あけましておめでとうございます。平成30年戌年のはじまりです。今年もよろしくお願いいたします。


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 一ヶ月ほど前に思い立って30年ぶりに伊勢神宮にお参りしてきました。

 平成25年秋の神宮式年遷宮から4年。初冬の伊勢駅前は人もまばらで、外宮までの参道も長閑。まず外宮を参拝。隣接する御敷地に4年前に建て替えられたお宮はまだ新しい。まずは外宮に参拝。

 内宮まではバスで移動。こちらは、おはらい町、おかげ横丁と賑わっている。観光バスツアーもいっぱい。うれしいことに、まだ紅葉が見頃だ。五十鈴川も水面を紅や黃に染めている。手を濯いでいよいよ正宮に参拝。神様に報告、お礼のあとお守りと戌の五十鈴をいただく。


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 あらかじめ外宮のお守りは勾玉の形、内宮のお守りは巾着の形と調べていたので、男性には勾玉の形の紫、女性には巾着の形の赤を家族の人数分買い求めた。そして12月くらいから販売開始でなくなり次第いつも2月には完売という干支の土鈴と出会えた。うれしい。今年1年間よろしくお守りください。

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 張り子の戌、木彫りの戌などと一緒に玄関に飾る。もちろん、〈といとい〉も一緒。 



 伊勢神宮参拝のあと鳥羽の答志島に泊まった。渡船で20分ほどのプチクルーズ。船内は地元の人が多い。和具漁港で下船すると漁師町らしい路地。

 さっそく散策すると不思議なことがあちらにも、こちらにも。明日から師走というのに家々には注連飾りが飾ってある。それもなんだか同じ文字が書かれたものだ。調べてみると「蘇民将来子孫家門」。お正月前に飾り、1年間そのままらしい。今は真新しい注連縄に掛け替えられていると思う。



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 そして町中の壁のいたるところにある  八(まるはち) の文字。何か暗号だろうか。推理小説の舞台のようでとても気になる。旅館に帰ってさっそく女将さん聞いてみた。これは八幡神社の祭で使われた墨にふのりを混ぜたもので書かれていて、大漁祈願や家内安全の願いが込められているようだ。


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 八幡神社の鳥居のそばには柿本人麻呂の歌碑がある。


くしろつく答志の崎に今日もかも大宮人の玉藻刈るらむ


くしろつくは手や指にかかる枕詞。原文では答志は手節の表記。天皇におつかえする女官たちの雅やかな舟遊びの様子だろう。当時のリゾート地だったのかもしれない。



そして路地を曲がり小さな公民館のそばにいきなり立派な墓所が。九鬼嘉隆胴塚とある。安土桃山時代の九鬼水軍を率いた武将だ。近くに切腹したときの血洗の池の看板もある。民家のすぐそばで400年以上、島の人々によって守り続けられているようだ。



翌朝、島のへいふり坂をくだり、左手の答志小学校のまえに〈寝屋子の島留学生募集〉とポスターがある。寝屋子?これも初耳。答志島では、中学校を卒業した男子は数人で寝屋親と呼ばれる世話係の大人のもとで夜を過ごす。結婚するまでの約10年ほどの間。今でも寝屋子は続いていて漁業や祭りの大切な役目をするらしい。そして寝屋子として一緒に過ごした仲間は「寝屋子朋輩」と呼ばれ親友、家族より深いつながりとなる。


せっかく鳥羽に泊まるならとあまり下調べもせずに選んだ答志島。まだまだ探ってみたいことがたくさんあって、ちょっと遠いが是非ふたたび訪れたい島だ。834年建立の海音寺、岩屋古墳、九鬼嘉隆の首塚、西行の歌碑と巡れなかったところがいっぱい。ほんとうにタイムスリップしたような摩訶不思議な気持ちのまま帰りの渡船に乗った。


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他の国々からみれば、おのころ島も独自のちょっと変わったゆたかな文化の国なのかも・・・と思いつつ。



南の魚座が二度目の新年を迎えることが出来ましたこと、たいへん嬉しく清々しい気持ちでいっぱいです。読んでいただいた方々に心から感謝申し上げます。今年も魚座のメンバーで日々ブログを続けていければと思います。よろしくお願いいたします。


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蕭々とながるる時に金いろの鶴の水引むすび新年






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by minaminouozafk | 2018-01-01 06:42 | Comments(7)