長府には土塀があちこちに残っている。たぶん城下町長府の保存や観光客誘致などもあって、自由に壊せないのかもしれない。



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古い土塀にはいろいろな植物が絡まっている。秋に紅葉する蔦はきれいで冬はきっぱりと葉を落とす。

しかし、冬のあいだも長府の土塀はその姿を隠されてしまうほどの蔓性の植物に覆われているものが多い。土塀だけではなく古いブロック塀や石垣もびっしり埋め尽くしているものもある。寒い冬もつるつるとした緑の葉っぱは元気いっぱいでイチジクのような実までつけている。



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地元の人に名前を聞いてみるのだがはっきりしない。ずいぶん前に、この蔓性の元気草と土塀はずっと共生していると、聞いたことがある。たしか三文字でイビタ?イビシ?

今はネットがある。いろいろ検索してみるが、なかなか判らない。ようやくオオイタビとわかった。わずかな写真も長府のものが多く、海岸近くに自生とあるから、たぶん長府はオオイタビが育ちやすいのだ。

道に落ちたイチジクのような実を踏むと、キュッキュッと乾いた音がして息子たちは面白がっていた。



空き家の土塀はすっぽりオオイタビに覆われている


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きれいに剪定されている家もある。


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剥ぎ取られて、跡が残っている土塀もある。


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海岸に自生していたオオイタビ。長府の風土を好んでくれたのだろう。土塀もオオイタビにとっては繁殖しやすかったのだろう。土塀と一緒に路地を人びとをずっと眺めていた。なんだか愛おしい。この街に人の生活がなくなったらオオイタビにすぐに占拠されそうだ。気根で土塀を這いへばりついていく。路地、土塀、石垣と共生しているオオイタビ。ビルやコンクリートのなかでは強靭な生命力はまったく役にたたない。それぞれの土地に根付いている小さないのち。



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功山寺ちかくの土塀したの草はらに土筆をみつけました。



くづれたる冬の土塀と共棲のオオイタビその碧みづみづし

ななみ


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# by minaminouozafk | 2017-03-27 07:31 | Comments(0)


 昨年度一年間、いつもはほとんど忘れていたが、保存中の書類を目にするときに、本当に呼び出しがあるのかな~? くらいには気にしていた。
 今はもう、一年の期間が過ぎたので、カミングアウトしても咎められることはないだろう。


 一昨年の十一月だったと思うが、最高裁判所から封筒が届いた。
 なにか訴えられるようなことをした~、わたし

 いえいえ、「あなたは裁判員制度の裁判員の候補者に選ばれました」というお知らせだ。

 封筒の中には、裁判員制度を説明する小冊子、DVDなどが入っていたが、裁判員の候補に
なったことは口外しないようにと、注意書きがついている。
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            裁判員候補者用DVDの一場面から借用しました

裁判員に選ばれる確率は、20歳以上の選挙権がある国民、約一億人の中の九千人人ほど。 約10,800人に一人だとか。
くじ運がいたって悪い私のこと、まづそんな難関を突破して裁判員になることは無いだろうとは思ったが、新しい体験ということで少し不安で、少しわくわくするような。


裁判員制度で一審で死刑判決が出た裁判が、その後上級の裁判所で無期懲役になった、あるいは北九州で、裁判員の顔をひとりひとり見ながら、暴力団の組員があいさつをした、等のニュースが昨年度中にあった。
その裁判の判定に関わるのが自分だったかもしれないと思うと、ひと事とは思えなかった。



人の命に関わることを全くの素人で、かつ事件とは無関係な私などが決めるとは、なんとも恐ろしい。
また、やくざと分かる人からあいさつされるということは、被告の組員に重い刑罰が決まると、仕返しをされるのかもしれない。
これまた怖い。
それでも、責任逃れができないのが裁判員に選ばれるということだ。
今回は幸か不幸か、呼び出されることなく、期限の今年2月が過ぎた。
ほっとしたり、すこし残念だと思ったりだが、一安心した。


同じ期間に、実際に裁判員になられた方達の、費やされた大切な時間、責任と気苦労の重さに、心から「ご苦労様でした」と申し上げたい。


正義とは一つならねばゆらゆらにゆらぐ日あらむテミスの秤  
                   晶子




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# by minaminouozafk | 2017-03-26 08:50 | Comments(6)

 外で食事をしたときに、テーブルに季節に沿った箸置きが置かれているとお店の人の心づかいを感じて嬉しくなるし、お料理もより美味しく感じる。

私も箸置きが好きで、少しではあるが集めている。これ一つで私のさほど上手でもない料理が、ちょっとだけランクアップしたように見えるから不思議である。


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 これからの季節は、竹籠に小石をつめたものや鮎が良い。竹籠の箸置きは結婚した時に台所道具の箱に入れてきたもので、ふるさと大分で買った。別府の竹細工の職人さんの手によるものかと思う。新年の席には独楽と羽根つきの羽根。これは毎年来る中国、韓国からの留学生は喜んでくれる。夏はガラス、秋のお客さまには瓦に七草の絵が描かれたものを楽しんで使っている。値段も手頃だし、旅先でその土地の特徴あるものを見つけるのも楽しい。箸置きをきっかけに食卓での話が広がることもある。


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 普段は家族それぞれの干支の動物が描かれたものを使っている。未、午、丑、寅の四つで、使い始めて二十年を越えた。その間に寅が進学で抜け、丑が結婚で抜けた。丑は時々登場するが、寅の登場はきわめて少ない。たまに訪ねてきていた私の実家の両親、妹にはねこさん家族のものを買った。四匹家族だったので一匹余っていたのだが、わが家の丑さんがお嫁さんを連れてきてその一匹にもやっと出番が来た。

 西欧にはナイフレスト、スプーンレストがあるが、日本人の細やかなおもてなしの心の一つとして、箸置きは大事にしたいものだと思う。


もてなしの仕上げに添へる野の花は春陽のぬくみを微かにまとふ 由利


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# by minaminouozafk | 2017-03-25 10:46 | Comments(7)


先日、ベランダで洗濯物を干していると、ただならぬ鳴き声を上げて椋鳥三羽が川辺の桜木の上で喧嘩をしていた。

いや、喧嘩しているのは二羽、もう一羽は離れたり、近寄ったり、おろおろと見守り仲裁しようと必死な様子。

椋鳥の雄の求愛行動は知っているが、一羽の雌を奪い合う喧嘩なんかするのだろうか…

しかし、そうとしか見えない。

「ああ、わたしのためにこんな愚かな喧嘩はやめて…」とでも言っていそうである。

そう言えば秋から冬は集団行動をしていたムクドリも、最近は単独行動になっているなぁ。

余りにも激しくて、しばらく見入ってしまった。ホバリングしながら蹴り合い、つつきあい、羽根のパンチを繰り出す。お互いの白い和毛ははらはらと散り、共にアスファルトの舗道に組みあったまま叩きつけられるように落ちる。

地上戦。

時には車道に転がり出ることもあり車が来たら轢かれるのではと、心配になる。

幸い、休日。たまに自転車や人が通るくらいで、そのたび木の上にあわてて戻るが、取っ組み合いは終らない。

見守る一羽も、共に上がったり下がったり忙しい。

別のムクドリ二羽、こちらはカップルが成立しているのだろう、どこからかやってきて電線の上から観戦している。

何度かそんな状態が繰り返され、どちらかが死ぬまで続きそうな勢い…

10分以上続いただろうか。

とつぜん、一羽の鴉が、低空飛行で「きみたち、うるさいんだけどーー」とでも言うように喧嘩のそばを飛び抜けていった。

その瞬間、喧嘩していたうちの一羽と観戦の二羽は、どこかへ飛び去った。終わった~と思っていると、残された二羽は共に一番高いニセアカシアの裸木のてっぺんに移り、穏やかに並んで時を過ごし、やがて仲良く住宅街へと飛び去った。

ネットで調べると、ムクドリは気性が激しく、くだらない取っ組み合いの喧嘩をよくやっているらしい。

その後も、あの時の二羽かどうかは判らないが、つがいのムクドリを電線や木の上で見かける。

恋の季節、繁殖期のはじまりですね。

愛されただれかを選べばしあはせになつたのだらうか否、愛したい

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喧嘩場面の桜の木と歩道をバックにラベンダーが咲きました。

水仙の

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花が終った実家の庭にも黄水仙、ヒヤシンスが咲いていました。何もしないのに毎年咲いてくれる花たちに感謝です。


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# by minaminouozafk | 2017-03-24 07:17 | Comments(8)

身籠もることは古代の人にとって不可思議な、それに増して幸いの象徴だったのだろう。妊婦をモチーフとした土偶を見つめながら、土偶を作って祈りを捧げた縄文の人たちを思った。



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黒曜石


ここは長野県の尖石縄文考古館。八ヶ岳山麓の縄文遺跡から発掘された2000点あまりの考古資料とともに国宝「縄文のビーナス」(棚畑遺跡出土~縄文中期)と国宝「仮面の女神」(中ッ原遺跡出土~縄文後期)と呼ばれる二体の土偶が展示されている。

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縄文のビーナス
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仮面の女神

写真撮影が許されている!(嬉しい)ので、前後左右からビーナスと女神を見つめ、写真に収めた。


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縄文のビーナスの後ろ姿。ハートの形の腰からお尻のラインが愛らしい。

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墓地から出土した女神は前衛美術を思わせる神秘的な雰囲気。

時代も違い、おそらく祈られ方も違った二つの土偶。作り手はとうに土に帰っていなくなってしまっているけれど、そのあこがれというか畏れというか陶酔というか自負というか…時を超えた作り手の思いが伝わってくる。




春の初めの、青空が広がる穏やかな日。

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考古館を出て、復元されている縄文時代の竪穴式住居の中に入ってみた。背後には栗や楢の木のある広葉樹の林があった。想像は縄文の暮らしへふくらんでいく。煮炊きする女たちと歓声を上げて遊んでいる子どもたち。男たちもくつろいでいる。時代は違っても幸いを祈る、人の感性のみなもとは変わらないものだと思う。黄金色の枯れ野を見渡しここで暮らしていただろう縄文の家族やその集落を思った。

今日のような穏やかな青空の日があったことだろう。風となってここにいない人を思う。



けふ一日無事に終えたる安堵もて空仰ぎけむ縄文人も


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# by minaminouozafk | 2017-03-23 05:00 | Comments(7)

早苗さんの「絵葉書美術館」(2月21日 )を追っかけて書いている。

今日のタイトルの「躊躇われる」には、大きく二つの場合がある。

1 愛着があって手放しがたい。

2 こわい。

ここでは、1は問題にしない。

さて、この2の「怖さ」の意味合いは、次の二つの観点から考えることができる。

① 図像そのもの(つまり、見た目)の怖さ。

② 相手に通信文面以外の何かを暗示してしまうのではないか、という怖さ。

一つ例をあげよう。

(怖いので怖がりの方は、スクロールする前にご一考ください)

                    作品

            《ホロフェルネスの首を持つユディト》
                ルカス・クラーナハ(父)
                  1530年頃

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微笑をたたえるユディト。冷気ただよう美しさである。
手には、剣と将軍ホロフェルネスの首。切り口がなんとも生々しい。

二人の間に起こったことは旧約聖書外典に出ている。
ホロフェルネスは軍を率いてユダヤの町ベトゥリアを包囲していた。
ユディトはこの町を救うために将軍を誘惑し首をとったのである。

これは、①を満たしている。出しにくい。しかし出せないこともない。
このくらいの怖さなら平気そうな友人知人の顔が思い浮かぶ。使ってよさそうだな。
そう思ったけれども、すぐに②に関わることが頭をよぎった。

――想像はどこまでも行ってしまう。つらつらつらつら勝手に行ってしまう。

そういうわけで(どういうわけで?)、

ユディト嬢はもう何か月もこの部屋で微笑み続けているのである。

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これは、クラーナハが署名代わりに絵の中に描きこんだ紋章。
コウモリの翼を持つ冠をかぶった蛇が金の指輪をくわえている。
長男ハンスが死亡すると、コウモリの翼が鳥の翼に変わった。

  見ることはあまりないけど一枚の絵葉書いつもかばんの中に



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# by minaminouozafk | 2017-03-22 06:15 | Comments(8)

3月18日土曜日、ダブルヘッダー。
午前中、福岡市文化賞贈呈式。博多区のアジア美術館あじびホールで。
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夫の仕事関係者が受賞されたので出席。式典は滞りなく終わり、次の予定まで2時間余り。さて、どうしたものか…と考えて、ああ、そうだ、川端商店街散策に出かけてみようと思いたつ。あっ、ダメ元で、龍さんをお誘いしてみよう。(龍秀美さんは福岡市文学賞選考委員長。H氏賞ご受賞の詩人。通勤バスで詩作されていたことから、バス詩人と称された詩壇の重鎮)龍さん、穏やかな笑顔でご承諾。では、いざ、商店街へ。

まずは腹ごしらえ。鶏ソバの看板に魅かれ「東風 金菜亭(こち きんさいてい)」へ。この店名は、こっち来んさい…のもじりかしら。それはともかく、いい匂い。豚骨は苦手。ダシは鶏からあっさり取ったのが好み。ぴったり。注文したのは、黒わさびラーメン。
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スープにわさびが入っていて、ほどよく鼻腔を刺激する。細麺。チャーシューもあっさり。これまで食べたラーメンで一番好きかも。ご馳走さま。

さて、そのまま商店街を歩く龍さんと私。意外な賑わいに驚きを漏らすと、「あのね、ここの一番のお得意様は海外からの観光客なのよ。」と龍さん。彼らにとって、日本のデパートの品の価格帯は少々高め。センスも微妙に異なるらしい。それを全てクリアしているのが、こういう個人経営のお店。キャナルからの流れもあるらしい。龍さんは、以前は劉さん。台湾にご親戚が多く、実際によくお連れするとのこと。なるほど、勉強になりました。


と、あっ、可愛いお店発見。
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久留米絣専門店だそう。店員さんが可愛い。「わ・らび」。着物で一番気になるのはお手入れ。洋服文化に慣れると着用後はすぐ洗濯しなければ、と思いがち。でも、絹だとそれは無理。実際は肌着に気をつければ大丈夫なんですけどね。でもやはり気になる人に最適なのが木綿の着物。久留米絣は最高ですね。高価な手織りはちょっと無理かも、だけど、機械織りなら、柄も豊富で比較的安価。可愛い。締めやすいポリの半巾帯とコーデして着たいなあ。次回、ゆっくり伺いますね。あ、龍さんの今日のお召し物は、手織りの久留米絣のジャケット。ヒェ〜。 
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さらに商店街を歩いて櫛田神社へ。すごく昭和な路地を見つけてパチリ。ここを通り抜けると、「かろのうろん」だな。
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そうこうしているうちに、午後の予定の時間。福岡市文学賞贈呈式。短歌部門の選考委員なので、出席。
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今年の受賞者は、三輪良子さん。「心の花」所属、歌集『木綿の時間』でのご受賞となりました。(当ブログでも2016年9月ついたち書評を書かせていただきました。御参照下さい。)三輪さんは私の敬愛する歌人。というか、人間性が素晴らしい。包容力があり、そばにいると気持ちが解けてくるのがわかります。お人柄そのものの御歌集。ご受賞、おめでとうございます。
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詩部門の選考委員の樋口伸子さんにもお会いできました。先日『本の瓶詰』という面白い御本を出版されたばかり。じっくり読ませていただいております。書評は近々書かせていただきます。
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(右から、樋口さん、龍さん、私)


忙しい1日でしたが、皆さまにお目もじできて、嬉しい1日となりました。
ありがとうございました。




「通りもん」「ぶらぶら 」銘菓の名にし負ふ博多はそぞろ歩きがふさふ



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# by minaminouozafk | 2017-03-21 01:52 | Comments(7)