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『鳩時計』松尾佳津予歌集  藤野早苗

コスモスの大先輩、そして年長のチャーミングな友人である松尾佳津予さんの第4歌集『鳩時計』読了。

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松尾さんは昭和3年生まれ。宮英子氏との約束で、88歳で歌集を出すことになっていたのだという。

コスモス選者の松尾祥子さんは、佳津予さんの次女。長女は池田恭子さん。恭子さんの夫君池田弘道さんもコスモス会員。お孫さんの中にもコスモス会員がいらっしゃるし、かの三木アヤさんは義姉にあたるという、まさしくコスモス一家なのである。



・星型の光ちらして鴨およぐ二月なかばの朝の神田川

・二〇一〇年の手帳に予定書く膝の痛みは癒ゆると決めて

・六ヶ月のあひだに姉、兄、義姉逝けり昨日も今日もさくらあめふる

・夫にたより過しし長き歳月を思へばいまは私の出番

・驚くは敬ふ馬と書くことに気づきて馬にあひたくなりぬ

・春までに歩けなかつた花の咲く神田川まで歩けなかつた

・夫の手にチョコの小さき箱をおく雨となりたるバレンタインデー

・真夜中に「もう朝だね」と夫が言ふ一瞬迷ふ〈朝〉にしようか

・冷えしるき夫のひたひに手をあてぬ心はしばし在せこの世に

・子ら二人恭子、祥子が亡き父を語るかたへにほつこりとゐる

・わが歌が読み手に届きますやうに弁財天様お願ひします

・五十六の夫を亡くしし次女のこと思ひつつ仰ぐさくら満開

・膝に住む膝吉、丁年取りて媼ひとりを運びがたしよ

・うなづきてわれは聞きをり逝きし子を語りつづくる長女の傍に

・「コアラ似のあなたと居ると和むわよ」言ひくるる友ありて嬉しも

・痛み止め連日飲みて吐血せり痛くともよし痛みは伴侶

・お辞儀だめ胸椎八番かばひつつ胸張るわれは王妃のごとし

・半世紀この家にある鳩時計ひとり聞く夜鳩が増えゆく

・アルコールフリービールを飲みながらしわしわの喉若がへりゆく



集中、気になった作品を引いた。

あとがきにもあるが、松尾さんにとってこの8年は多くの訣れと、慶びのあった歳月だった。

夫君、姉、義姉。そして思いもよらなかった若い人々との訣れ。読みすすむうちに涙が溢れてたまらなかった。しかし、なぜだろう。読後感は決して暗くない。浄化というか、ある清らかさに満たされた気持ちで読了したのであった。

それはおそらく、作者の根底にある人生観の明るさのゆえだろう。人並み以上の悲しみを経験してなお、作者には人間に寄せる絶対的な信頼がある。それは長年にわたる幸福な家族関係に培われたものであろうし、その信頼がまた幸福を増大させてゆくという、美しいスパイラルがそこにはある。

やや不自由を感じることもある日常ではあるが、ユーモアをもって折り合いをつけながら人生を味わう松尾さん、88歳。



一生の中で悲しみに出会わない人はいない。立ち上がれないほどの悲しみに向き合ったとき、人間はどう再生してゆくのか。達観でも、諦観でもない、日々をただ丁寧に感謝をもって生きる、そのある種荘厳な単調さの中に、ヒントがあるような気がしている。



松尾さん、お元気で。

週末、お会いできるのを楽しみにしています。



善きひとに善き訪れのあらむこと『鳩時計』読み了へて祈りぬ



〈トリビア〉

2011年、ドナルド・キーン氏は日本国籍を取得された。その折、養子縁組した上原誠己氏(5世鶴澤淺造・越後角太夫)は松尾佳津予さんの甥御さん。

・三味線と語りは越後角太夫ドナルド・キーン氏名付けたり

・乾杯し和やかに食事すすみゆくドナルド・キーン氏義兄となりて

つくづくすごい家系ですな。


Commented by minaminouozafk at 2017-09-12 19:00
松尾佳津予さんの歌集、書きたいと思いつつ間に合わず。
早苗さん、お忙しい中ご紹介ありがとう。
松尾さんの穏やかな笑顔にお目にかかれるのがとても楽しみです。E.
Commented by minaminouozafk at 2017-09-13 00:52
前歌集の「ひだまり」もお人柄通りの温かい作品に満ちていました。88歳で上梓された「鳩時計」。多くの悲しみを包み込む優しさを感じました。「をりをりに思ひ出してはなつかしむ友あり友はそを知らざらん」好きな一首です。「日々を丁寧に感謝を持って生きる」という早苗さんの言葉、心に沁みました。Cs
Commented by minaminouozafk at 2017-09-13 07:14
昨日、実家に帰ってきました。母に松尾さん歌集を渡すと、とても喜んでいました。じーんとする、と申しておりました。帰福すると、なんと松尾さんご自身から、お電話。お元気なお声が聞けて嬉しかったです。祥子さんともお話できました。週末が楽しみです。台風、来るな〜〜。S.
Commented by minaminouozafk at 2017-09-13 07:31
早苗さん、ご紹介ありがとうございます。ほんとうに素敵な歌集ですね。大きな河の流れをかんじます。
じゃあ私も、早苗さんとちとせさんの引いていないもののなかから、一首。
「明日までで車掌をやめる真彩子なり国分寺より乗りて見守る」。無限の包容力をかんじます。
ありがとうございました。Cz.
Commented by minaminouozafk at 2017-09-13 08:36
昨年の全国大会で松尾さんと同じグループでした。笑みを絶やさない穏やかなお顔を思い浮かべました。今年も素晴らしい先輩方のお近くに行ける大会を楽しみにしています。Y.
Commented by minaminouozafk at 2017-09-13 09:49
鳩時計、ほんとうに温かい歌集です。88歳でのお約束すてきですね。残念ながら週末の大会には不参加です。いろいろお話聞かせていただけたらと思います。N.
Commented by minaminouozafk at 2017-09-13 11:49
ちー様、ちずりんに習って好きな歌を二首。「こもりゐのわれがまぶたを閉ぢるとき星、星、星の空がひろがる」「バジルの葉をふくのがわれの仕事なりバジルソースを長女とつくる」。優しくふくらみのある、すてきな歌の花束ですね、ありがとうございます。
by minaminouozafk | 2017-09-12 00:07 | 歌誌・歌集紹介 | Comments(7)