先週末、娘が帰ってきていた。

中間試験直後に大学の学祭があり、所属サークル(ルービックキューブサークル…笑)も特に出店予定なし、ということだったので福岡でのんびりしようと思ったという次第。

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この娘、帰福の際はいつも着の身着のまま。たいていジーンズと、夏ならTシャツ、寒くなったらセーターや羽織り物が加わる。荷物は常にデイパック1つ。中には解析学、論理と集合、代数などの重い重いテキストが数冊。講義が終わって、そのまま飛行機に乗るので仕方ないが、数日の滞在のための着替えなど一切持たずに帰省するかなりの勇者なのである。



娘が帰ってきた翌朝、洗濯物を干していると、あら、靴下が変。どうしても組み合わせがおかしい黒いショートソックスが片方ずつ残っている。また夫の仕業か、と思い確認すると俺は知らない、そんなみっともないことは絶対しない、との言。え、じゃあまさか、と娘に尋ねてみると、「あ、そうだよ~、それ私。あ、左右違ってたんだ、道理で左足がきついと思った。むくんでるのかなと思ったけど、あー、靴下が片々だったんだー。」・・・・・!


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質感の違い、おわかりいただけるだろうか。



気づけよ、娘19歳。



娘には帰福の際に必ず会う友人がいる。通称「はっちゃん」。20歳男子。塾時代の友人で、スターウォーズや、各種ガジェットなど、コアな趣味で通じ合える数少ない友達なのである。お出かけの際、娘の服を用意するのは私。しかも、私のクローゼットから。靴もバッグもひととおり揃え、着替えさせて送り出す。着替えを持たずに帰ってくるのは、どうせ母の服を借りればいいと思っているからなのだ。




4,5年前に買ったワンピース。地味なツィードで、ウェストをサッシュベルトで締めるだけのデザイン。おばさんの体型にやさしい、という理由で購入したのだが、今、娘に着せてみると、なんだ、イケてるじゃないか。ざっくりした生地感が逆に若さを強調し、華奢な骨格を演出している。私より二回り小さい娘だが、最近の若者らしく、それなりに手脚が長い。七分丈の袖から出た黒いセーターの腕や、黒いタイツの脛のすっきり感は10代ならではのものだ。



惨敗!!



靴下を左右片々で履いて平気で飛行機に乗って帰ってくるような娘の方が美しく服を着こなしている事実にうちひしがれる私。もうこのワンピースは着られない。


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最近の子は自撮りが上手い。ポーズ決めたりするの、恥ずかしくないんだろうなあ。



私が和装に走る二つ目の理由はこういうことなのだった。



湯上りの薔薇色の頬うつくしき吾子に剝きやる赤き林檎を



ママハハじやなくてほんとのおかあさんだつたんだつて 「白雪姫」は




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# by minaminouozafk | 2017-11-21 07:59 | Comments(0)

岸根栗  百留ななみ


大粒でつやつやの岸根栗が届いた。


新米と栗の加工品のお菓子もいろいろ入っている。5年ほど前、岩国市の岸根栗の生産者の方から頼まれて岸根栗のオーナーのひとりになった。といっても年間1万円をお支払したら実りの秋に栗や新米などが入った宅急便が届くというもの。


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栗と新米は定番だが、お菓子は新製品が混じっている。


瓜食めば子ども思ほゆ栗食めばまして思はゆ・・・は万葉集の山上憶良の有名な一首。

万葉集のころから、たいせつな秋の恵み。


姿も色もうつくしい岸根栗だが、ながめているのならただのオブジェ。鬼皮、渋皮を剥かねばならない。わが家もみんな栗ご飯大好きだから、いつもちょっと逡巡しつつもホカホカの炊きたてを思い剥き始める。

むかしの石庖丁などでは剥くのはたいへんそうだ。そうだ、焼き栗にしてたのではないか。ちょっと危ないがさるかに合戦でもそうだ。なんて勝手な想像をしながら。

意外と単純作業は好きで集中し始めるのだが10個過ぎたあたりで指が痛くなる。栗ご飯は渋皮を傷つけないように気にしなくていい。


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 新米とたっぷりの岸根栗のごはん。予想どおりのおいしさ。ほっとするやさしい味わい。

渋皮煮はいまだに上手に作れない、というかもう諦めている。

スーパーの店頭にはこのごろはあまり栗を見ない。美味しいけど調理の手間を考えると買う人が限られるのだろう。生産者もよくわかっていて、いろいろと加工を試みている。


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今年の新作は「がんね栗衛門」。岸根栗ペーストに少しの砂糖を加えただけの羊羹のような形の栗きんとん。

でも每年たのしみにしていた秋獲れの蜂蜜が入っていない。

マロンパイも昨年とは形が違う。

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このように生産者が加工して販売まで手掛けることを6次産業というらしい。農業、漁業などが

第一次産業、工業などが第二次産業、サービス業などが第三次産業。ここまでは小学校の社会で習った。


新しいのは1+2+3の6次産業。たしかにネットの時代にふさわしい。個人で楽しむくらいならいいが、これで収益を上げるのはたいへんだろう。たしかに、每年お菓子の味は変わっているが、あくまで個人の好みの問題で難しい。


甘いものがあまり得意ではない私はただの剥き栗がうれしいかも。栗ご飯はもちろんユリユリさんのように鶏肉と炊いても美味しい。フリーザーに入れておけばしばらく楽しめる。


オシャレな美味しいものが溢れるなか、あえて素材のままが良いかも。

美味しいマロングラッセやモンブランはプロにまかせればいい。


つやつやの黃の剥き栗をならべたり鬼皮渋皮やうやく剥きて





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# by minaminouozafk | 2017-11-20 09:26 | Comments(7)


先日桜川冴子さんが『短歌でめぐる九州・沖縄』という本を送って下さった。
写真が美しく、ぱらぱらめくってみるだけでも楽しく眺めることができる。


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幅広い読者を想定した「短歌と九州」の本を作ろうとこの本を企画されたと、あとがきにある。
 九州の各県別に、桜川さんの選ばれた歌が挙げられ、それぞれの県に関わりのある万葉から現・近代歌人達のエピソードと歌が紹介されている。


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そのような構成なので、どこから開いても気軽にその県の歌、歌人達のエピソードを読むことができる。九州の旅に持って行き、その場所で歌人達がどんな感慨を持ったのかを確かめるのも旅を深いものにできるだろう。
 しかし選ばれた歌は決して軽いものではない。


爆音を浴びし身体(からだ)は紙のごとあゆみゆくなり嘉手納〈かでな〉の昼を  吉川宏志

時に応じて断ち落とされるパンの耳沖縄という耳の焦げ色    松村由利子

葬礼はまづ歌詠みて始まるとふこころの種子をもつ種子島   伊藤一彦

その土地に人生きて死ぬ單純を椎葉の村に葛の花咲く    前登志夫

空洞となりたる花の万の眼がうつす水俣の青の深さよ   桜川冴子

一分ときめてぬか俯す黙祷の「終り」といへばみな終るなり   竹山広


などなど、土地の人の辛さやかなしみに共振するような批評性のある歌が見受けられる。
もちろんそればかりではない。


わだつみをほういと飛んでまた一つほういと飛魚(あご)の飛ぶよ天草  高野公彦

カササギを間近にみたるよろこびに船より降りつ柳川は春   大島史洋


このような楽しい歌もある。

歌のえらびかたに著者桜川さんの個性がでているのだろう、いづれも魅力的な歌が挙げられている。


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 それにしても九州にゆかりのある歌人が多いことにあらためて驚いた。
 敬愛する高野さんやゆかりさんの歌が取り上げられているのも同結社の者として嬉しい。
 著者が意図されたように、短歌に興味がある人たちに広くお勧めしたい。



一冊の歌書にさそはれ秋ひと日旅に出でたしたとへば出水  晶子



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# by minaminouozafk | 2017-11-19 10:14 | Comments(6)

 85歳になる母から、たまに荷物が届く。中は母が食べきれない果物や地元の特産品だったり、毎月買ってくれているボディシャンプーだったり。ときには隙間を埋めるために、銀行のポケットティッシュが入っていたりする。

 先日届いた箱の品名には、柿、ソース焼きそば、セーターと書かれていた。どんなセーターかなと期待しながら箱を開けると柿や焼きそばよりも場所をとって、懐かしいベストとセーターが入っていた。


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 母は、私が幼い時から先生に付いて編み物を習っていて、私が初めて編み機なるものを見たのは小学校の一年生くらいだったと思う。以前、このブログにも書いたが近くに住んでいた叔母たち二人がそれぞれ和裁、洋裁の技術を持っていたので編み物を選んだのかもしれない。編み針で一目一目編んでいくのとは違って、キャリッジをジャッと端まで動かすと一段分の編み目ができている。ジャッ、ジャッと繰り返すと見る間に編み地ができあがるのが面白かった。

 その後、技術は格段に進み製図した方眼紙をセットすると面倒な計算も必要なく編めるようになったのだが、初期の編み機で増し目、減し目の計算方法や編み目の構成を理解していた母は、いろんなアクシデントにも対応できたし、何にもまして私たちの細かい注文にもきちんと応えてくれた。


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 その一つがクリスマスツリーのセーターである。息子二人とホテルの子供クリスマスパーティーに行くために作ってもらった。ツリーのてっぺんにはキラリンと輝くお星さまがついている。猫のベストの糸はこれが何度目の作品だろうか、昔の私のワンピースの編み直しだ。結婚式のドレスも母の手作りだった。


 今回、母がこれらを送ってくれたのはひ孫に着てもらいたいからで、私の息子夫婦も大いに喜んでくれている。クリスマス・セーターを着ているのを見てもらうためにも、母にはしばらく元気でいてもらいたいものだ。


    もやもやと決まらぬ思ひに糸ほどく呪文をためす猫のとなりで


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# by minaminouozafk | 2017-11-18 12:16 | Comments(6)

コスモスの中でも尊敬する歌人の一人でもある、やがて93歳になる矢野京子さんの第四歌集。

2008年から2017年までの443首、待ちに待った一冊を心して読ませて頂いた。

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矢野さんは、十代で白秋没後の「多磨」に入会、創刊からコスモスに参加して60年。

コスモスの〈新・評論の場〉20136月号で矢野京子論「自照するまなざしの深さ」を書かせて頂いた。作風についてはそちらで詳しく紹介しているが、当初からの自照する姿に衰えはない。


歌集はⅠ、Ⅱに分類される。まず、注目したのは、Ⅰの前半の一首とⅡ後半の一首。

・救はるることなどなけれど読み終へてふつと笑ひの()るるうた欲し

・美しくのみは詠むまじ人生の端つこに狭められゆくいのち

歌のかたちをつねに模索する姿は歌人としても見習わなければならないものである。

そしてそのツボにはまり込んだ私は、矢野作品に魅せられ続けている。


・ごみの山仕分けしてゐるあけがたの夢ひたすらに何捜しゐる

・われの何を待つや葬斎場のビラ今日も入りぬティッシュなど添へ

・「何も足さない何も引かない」などといふ完璧こそが()を脅かす
・「老人性通痒症」とぞなぜか手の届かないところばかりが痒い

・何をしても何かが足りないやうな春ぞぞつと殖えゆくクローバーの花

・草とると両手使ひてあらくさのどこかに忘れし杖よ 声せよ

・とり落すひつくり返すまちがへる〈老い〉は胸底にとぐろを巻くか

・物捜しばかりしてゐる老女なり()が掛けてゐる眼鏡のゆくへ

・自らをののしることば呟けばひそひそと猫が草にかくるる

一首目は歌集名となった歌。夢に見てしまうこの姿こそが、常に何かを模索して生きる象徴なのだろう。

どの作品も真面目な視点、であるからこそ巧まざる〈ふつと笑ひ〉が漂い出て来る。


・セーターが肩に重いと思ふ日々やがて空気の重い日が来る
・先ずは思ひありて行為はそのあとをよたよたと追ふ足曳きずりて
・〈人は人・私はわたし〉などといふ通俗結論に到り落ちつく
・二つ三つ痛むところは常にあり「生きてる(あかし)」はそこらあたりか

・老人性感傷癖(センチメンタル)と名づけをりピアノ曲聴きて時に泪ぐむ
これでもかと詠む老いも、暗くはならないのは、一首一首のなかでその都度折り合いをつけている強さがあるからなのだ。それは第二歌集『草少女』のあとがきに「感動、即、短歌にしないこと、そこからが作歌のくるしみであり、工夫であり、或る意味ではたのしみでもあるかと思い到りました」の言葉の実践が今もなお続いていることに他ならない。


では89歳からの作品で、起き上がれなくなる、入院するなど何度も危機に遭うが、リハビリ、歩行器を使うなど、お辛いご様子もさらりと詠まれていた。

・生から死を截然と切り放つ日のくるらし初夏の風走る日々
・捨てきれず拾ひきれずに生きてゐるせかせかと鳴る踏切の鐘
・九十歳を歩き始めて日々寒し 雨はみぞれにみぞれは雪に
・あとまはしあとまはししてゐることがもつとも大切なことかも知れぬ

・生きてゐることおぼろなり氷一片を入れて飲む水いのちに届く

・「つつぱり」も「きおい」も半ばほどで折れ「つらぬく」といふことの億劫
・「けふ」といふ時間が去つて「あす」といふ手つかずの時間なぜか嬉しい

・枯れ椿捨ててしまへば甕ひとつ冥き口開け風を吸ひ込む
・お出かけの老女のグッズ肩カバン帽子に杖にうらら冬の陽
・無視されてゐたき電車の混みあひに白髪杖つき老婆は目だつ

悩みながらもある種の開き直りを思わせる歌も散見し、自力で歩かれる今があることが喜ばしい。

そこには、同居される息子さんの陰の支えがあってのことだろう、数は少ないが温かい眼差し、感謝の気持ちが伝わる。
・転倒をおそれて吾に従いてくる()の子のつそり 冬月白し
・あやふさのあれど壮年の()の声に時に動じぬ心のぞかす
・子のこもる内よりジャズの音ひびくふくらみしぼみサックスの音

第一歌集『風影集』は、選歌をされた葛原繁氏が、「風が心の投影として詠まれていることが多いなどから命名」されたが、その後も通奏低音のように雨風が詠まれてきた。この歌集でも身に添いまた脅かされながら、折々に詠まれ印象深い。

・一人寝のわれを拉致せんいきほひにがうがうと夜空走る風あり
・〈洗ひ流す〉雨ではなくてどさどさと〈吐き捨つる〉やうな雨闇に降る

・草に棲む虫覗きたしとおもふ日々マンションの四囲雨おともなし
・この世なほ夢ならむ浅きゆめならむ霧の中風の音遠ざかる

・ま裸のたましひのごと臥し(まろ)び夜明けざあざあの雨音を聞く

・小さなる部屋ごとわたしを揺さぶりてごおつと堤防へ逃げてゆく風

・生かされて孤りをたしかめゐる時にどろどろ迫る夜の雨音

・転がりし石くれのやうに寝てゐたり物がたりするやうな雨音
雨風に仮託し、大胆にオノマトペを使うことにより、老いや死への思いが感傷にとどまらぬ乾いた抒情となり、もっとも矢野ワールドを感じさせてくれる部分とも言えるのではないだろうか。

最後に、自由な旅は叶わないお身体だと思われるが、だからこそ喜びに満ちる、慎ましい日常のなかの自然を詠う作品を。

・かの夏のけぶれる花のやさしさも捨ててきりりと合歓 冬木なり
・喨々と空へいのちを噴きあげて土手の大銀杏新芽きらきら
舗道(しきみち)の罅にこぞりてミミナグサひしひしげんき(・・・)吾より元気

・わけもなく蝉の鳴かざる大黐を見上げてをれば樹のことば満つ

・遠山がうたを唱つてゐるやうな日暮れ明るしもう終る「秋」

・ひつそりと合歓は秘密のごとく咲く水辺はなれて森へ入りゆけば

・筒なかの闇に光の差し入るやひらき初めたる百合の歓び

・わが頭上ゆつくりとゆく鳥の胸まろしましろし春や近づく

・こぶしの花下より見上ぐしあはせでないとは言はぬあたたかき風

この一首で、歌集は終る。

常々、長生きなんてまっぴらと考えている私だが、老いという世界をちょっぴり覗いてみたいと思わせてくれた一冊との出会いである。

あとがきに「やっと今最後の一冊を」と書かれていたが、まだまだ老いの続きを私達に提示し、導いていただきたいと切に願う。



     風音に耳かたむけるやがてくる老いの序曲のやうな海風

     


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# by minaminouozafk | 2017-11-17 07:38 | 歌誌・歌集紹介 | Comments(7)

坑夫  鈴木千登世

先週に続いて常盤公園のお話を。


公園の遊歩道を正面入り口方面に歩いて行くとオレンジと白の塔が見えてくる。公園のあたりは江戸時代から露天掘りで石炭が採掘されていたところで、宇部炭田の発祥の地。宇部は石炭によって栄えた街。その歴史を後世に伝えるために園内に石炭記念館が建てられている。


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オレンジと白の塔は、炭鉱で人や石炭を地底から地上に上げるために使われていた竪坑櫓を移設してエレベーターをつけて展望台にしたもので、地上37m(海抜67m)の展望室からは公園が一望できるほか宇部空港や海底炭鉱のあった瀬戸内海も見渡せる。晴れた日には九州や四国の山々まで見えるという。



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飛行場の向こうの海の底に海底炭鉱があった


館内には炭鉱関連の資料が収蔵、展示されているほか海底炭鉱のモデル坑道が造られていて坑内の様子を体験できる。炭鉱で働く人の住居も再現されていて、当時の暮らしが垣間見られる。

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石炭記念館へのスロープの傍らに彫刻家荻原碌山の「坑夫」が置かれている。

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力強さと静かな意志。心を捉えて離さないものがある。


教えてくださったのは、山陽小野田市の短歌大会で選者としてご一緒した木下幸吉先生。今年は仕事の都合で参加が適わなかったけれど、温かく実感のこもる先生の歌評はいつまでも聞いていたい。先生ご自身が技術者として炭鉱で働かれていて、展示品の中にも歌が紹介されている。

1階の入り口の本棚には関係書籍と並んで先生の歌集『炭鑛(やま)の日々』も展示されている。



坑底に靄低くこもる朝なり三番明けを腕組みて昇坑(あが)

閂を微動して噴き出す断層水のしぶきに濡れつつ一夜明けたり

ガラス戸に鍵掛けてゐます母の影夜勤のわれは振り向きてゆく

     『炭鑛(やま)の日々』

厳しい作業と現場で働く者の実感が韻律に乗って立ち上がってくる。


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記念館の前に植えられているメタセコイア(石炭の原木)

絶滅した種と思われていたため「生きている化石」と呼ばれることも



炭鑛(やま)の日々』閉ぢてしばらく目を瞑る労働の歌らかな声


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# by minaminouozafk | 2017-11-16 06:02 | Comments(7)

11月2日(木)すなわち白秋顕彰短歌大会の当日、

西鉄柳川駅を出たところで、私たちはぐうぜん4人連れとなった。


開会にはじゅうぶん間に合うね。

ゆっくり行こう。

そうねえ。

すてき。


私たちは、歩くことにした。

川沿いを歩く。

いろんなことを話しながらのんびり歩く。

晶子さんのお昼ご飯のこととか、去年のこの日の早苗さんのこととか――。


あかるい空気に柳の細枝がかすかに揺れている。(風があるんだ)


暑くもなくて涼しくもなくて、ひかりの凪ぎがいい気持ち。


どんこ舟! 英子さんが言った。

振り返ると、今来た方向からどんこ舟が近づいて来る。

お客さんを乗せている。


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私たちは自然と立ち止まる。


人ともなんだか妙に楽しそう。

こころの弾みに空気が華やいでゆくのが分かる。(こちらまで無闇にうれしくなる)


この〈るるぶ〉的風景は、みんな何度もみてよく知っているのに、

もういいわ、ということにはならなくて、やっぱり心を傾けて見てしまうから不思議だ。


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たぶんこういうことなのだろう。


今、「よく知っている」と書いたばかりだけれども、実のところ初めてなのだ、この風景は。


無限にある風景の組み合わせの中で、

この日この時この場所で交差したこの小舟と4人の私たち。

その掛け替えのない条件のもとに、はじめて叶った風景なのだ、これは。


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――ゆうべ、柳川の写真を整理していたら、そんなことを考えてしまった。


あの日の柳川の昼下がり、

舟を見守る、姉とも慕うひとたちの姿はひどく懐かしかった。


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  柳川のしやしん四枚えらび終へ温めなほす林檎のスープ



気持ちはいつも7人連れ。




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# by minaminouozafk | 2017-11-15 06:18 | Comments(7)