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いやしけよごと  藤野早苗

あらたしき年のはじめの初春のけふ降る雪のいやしけよごと
            大伴家持(万葉集巻20・4516番)
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あけましておめでとうございます。新年早々、当ブログをご来訪いただき、まことにありがとうございます。
本年もどうぞ、よろしくお願い申し上げます。

新しい年がやってくると、もう反射的に思い出すのが家持のこの歌。
天平宝子3年(759年)、家持が因幡の国守として赴任した年の元旦の祝いの席で詠まれた一首である。

連体格の格助詞「の」を重ねることで、一首に切れ目を作らず、なめらかに結句まで繋がる連綿体。「切れ目」がないことが寿ぎの歌として大切なのだ。
「よごと」は掛詞。夜毎と吉事を掛けている。
「いやしけよごと」は「よごと弥重け」が倒置になっており、(この初雪がどんどん降り積もるように)吉事がますます重なりますように、という意となる。

さらりと詠んでいるようで、この技法。…唸る。

(歌意)
新年の初雪、この豊年の瑞兆である雪が降り積もるように、今年善き事がたくさんありますように。

すがすがしい、前向きな歌である。
けれど、おそらく、実際の家持はこの頃失意の内にあった。天平宝字年間はまさに波乱のときで、757年には「橘奈良麻呂の変」を鎮圧した政敵藤原仲麻呂が圧倒的政治力を掌握し、大伴一門は粛清の憂き目に会う。758年6月、家持もまた、因幡の国守として都を離れ、大伴氏の復権は絶望的となったのである。その失意の年が明けた元旦、宴席で詠まれたのがこの歌。そして、この歌を最後に、785年に亡くなるまで、家持は歌を詠んでいない。

この時、家持42歳。当時としては人生も終盤。そんな時期に都から遠くはなれた任地へ左遷されれば心も弱くなりがちだが、そんな中、自らを鼓舞するようにあえて流麗な、華やかな一首を歳神に捧げる家持の精神のたくましさに驚かされる。家持を「悲しき零落する名門貴族の長」とみる向きもあるが、私個人としては、家持は案外活力に満ちた、楽天的な人間だったのではないかと思っている。度重なる不遇のたびになぜか中央政庁に返り咲く。実際、藤原仲麻呂(恵美押勝)が道鏡とともに失脚した後、770年正五位下として復権を果たしている。光仁・桓武朝においては昇進を続け、785年逝去の際は中納言従三位・持説征東将軍(大伴一門は元々武門の将)であった。

今年、私は56歳になる。
明らかに人生終盤だと思うと、ちょっと萎える。でも…、あの当時42歳の家持だって…、そう思うとかなり元気になれる。失意のどん底にあっても、晴れやかな歌を詠み、言霊によって善きものを引き寄せた家持。もう一度言葉を、歌を信じてみようと思う。

「万葉集巻20・4516番」。
家持がこの新春詠を大巻の掉尾に置いた気持ちがなんとなくわかる2018年元旦。


新春のMoet&Chandon(モエ・エ・シャンドン)もう一杯分を残してクーラーの中

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Commented by minaminouozafk at 2018-01-03 00:13
いやしけ吉事。新年にふさわしい言祝ぎの歌ですね。ことばの力で何か開かれていくような、晴れやかな気持ちになりました。抹茶の器は高取焼ですね。緑が映えて美しい。Cs
Commented by minaminouozafk at 2018-01-03 00:19
早苗さんならではの記事と拝読いたしました。(大)伴氏ですね。家持の矜持すごいと思います。
器、やっぱり素敵です。Cz.
Commented by minaminouozafk at 2018-01-03 08:01
お正月と言えばこの一首。辛い時こそ明るい歌を。ですね。
高取焼のお披露目、良いですね。
下戸同盟の早苗さん。Moetを一杯分だけ残して飲んだのは、伴家の家長さま?E.
Commented by minaminouozafk at 2018-01-03 08:18
年の始めに思いを新たにする一首でした。お節にキャンドル、不思議と似合っています。御茶の緑と相まって器の色が引き立っていますね。Y.
Commented by minaminouozafk at 2018-01-03 09:10
お正月にすてきな家持さまに会わせていただき有難うございます。失意のなかでも歌は華やぐ、きっと強く柔らかな心の持ち主だったのでしょうね。伴家のお正月のしつらえも素敵、目が喜んでいます。A
Commented by minaminouozafk at 2018-01-03 13:46
飛鳥から藤原京、平城京。蘇我氏から藤原氏に勢力が移っていく時代、女帝が多いですね。家持はこの歌以降は歌を詠まなかったとは。高取焼のお抹茶、とても似合って素敵です。 N.
Commented by minaminouozafk at 2018-01-03 18:11
正月3日も終わりますね。わが家も今日、娘が上京しました。
英子さん、モエはご想像通りです。いただきものでしたし。
なかむーさんももうすぐ退院。良き春です。S.
Commented at 2018-01-07 10:13 x
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented by minaminouozafk at 2018-01-08 03:01
鍵コメさん、ありがとうございます。すごく嬉しいです。またブログ、のぞいて下さいね。
by minaminouozafk | 2018-01-02 09:42 | Comments(9)