2017年 08月 25日
間千都子歌集『結びなおして』 大野英子
間千都子さんは、福岡県歌人会の事務局長を務められている。報告資料の取りまとめ他、六十代、機動力のある年代として会を支えてくださっている。いつも重い資料を抱え、明るくテキパキと仕事をこなす姿は歌人会新人の私には眩しいばかり。そんな多忙な中、宗像大社短歌大会の実行委員としても参加して下さっている。
カルチャー教室で青木昭子氏と出会い、ポトナムへ入会されて18年目。
一昨年、ポトナム白楊賞を受賞され、満を持しての第一歌集である。
東京育ち、福岡に嫁いで38年、印刷会社を営まれる親子三代の同居暮らし。そういう中での博多の風習を重んじた丁寧な暮らしぶりが先ず目を引き、読みどころでもあるのだろうが、青木昭子氏の跋文に詳しいので、割愛させていただく。
現在介護年齢真っ只中、さぞかしご苦労の多いであろうことは集中からも伝わるが、注目したのは一家の家刀自としての心のバランスの取り加減である。
・わが内の糸がぷつりと切れた日はやれやれとまた結びなおして
歌集名はこの一首による。おおらかな印象そのままに、とても大人である。
この気持ちを保つための葛藤や、鬱積を詠まれた歌がばつぐんなのだ。
・叶えてはならぬ願いは胸のなか推理小説の中にふくらむ
・ワンピースのファスナーをあげ春色に包まれているわれの憂鬱
・またひとつ気の病む事のやってきて我と足並みそろえて歩く
・失せ物があれば私が犯人となりて母との現場検証す
・耐えられぬほどでもないが夏雲よこの世にエライ人多すぎて
・良き人より良き便りくる本当に良き人なのかそれは解らぬ
・年寄りに上げ膳据え膳するなかれ加減ほどほど手抜きの口実
・わが怒り混ぜたる激辛麻婆を夫はふうふう汗して食ぶる
・障害物つぎつぎ越えて走るよう誰と競争しているのだろう
・つまりその死は遠きもの春くれば春支度して老いびと元気
・犬歯二本を削られいたる吾は多分優しき動物になるであろう
多少のブラックを含むユーモア、憂鬱も明るく包み、諦めにも優しさが滲む。
「耐えられぬほどでもないが」「それは解らぬ」スパイスのように毒が効いているが爽やかな読後感に読者である私も首肯していた。激辛を汗して食べるご主人のさまは、妻の無言の怒りに冷や汗をかいているようで、夫婦関係が垣間見え楽しい。犬歯二本を削られて、「なるであろう」と言うのは優しくない自覚であり、結句の後に(いや、ならないかも…)と隠れているようでもある。いずれも上質な機智に富み、人生を丸くおさめてこられた知恵と余裕が感じられる。
思慮深い考察は、日常の一場面を切り取る小さな気づきにも反映され、且つ明るい。
・一陣の風のようなる子育ての終われば娘が子を抱いている
・磨かれて生き返りたる換気扇どんなもんだと空気すいこむ
・ししむらを無理矢理おし込めたるここち試着の服は買わずに帰る
・原色の靴のいならぶサマーセールはたして主に逢えるかどうか
・焼き茄子の皮を剥ぎつつ持ち重る心の峠をただいま越える
ウィットの効いた作品を中心に挙げたが、逆年順に編まれた歌集は家族の歴史を辿るようであり、あとがきには、32年前に亡くなられた大姑さまの遺品から見つかったという短歌も記され、家族愛に溢れた一冊なのである。
帯を外して見える「春吉書房」はご長男が起ち上げた出版社。
博多の伝統職人技である水引をあしらった表紙も美しい。
最後に、如何にも穏やかでお優しそうなご主人へ寄せる、視線にぶれのない心をご堪能いただきたい。
・酒をのむ鰥夫おもえば夫よりも長生きせねばと思うこの夏
・我よりも先に逝きたい夫なれば我の行くさき取越し苦労す
・夫の読む本の帯には「最愛の人を失ったとき人は」の文字
・お父さんはいい老人になりそうだ息子の言葉に合点すわれは
・娘とおさな送りし後を空港の出発ロビーにたたずむ夫は
・カエルの子はカエルといえばそれは困るとむっつり言えりカエルの夫
カバーを外した中表紙の鮮やかな豊潤な実りは、満ちたりた家族のかたちそのものだろう。
雨雲の向かうに明るき世界あるような夕空 橋にたたずむ
魅力的な歌集ですね。表紙の実りの華やかな躍動感、すてき。ご紹介ありがとうございます。Cz.
是非、詠んでいただきたい一冊です。E.