

Direct me. 迷ひの森で佇めるわれの背を押す大いなる手よ

定型の中に息づき言の葉の繁りゆたけし『蜜の大地』に

三十分遅延(ディレイ)の後をぬばたまの翼に発ちぬスターフライヤー


虹の化石   有川知津子

ま青なり作業現場の残響を力いつぱい容れて夏空

風待ちの(みやこ)をとこを見送りし少女あらぬかとほき先祖に

祖父のこゑ聞いたくぢらの(すゑ)ならんわれの知らない祖父の涼声

ふるさとは思ひ出なほも深くして今日より七日間の送り火

虹の化石出でし話はまだ聞かずうつつこの世の深さ果てなし


白き日傘   鈴木千登世

孤独なる歌つくりの標として果てなき闇に浮かぶ灯船

黒ぶだう食めば思ほゆ盆の夜にゆかりの家を巡る海の村

砂糖かけトマトを食みし夏の午後白き日傘を母は差したり

降る雨に濡れそぼちゐる鴉二羽うつむく(せな)の寄り添ひてゆく

あこがれのやうに思ひしひとつ星見つめる胸のあたたかくをり


秋の雲   大野英子

ひと雨が過ぎて降り足りない顔の空うつうつと雲流れゆく

雨雲の向かうに明るき世界あるような夕空 橋にたたずむ

人にあらぬいのちなれども久々の気配に華やぐ古家(こか)とわたくし

ゆふぐれの灯ともし頃の街のそら飛行機雲もあかねに染まる

秋の雲さまざま浮かびさあ、けふはどの雲に乗り遊びにゆかん


二枚の羽   栗山由利

一歳のおちよぼぐちからとびだした「コッコッケーコ」が夏風に乗る

渋滞の車列のうへをお先にとツツーイツイツイ赤とんぼとぶ

めいつぱい夏日を貯めた大ぶりのトマトかじる子 目はまんまるに

渦巻のクリームコロネはロバがひくパン屋につながるタイムトンネル

背にたたむ二枚の羽でもういちど飛び立つつもり空と風みて


風に背おされ   大西晶子

かって子を産みたるわれのまなぶたが石を産みたり白き結石

半世紀まえのある夜のおもひでは痛き日焼と教頭の怪談

怪談を聞きつつ見たる舟の灯の遠きまたたき真暗き海に

苦瓜の蔓と萎れた葉のからむ窓からの風ひやりと九月

桜の葉色づきはじめしわが町を歩きつづける風に背押され


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by minaminouozafk | 2017-09-11 06:30 | ブログ記念日 | Comments(7)

ブログ記念日⑪

今月8日、夜中に目を覚ますとレースのカーテン越しの空が明るい。

午前3時過ぎ。ベランダに出るとそろそろ満月の頃なのに、かじられたような凹みが・・・

何だか不思議なものに出会ったようで、約30分、ビルの向こうに消えるまで見送った。

翌朝、ネットで検索すると、やはり8日は部分日食。午前311満月、月食のピークは同320頃だったとのこと。どんぴしゃのタイミングだったのだ。

更に調べると、今年の月食はこの日のみ。

雲ひとつない夜だったのも、幸運だった。

夜中に目が覚めると言う老化現象も捨てたものではない。



さて、今日でブログ開設からちょうど一年。

記念日は一カ月遅れで始まり、毎週の投稿も50回を越える。

月と地球と太陽が一列に並ぶようなパワーが引き起こり始まったブログ。

写真の絵本は40年にわたって自然と向き合い、雑草や虫たちの不思議なくらしを教えてくれる絵本作家、甲斐信枝さんの「のげしとおひさま」

「どこまでも どこまでも とびました。」とお話は終る。

のげしのようにわたしたちの発信したものが、色んなところに届いたらいいな。

もちろん、美加さんのところにも。


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低き残響   大野英子

くひしばるかんばせの良し観客のありなし問はずひた駆け抜けて

舁き山の土台の擦り跡鮮らけく道にふた筋迷ひはあらず

「祝ひ目出度」町に響けり追善の山笠据える(おとこ)()のこゑ

夏猛る博多の街のをちこちにオイサオイサの低き残響

声も黙るまひるの眩しさに瞼ゆらゆら眠気を兆す



ラベンダー畑   栗山由利

顔いつぱい口を広げて子ツバメはたいやう踊る夏をのみこむ

白昼の蟬声かさなり堰落つる水の飛沫とめうにコラボす

真夏夜はみどりいろ濃き冬瓜を三つ四つ抱へて寝れば涼しも

花ごとに気ままに風とたはむれてラベンダー畑はいちめんの波

ゆつくりと走るノロッコ号の中みながまとつたラベンダーかをる



ひまはり   大西晶子

名を知りて親しくなりしひまはりと畑でむきあふ夏の日盛り

金色のあぶらのごとき陽光に目覚めゆくらし向日葵のつぼみ

これもまた向日葵花弁赤黒きフロリスタンの丈高き花

あざやかな黄色さまざま向日葵の品種わからぬゴッホの「ひまわり」

よき時はつねより速くすぎゆきて舗道にながき街路樹のかげ



本のにほひ   百留ななみ

ひそやかに跳べぬかなしみ炎天のキチキチバッタ草生にまぎる

どしや降りもかんかん照りも夏草に包まれてゐる精霊飛蝗

たつぷりの本のにほひと木のにほひ体に入れて絵本を選ぶ

ならび立つ碧き花托にまもられてはちすの花はぽあんとひらく

原爆を投下されたる島国の矜持をもちてまつりごとせよ



向日葵忌   藤野早苗

自らを堰としあまた流木を受け止めて立つ奇跡のオブジェ

ふたたびをここ黒川に目見えたし千年の闇ひらくほうたる

そこここに明治がにほふ神楽坂打ち水の跡小路に残る

〈向日葵忌〉子の誕生日翌日がゴッホの忌日七月二十九日

胸を射ることば幾度も読み返し子は育ちたりわが知らぬ間を



約束の鍵   有川知津子

洞窟の奥に〈ネコ科の部屋〉はあるネコの仲間の描かれた部屋  *ラスコー展

いにしへのナイルの空は見えねども小鳥の好きなファラオとおもふ  *エジプト展

うつろへば川のほとりを目指したるいにしへびとの私もひとり

やくそくの鍵のごとくにたたずめり山王神社の二の鳥居はも

納豆をかきまぜてゐる箸のさき記憶のなかの歌会ひかる



夏の日   鈴木千登世

詠まねばと思ひ詠んでもよいのかと惑ひつつ夜の蛙声を聞きぬ

足裏にアスファルトの熱感じつつ雲を仰いだ夏の日のこと

南風(みんなみ)にしつぽの端をくすぐられ金魚ちやうちんくふくふ笑ふ

幾千の金魚ちやうちん灯る夜を黙ふかく戻る旅びとあらん

方位感ならぬ時間の感覚の失せて埴輪の輪の中にをり


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by minaminouozafk | 2017-08-11 09:18 | ブログ記念日 | Comments(7)

ブログ記念日⑩

豪雨災害に見舞われた北部九州。ここ福岡からも遠くない朝倉地区の被害状況を目にするたびにやりきれない気持ちになる。



被災された皆さま、心よりお見舞い申し上げます。



災害が発生するたびに、自分に何ができるのだろう? そう自問する。確たる答えはない。私は無力なのだということを痛感する。


だけどひとりではない。

自分に何ができるのだろう?

そう自問する人がたくさんいる。みんなが何かをしたいと思っている。


被災された方々に、その思いを伝えることができたら、と思う。

言葉に力があれば、と思う。


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博多は今週末が追い山。

また新しい夏が来る。




蛟   藤野早苗


うつしよに在さば百歳天界に生れて二年 むらさきのひと

夏の風宮古上布の衣紋より身八つ口(みやつ)を抜けてゆく晶しさよ

うた詠まむこころに灯ともしゆく木畑紀子氏歌語りして

ほうたるの縁に訪ひし朝倉を制御不能の(みづち)襲へり

水張り田の早苗も沢のほうたるも根こそぎにして今年の湿舌



鳥ならば   有川知津子


鳥ならば風をかんじてゐるだらう九州一島脱いでゆくそら

地図おきてあれが九州、水無月の山のかたちを目で撫でながら

あつさりとシマトネリコと告げられぬもう三年もあやふやな木を

おどろくほど軽い包みが届きたり島のやしろの茅の輪よすがし

いとなみを吸ひこむごとし不言なる九州北部上空の雲



合歓街道   鈴木千登世


珈琲と古い時間の香りする喫茶「もぐらの里」のざわめき

二十年値段を変へてないといふ革のメニューの飴色のつや

合歓街道とひそかに呼べる(とき)ありておぼろに霞む人も車も

湧き上がる緑の中に立つ塔を見し牧水の若やかな眉

水無月の御寺に水の匂ひ満ちすらりと清し五重の塔は



ささやくやうな神託   大野英子


都市(とし)高速(かう)をゆくバスのなか旅客機と交差するとき湧く高揚感

枝先に花房におもく揺れてゐるデイゴは飛び立つときをうかがふ

新緑の木の下闇に守られる朱のトンネルを潮風とゆく

はつなつの鳥居をくぐる潮風のなかにささやくやうな神託

空梅雨に誘はれ生れしクマゼミの鳴き声短く途切れてゐたり



街   栗山由利


夏柑を手に取る日まで青き実は雨ニモマケズ風ニモマケズ

おかあさんと呼ばれて「ハイ」と返事する診察室は動物病院

札幌は吾子のすむ街リラの花さく街いくども訪れし街

夏へ向け博多の街は動きだす静から動へと山笠のごと

締め込みの男衆(おとこし)が行く街中をいつものやうにバス走り去る



ガーフィールド   大西晶子


藍色に咲くあさがほの一輪は辻本美加さんのすずしき笑顔

ながき歳押し入れにありし縫ひぐるみガーフィールドは渋面をたもつ

縫ひぐるみガーフィールドの持ち主はただいま身重笑顔の増えて

みやこからまれびと来たり柳腰ひすいの色の万願寺あまたう

すがらない女にならうと言ひあひしわれら学友にごじふ年過ぐ



ひかりひとすぢ   百留ななみ


はつなつの小さき隧道その先のひかりへ一歩一歩すすみぬ

みちのくの新幹線の紅、翠 名残の雪の白きらきらし

水無月の藍のあさがほひらく朝あの世のひかりひとすぢとどく

ホークス戦辛勝うれし すみいちはスコアボードの隅の一点

ますらなる孟宗竹がながながと臥しならびゐる朝の境内



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by minaminouozafk | 2017-07-11 05:00 | ブログ記念日 | Comments(7)

ブログ記念日⑨

先週のはじめに福岡県・山口県は梅雨入りした。

今、福津市の宮地嶽神社では花菖蒲が満開だ。

本殿の前の石畳いっぱいに花菖蒲の鉢が並べられ、紫、白、紺、ピンクと色とりどりの花が見事だ。花菖蒲には雨がよく似合う。


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梅雨の間は木々や草には成長のとき、葉が茂り、枝が太くなる時期だ。

私達のブログ「南の魚座」は開始から10カ月、一日も欠けることなく更新を続けることができた。ブログのおかげで、日常の見落としがちな小さな思いを、掬い取り言葉にする機会が増えたと思う。

梅雨の間も私達ブログメンバー全員が元気で、木々のように静かに歌の言葉を育ててゆけたらと願っている。



花迷路   大西晶子


七色の藤のトンネルとほり抜け藤棚の下の花迷路ゆく

メイストームに藤のはなぶさ揺れゆれて藤棚の下の花弁のしぶき

うまき葉を日々にくれたるサラダ菜の小さき黄の花ときの間を咲く

灯のしたに憩ふ人ゐる家々のありて静けし夜のわがまち

掌に留まるほたるのあをき明滅に気づけば息をあはせてゐたり



滅紫   百留ななみ


羽ばたくを羞ぢ入るやうに青鷺は一歩一歩川底すすむ

とりどりの白・赤・黒の実を撫づる青葉やさしき桑の木の下

摘むゆびを食ぶるくちびる染めゆくは(けし)(むらさき)の桑の実ひとつ

カルシウム、アントシアニンたつぷりの桑の黒実 を掃く男あり

はいいろのヒコーキ、軍艦 海のあを空のあをにも馴染む不可思議



末摘花   藤野早苗


ふるさとの訛りなつかし「そうたいね」@GINZA SIX

トウキョウに少し疲れた子の耳に極彩色の南のことば

むらきもの今日の在り処をたしかめて胸紐腰紐打つ位置定む

平織りの紬ざつくり纏ひたる嫗の振りに紅絹にほひ立つ

おとうとのやうなる人と思ひしが一家言ある大人(うし)となる、ああ



日向へ   有川知津子


あさがほの種育ちゐん校庭に湿つた土の鉢植ゑならぶ

まなざしは遠く放てるアルカディア石の時間のしづけさのなか

風はきて十薬の花を揺らしゆけり日向が好きになつた一輪

蔓薔薇の咲きそろひたるひと房を仰ぐ父をり海辺の庭に

仕事から次の仕事へゆく途中、橋の下より青鷺飛べり



ポスト   鈴木千登世


夏柑の花ふくふくと香りたり思ひ出すのは微笑みばかり

懐かしき人への手紙 銀河町アルタイル局ポストに入れぬ

思ひ秘むる手紙をしまひほのほのとぬくもりをらむ野辺のポストは

群れ離れひとつ灯れるほうたるのあをき孤独と呼吸(いき)合はせたり

ひよひよの苗が黄金の禾となるおほきな風の掌に撫でられて



土とわたくし   大野英子


カラスビシャク、カラスノエンドウはつなつをいきほひづいてゆく鴉たち

忘れたきなにかを背負ひ向き合ひぬ春夏秋冬庭のあらくさ

山鳩の声が空気を重くする裏庭でどくだみの根を引く

珍入者はわれなのだらう長き尾を揺らし揺らして逃げるカナヘビ

束ねゆく葉のあひ抜けるはつなつの風に息つく土とわたくし



雀のお宿   栗山由利


餌台に飯おくわたしは願はくは「雀のお宿」の良きおばあさん

軒先に餌まつ雀の声がして壁の影三つ羽づくろひする

雀にはできてわたしにできぬこと空を飛ぶこと子離れのこと

めざましが鳴るより先に餌台の雀のこゑに起こされる朝

電線に留まるツバメに自慢するポーズが決まつた鉄棒のうへ


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by minaminouozafk | 2017-06-11 07:43 | ブログ記念日 | Comments(7)

ブログ記念日⑧

今日は第8回目のブログ記念日。


萩往還は桐の花の盛りを迎えています。

新緑のみずみずしい今月は新しい命や花嫁さん、また、こどもの幸せを願うレポートが多く綴られたように思います。

「短歌は祈りだと思う。」とおっしゃった方がいました。

大切な人たちと過ごすふつうの日々の幸を祈りつつ、言葉の力を信じつつ、歌を詠んでゆきたい…と思います。


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写真は萩往還の桐の花。かつては女の子が生まれると桐を植えて、結婚する際に箪笥を作って嫁入り道具にする風習があったといいます。そして『桐の花』は北原白秋の第1歌集の名前。コスモスにゆかりの深い花です。



くるりん   鈴木千登世


くるりんと世界転ずる不可思議の力あるなり生まるるといふは

瀬戸内の光あまねし閉づる目の彼方に光る海を感じぬ

笑ひゐる一匹をらん鯉のぼり若葉の風に身を洗はれて

さやかなる風に吹かれて詩を聴きぬ中也の声のひびきを思ひ

()()()り終はり無人のステージにゆらめきてをり声の余韻は



水鏡   大野英子


今もなほこころに住まふ猫を抱きまあるくなつて今宵も眠る

いくつかの死に占めらるるわが生のおぼろになりゆくうつつのくらし

満開のさくら、菜の花、麦畑、春いろ満ちる水郷のまち

紋白も揚羽もくわんぎのはねおとをたてるや春のはなばな巡り

道真(みちざね)の嘆き映せし水鏡(みづかがみ)いま花嫁のはぢらひ映す



まつ白の羽   栗山由利


薄紅のさくらさらさら手のひらにうけむとすればさらふ風吹く

旅立ちの足袋の形のさくらばな青空に舞ふ朝風吹きて

生魚(なまいを)に振りむきもせず家猫は贅沢グルメのカリポリを喰む

はじめての一歩を踏みだす靴の端につけてあげたいまつ白の羽

若夏の人になりたしひるがへる青いスカーフ肩にまとひて



鏡の中   大西晶子


明日は土にかへる桜の花びらが御寺の庭をうすべにに染む

大き足で地面を踏みてめぐりたり若葉あかるき〈桜公園〉

倉庫から出したる母の鏡台におしろいの香がほのかに残る

婚の日の母をかざりし鼈甲の櫛に彫られし菊の金色

父を恋ひ紅ひく母のわかき顔見えぬか母の鏡の中に



たいせつなこと   百留ななみ


石畳に散り敷く桜よいしよよいしよ越冬斑猫ふみしめてゆく

生まるるはたいせつなことていねいに誕生仏に甘茶をそそぐ

いまほどの人間せはし、むくむくし大山椒魚のひとりごちたり

花のこる青葉のさくらに11羽あつまりてゐる花を喰ふ鳩

あるがままなる大山椒魚その口に寄りたる生のみパクリいただく



空の奥行   藤野早苗


のびしろはまだまだあるぞ筍のてんかちの指す空の奥行

山鳥の尾のしだり尾の花房はひそかに山を領しむらさき

ラベンダー紫藍、翠緑 女王になることなくて50年過ぐ

結実の時を思はず今を咲け苺の花は地にほしいまま

わたくしを眼前に置きてみづからの闇を開きぬ白き蔓薔薇



大瞬間   有川知津子


この道をゆくは六度目このひとと会ふは七度目春の雨ふる

カワニナの上にカワニナその上にカワニナカワニナ島の春昼

散る花の大瞬間を待つてゐる黒きカメラにあそぶはなびら

馬上から川を見下ろす鷗外の姿おもへば強きかぜ吹く

うながされヴェールをはらふ花婿よおぢいちやまには長すぎるキス(4月23日)



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by minaminouozafk | 2017-05-11 07:00 | ブログ記念日 | Comments(8)

ブログ記念日⑦

東京ミッドタウンの国立新美術館で開催中のミュシャ展。アールヌーボーの頃のポスター展はこれまで何度か見たけれど、ミュシャ後期のスラブ叙事詩を見たのは初めて。FBで、ひがしはまねさんが紹介していらしたのを拝見して、上京の折には是非見たいと思っていた。先日、娘の入学式に乗じ、来館。圧巻。ミュシャの自国を、民族を愛する心の圧が館内に溢れ、涙が止まらなかった。愛国心をふりかざす似非愛国主義者に見てもらいたい。

ちょっと調子に乗った私、はまねさんに娘へのカリグラフィーアートをお願い。数学モチーフをミュシャ的に…という素人の無茶振りに、驚くべき完成度で応えて下さったはまねさん。天秤や分度器がモチーフ化され、scientia est potentia 知は力なりという、フランシス・ベーコンの言葉がラテン語で記されている。娘に送る前に、しばし、わが家の壁で知の光明を齎したまわんことを。


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scientia est potentia   藤野早苗


覚めるたび蒸留されて純水のごときさびしさ いつてき、にてき

さびしさに追ひつかれぬやう 疾走感みなぎる歌集26

福岡を離れし吾子と飯田橋サクラテラスで落ち合ふゆふべ

大学の入学式で子を探す四月九日けふ桜雨

scientia est potentia 知は力〉入学の日の子に賜ひたり



鞄の中の絵葉書   有川知津子


うぶすなの青くおほきなわだつみに飛び込んだ夏よ(ふなべり)を蹴り

陽にかざし見た日おもほゆビーカーでふたり掬つたプランクトンを

おとうとの足音さへも遠くして母眠りをり羽織をかける

母をおき島を離れる船のなか出航までの時長かりき

まつすぐにわたしを叱るいちまいの絵葉書いつもかばんの中に



椿の森   鈴木千登世


身の内に春ふつふつと満ちて来ぬ母の刻める若布を食めば

さあ奥へもつと奥へと導かれ椿の森のゆらめきを行く

磯の香をたどりて樹々の間を行けばゆらぎの森の果てに わたつみ

けふ一日無事に終へたる安堵もて空仰ぎけむ縄文(びと)

顎少し上げて四月の風を受くつくしの野原吹き来し風を



否、愛したい   大野英子


繭籠りするごとき春の月あかり苺をあはく照らしやしなふ

はないまだひらかぬさくらの道の奥春を供へるちちははの墓

墓参終へ下るやまみち桜木のたかみにひらくいちりんにりん

付箋の束をおゆびに解しながら読むさくらはらはら散りくる歌集

愛されただれかを選べばしあはせになつたのだらうか否、愛したい



猫の春   栗山由利


母の手のうごきをまねて小さき手がてふてふになる春の風よぶ

もてなしの仕上げに添へる野の花は春陽のぬくみを微かにまとふ

脚萎へのわれを追ひ越しひと休みする猫の春十七回目

祖母からの古き絵柄の皿にのる今風レシピの料理はアヒージョ

ビルあひに一重のコートをひるがへす風吹きぬけるパンジー開く



はるかぜ   大西晶子


沈丁花にほふ春風にのりてゆけ送り出したる支部報「水城」

白塗りの天井の裏にかくしおく秘密あらずや診察室に 

正義とは一つならねばゆらゆらにゆらぐ日あらむテミスの秤

死語ならむ成金の名持つまんぢゆうは重たかりしよ子供のわれに

虫の目で見るわが庭はいかならむ蜜の香の濃く黄の花咲けど



白花あかり   百留ななみ


百年以上土塀に気根を這はせたるオオイタビその碧みづみづし

たんぽぽがひらくわたしの胸のおく銀いろの波みちみちてゐる

三椏の珠の小花のうす黄いろ卵となりて眠りてしかな

あなうたて功山禅寺に()(さかき)の小さき白花匂ひわたれり

三椏の白花あかりにさそはれて浄土のやうな日向をあるく



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by minaminouozafk | 2017-04-11 07:03 | ブログ記念日 | Comments(7)